米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第57回)
下、島々のロマンス (南海の楽園タヒチ、ロビンソン・クルーソーの島、バウンティ号の反乱)
南緯十五度、西経百五十度の位置付近に、サモア諸島とツアモツ諸島の中間に、ソシエテ諸島なるものがある。この諸島の首府とも称すべき、人も景観も美しい島をタヒチという。第六次の世界周航に練習船が寄港したところで、人は情操に富み、自然は紫山緑水(しざんりょくすい)の景勝に飾られているという。
このタヒチの港の創造については興味深い物語がある。タヒチは他のソシエテ諸島と共に、現在はフランス領である。しかも、住民は皆「昔のパリっ子」の末裔(まつえい)であるという。「物語」はそれに関することである。
世紀(とき)はいつだか知らぬ。船の名も知らぬ。ましてや船人(ふなびと)の名前はわからぬ。ただ一隻のフランスの練習船がこの「南洋の楽園(パラダイス)」にやってきたのは確かである。そうして、艦長はじめ士官、乗組員のすべてが、この紫山緑水(しざんりょくすい)の美しい島と、色こそ黒いが見目(みめ)麗(うるわ)しき乙女の情緒と、ヤシ、バナナ、パイナップルなど豊富な果物とにあこがれて、栄光(さかえ)ある三色旗の名誉も、自治新興の大共和国の権威も、どこ吹く風と逃亡しさったのもまた確かである。
かくして「南洋の楽園」に自由の民、享楽の人の王国は建設されたという。
南緯三十四度、西経八十三度、南米チリのバルパライツの正西三百マイルの沖に、ファン・フェルデナンデスという島がある。一五七四年にスペイン人ファン・フェルナンデスによって発見されたものである。この島こそは、かのおなじみの『ロビンソン・クルーソー漂流記』*1の舞台である。
*1: ダニエル・デフォーの作品。
原題は 『船が難破して自分以外の乗組員全員が死亡したものの、アメリカのオロノコ川という大河の河口にある無人島の浜辺に漂着し、たった一人で28年間も暮らし、最後には不思議にも海賊に救助された、ヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と奇妙な驚くべき冒険』
小説では、舞台となった島を太平洋の孤島から南米大陸の大西洋に面した、実在のオリノコ川の河口付近に移して描かれている。大陸の内陸部にはオロノコ川という名称に似た川も実際に存在する。
西暦一七〇八年に英国ブリストルの商人たちが、二隻の半探検・半営利の帆船を送り出した。この船が船員の反乱と難破との辛苦(しんく)の後、この島に漂着したとき、アレハンドロ・セルカークなる者を救助した。これがかの「ロビンソン」本人であると信じられている。
このセルカークなる者は、スペイン政府の命令で、この島にブタとヤギとを移植すべき使命を持って渡航した群(グループ)の一人であるが、仲間はみな死に絶え、セルカークのみ七年間生き残ったのであるが、このセルカークの実話と近海の海賊の話とが例の「漂流記」を生み出したという。本船の今回の世界周航の第一予定寄港地には、この島も含まれておった*2。
*2: ロビンソン・クルーソーのモデルとされるセルカークについては、現在では、セルカークは帆船の航海長で、船長との不和が原因で島に置き去りにされたとされ、期間は4年4カ月だったという。
「島々のロマンス」の中で、最も哀れに、最も情趣深く、最も面白いのは「ピトケアンの反乱物語」である。
一七八七年、英政府は、西インド諸島から採集したパンノキをピトケアン島(南緯二七度、西経一三〇度)に移植すべき使命*3を軍艦バウンティ号に下した。このバウンティ号がツアモツ諸島付近にさしかかったとき、当時の船乗りの間に珍しくなかった反乱が、例によって日常茶飯事のごとく勃発(ぼっぱつ)した。意気地なくも生け捕りとなって一隻の小舟で大海に押し出された艦長と一等航海士、三等航海士と地理学者などの専門家たちは漂流し、流れ流れて、ついに六百海里隔たったシモア島に着いた。
*3: この点は著者の事実誤認があるようだ。
アメリカ独立戦争のためプランテーション経営が行われていた西インド諸島の食料不足を憂慮した英国政府が「南太平洋のパンノキを西インド諸島に運ぶ」よう命じたもので、その使命遂行中に反乱が起きた。
一方、首尾よく反乱に成功した二等航海士以下の謀反者たちは、その後、タヒチ島に寄港したが、またまた乗組員の中に反乱を起こす者があって、二等航海士の上陸中、錨鎖(びょうさ)を切って逃げ出し、ついに「物語の島」ピトケアンへ来て永住したという。
この波の上を漂流する奇しき物語、波乱万丈のその数奇な運命については、かの詩豪バイロンによって『バウンティ号の反乱』という題の物語詩*4になっているほど評判なものである。
*4: 一連の物語は、『島』というタイトルの長編物語詩にまとめられている。
その詩の中には、ピトケアンの島の風俗、バウンティ号の候補生と原住民の娘との恋物語など、面白くうたわれている。
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