現代語訳『海のロマンス』69:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第69回)

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ロンドン行きが中止になった真相

青年の心理(こころ)として、とかく直覚的判断がおもしろいほどに的中するときがある。事件が発生し、進行した後に事実をまげて訳知り顔に語るというのではないが、実際に、ぼくらは今度の「ロンドン行きは中止」について、すでに四カ月前のサンディエゴ停泊中に、絶対的にそうなると推断したわけではないが、少なからずそれを懸念していたし、また全然予想しないわけでもなかったのだ。

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現代語訳『海のロマンス』68:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第68回)
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高きは例のテーブルマウンテンから、低きは例のユニオン・キャッスルの定期船に至るまで、港内の形象は皆灰青色(はいせいしょく)に黒ずんでいるが、その中に、目も覚めるような雪白色の船体を誇示した練習船が、クリーム色のヤードを品よく上に高くそろえた頂きに血液のごとく赤き羅針章旗(コンパスマーク)をなびかせて入港する。

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現代語訳『海のロマンス』67:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第67回)

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ケープタウン入港の第一印象

偏差(バリエーション)二十九度西、自差(デビエーション)二度西。羅針盤の針路(コンパスコース)南五十度西、
ライオンズヘッドまでの視距離(ディスタンス)十六海里、テーブルマウンテンまで十六海里、時刻は二月十二日午前十一時半。角距離(アンギュラーディスタンス)、右舷(うげん)船首(バウ)一点より右に約七十度*1。

*1: 偏差: 地球の地軸を基準にした理論上の方位(真方位)と磁石が指す方位(磁針方位)との差。
地域によって大きく異なる場合がある。日本周辺では偏差は一般に一桁だが、極地に近いほどずれは大きくなることがある。
自差: 磁針方位と、船に搭載されている方位磁石(コンパス)の指す方位のずれを指す。
方位磁石は近くにある金属の影響を受けるので、自差は船ごとに異なる。また、同じ船でも向いている方角によってその差は増減する。
ナビゲーションでは、方角ごとの自差を測定した自差修正表を用意しておいて方位の調整を行う。
角距離: 二点間の距離を観測者から見た角度で示したもの。

百十七日と十五時間三分、一万二千七百五十六海里という空前無比の、苦しくも楽しい、長く単調な大航海の後、いよいよ二月十二日午前五時、音に聞こえたテーブルマウンテンがうっすらと紫紺色(しこんいろ)をして夢のように淡く見えたときの感慨は実になんともいえないものがある。

クリーム色の黎明(あかつき)の空から、くっきりと浮き出すように立ちはだかったその紫紺色(しこんいろ)の平たいてっぺん!! エー、くたびれたとばかり、武者震いしながら、ヒューッと無造作に横なぐりになぎ払った、造物主の斧が力強く乳白色の空を流星のように流れたとき、一つの峰は無残にもその肩から上を一直線に断ち切られた。……それがたぶんこのテーブルマウンテンであろう。

見ようによっては、たけだけしい獅子(しし)が伏したまま頭を持ち上げているように見えるライオンズヘッドを前景として、サタンを暗示する鬼ヶ峰(デビルピーク)と、救世主を連想させる十二使徒峰(アポストル)とを左右の両翼として、三千五百フィート(1080m)の空中に偉大なる木槌(きづち)のような頭をそびえかせているテーブルマウンテンは実に深い印象を与える山である。

この尊き偉大なる山を、いたずらに船乗りの方位目標物とするのは失礼である。いたずらにスケッチ上の景勝美の対象物として取り扱うのは気の毒である。少なくともなんらかの哲学的意義と、宗教的崇拝と、理学的帰納とを、この尊くも偉大なる木槌(きづち)のような頭に植えつけなくては申し訳ない。

ぼく自身はこのように崇拝(すうはい)し私淑(ししゅく)しているのだが、それにはまったく頓着しない専任教官は「この山をスケッチしろ」という。命令には従わなければならないので、方位は南6度、距離は十八海里などと書いていると、「やー、妙な鳥が──」と、大きく頓狂な声で注意する男がある。見れば、なるほど妙な鳥が不器用に尻を振りながら海水(みず)の中へついついと潜っている。

太い不細工(ぶさいく)な首と、小さな漆黒(しっこく)の厚い羽翼(はね)とを持った水鳥が、かわいい赤い水かきをお尻の下でひらめかしては、水面をのんびり泳いでいる。見渡すと、暑い夏の光線(ひ)がまぶしくキラキラと海水に輝いて、白い縞(しま)が悪光(わるびか)りする水の面(おも)には、同じような鳥があちらにもこちらにもたくさんいる。「ペンギン」に違いないという者、いや違う、あれは「カモノハシ」だというもの、またもや博学博識を競った連中の議論が甲板(デッキ)に花を咲かせる。

三錨湾(スリーアンカー・ベイ)に近づいたとき、ただでさえ暑苦しい夏の光線(ひ)をもてあそんで、突然に大きな建物の二階からピカリッ、ピカッと、光るものがあった。スコットランド生まれの英語教官の説明で、これは光学式電信機(ヘリグラフ)だとわかったが、「あの建物には俺の友達がいる。したがって、このモールス信号の通信は俺にしているのだ」と推論したのには、さすがの生意気盛りの学生たちも、上には上があるものだと感心しきりだった。

船はようやく近づいて、午後の一時頃からは、ケープタウンの町が見えた。外国の町といえば、昨年、サンピエトロで最初の印象を与えられて以来、いつも判で押したように茶色、とび色、あずき色、橙(だいだい)色、土器(かわらけ)色と刺激的色彩のみが意識の上に残った。ぼくはこういう色は死と衰退と憎悪との連想が見る人の頭脳(あたま)に植えつけられるような気がして嫌いである。わがケープタウンの建築もその色彩の上から見て、この悲しむべき同じ傾向から免れることができないらしく、同じく茶色である。とび色である。土器(かわらけ)色である。死と衰退と憎悪の色である。

なかば石垣を築きかけた防波堤をめぐって港内(なか)に入りかけたとき、英国ユニオン・キャッスル社のバルモーラルという定期汽船(一万三千トン)が出港(で)ていくのに出会った。見ると、防波堤の先端(はし)には、親戚知己(しんせきちき)であろう、ハンカチーフを振りながら別離の涙をぬぐう女、杖やこうもり傘を振る男、いずれも霧の都、灰色の町、ロンドンに帰る者に向かって、六千海里の船路安かれと祈っている者ばかりである。ケープタウン内港は面積六十エーカーのビクトリア錨地(ベイスン)と八エーカーのアルフレッド船渠(ドック)で構成されている。港内(なか)は案外に狭く、五つの桟橋(ジェティ)には、ぎっしりとユニオン・キャッスルのきれいな定期船が舫っている。

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現代語訳『海のロマンス』66:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第66回)

六、ケープタウンへの寄港が決定

練習船は二月五日にグリニッジの子午線*1を突っ切ってしまった。セントヘレナ*2は西経六度である。北方の風が連日連夜吹きつのるので、セントヘレナへ向けて変針することができないという。そういう噂が少しもれ聞こえてくる。しかし、こう途中でてまどっては行く先が案じられる。誰いうともなく、本船はひとまずケープタウンへ寄港するとの噂がたつ。さては、いよいよ怪しい。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』65:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著


夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第65回)

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二、バードウッド・バンク

五月八日。ケープホーンを通過した翌日のこととて、後片付けで忙しく、総帆(そうはん)展揚(てんよう)でまた忙(せわ)しい。

専任教官の訓示(くんじ)によると、本船は午後五時ごろにバードウッド・バンクの西部を横切るだろうとのことである。

バードウッド・バンクとは、フォークランド島の南方百二十海里くらいの地点で、五十五度の経度線と、スタテン島の西岸との間に、東西二百海里、南北六十海里で広がっている、平均水深四十尋(ひろ)*1と、海底が浅くなったところ(バンク)である。

 

*1:尋(ひろ)は大人が両手を広げた長さ(約一・八メートル)。二十尋(ひろ)は三十六メートル。

底質(ていしつ)がサンゴ殻(がら)か火山岩片、海の色は暗褐色で、水深は二十五尋(ひろ)から六十尋(ひろ)まであり、中央が最深部であるという。

一八二一年に、ドクトル・バードウッドによって発見されたのだという。

本船も二、三度、深海測温法(しんかいそくおんほう)を行ったが、初回は八十尋(ひろ)で、次は七十尋(ひろ)、海の色には変化がなかった。

意識に十分なる満足を与えずして、ただ海図(チャート)とコンパスとの相談づくで無事ケープホーンを通過したものと、自分勝手に決めた翌日(あくるひ)、さらに、胸底からわきおこってくる懐疑を抑えつつ、ログラインと深海寒暖計とで、見えもせぬ砂堆(バンク)を五百尺(約150m)の底に断定したとは乱暴にもほどがある。

科学とは情実(じょうしつ)を無視し、思いこみを蹂躙(じゅうりん)し、人間一切の義理と、世の中一切の約束とをまったく気にしない、理知の曲者(くせもの)である。冷酷であること鉄のごとき没情感である、と言っても、どこからも文句は出ないだろう。それとも出るなら出してみろ。

三、ヘンリエッタ号

「こちらはドイツ、ハンブルグ籍のヘンリエッタ号」

「了解。名乗るのが遅くなりましたが、こちらは日本国の練習船・大成丸です。どちらへお急ぎですか」

「イギリスのマージー川の河口にあるリバプール港へ……」

「どちらから?」

「チリのアントファガスタの泊地から……」

「出港してどれくらいになりますか」

「三十二日です。安航を祈ります」

「ありがとう。それではさようなら」

こんな意味の会話を万国信号で交信しながら、ヘンリエッタ号は本船の船首一海里の海を右舷「一杯開き」で快走していった。

正月十二日である。本船は折からの右舷後方からの順風に乗じて、トップスル六枚と前帆(ぜんほん)とで七海里のスピードで走っている。ところが「ハンブルグ籍の船」は総帆(そうはん)三十枚であるから、四時半頃に本船の右舷後方に見えたものが、六時半には並行の姿勢をとって通信をはじめ、七時にはすでに本船を追い越して夕闇の中に隠れてしまった。

さすがに商売船は速い速い。

四、海水が赤い

正月十八日(土曜) 南緯四十三度、西経三十五度。

日本のちょうど裏側である。思えば遠くへはるばると流れながれてきた旅路(たびじ)である。

昨日、今日と、青黒くにごった海の中に粘土色に線を引くように、山崩れの川のようなものが遠くまで連なって流れてくる。何か微細な虫類かまたは藻の類だろうと、バケツでくみ上げて顕微鏡で観たら、無数のエビの子のようなものが浮遊していた。

学名コペポーダ(ラテン語で「櫂(かい)の足」)という甲殻類の一種だという。

ダーウィンの『ビーグル号世界周航記』に、次のような一節がある。ちょっと面白い。

「……海水の変色については、二、三の語るべきことがある。南米はチリの近海を航行中、青みをおびた紅色の海水を見たが、これは顕微鏡で見ないとわからない小生物の集合……。南米のティエラ・デル・フェゴ島の近海では、海面に鮮紅色の線を見たが、これは甲殻類の一種であるエビの発生に原因する……アザラシ猟をする者たちは、これをクジラのエサだと言っている。」

五、トリスタン島

正月三十日正午、南緯三十七度、西経十三度三十分。トリスタン・ダ・クーニャ諸島の一つであるイナクシブル島まで約四十五海里。

トリスタン島は八千余フィート(標高2010m)もある峻峰(しゅんぽう)が高く抜きんでていて、雲の上にそびえているのが見える。どことなく富士に似ている。たまらなくなつかしい。紫(むらさき)匂(にお)うばかりの山裾(やますそ)がなだらかに両方に流れて、左の方の腰には、立派な標本のような雲がきれいに咲いている。

左舷船首(ポート・バウ)にはイナクシブルが、その左の端をやはり麓(ふもと)の雲に包まれてすっくと立っている。午後の七時ごろ、北西の風を左舷に受けて、イナクシブルの風下(かざした)正横(まよこ)を五海里の距離で通過する。

実におそろしい島である。見る人の視覚をブルブルと脅かす効果を与えるに十分なる島である。見る者に、厳粛にして冷酷なる威容と感じさせる島である。イナクシブル(近づきにくい)とはよく言った。ことに、その右の端に狂犬の歯のように屹立(きつりつ)している岬は、今にもバタリと水煙をあげて倒れそうに見えるくらいに、細く鋭く長い。

千尋(せんじん)の海底から徐々に円錐形をなしつつ持ち上がったという推理と意識とを連鎖させるのはむずかしいほとに、細く鋭く長い。慕(した)い寄る周囲の海を、ええ、うるさいと、けんもほろろに、しずくも滴(したた)らせずにきれいに振り払って、無情にもムッと突っ立ったような島のたたずまいである。

恐ろしい岩くれだった絶壁の皺層(しゅうそう)にはふわりふわりと白い雲が悲し気にたなびいている。

無人島である。冷たい、さびしい、荒れ果てた無人島である。

英領トリスタン・ダ・クーニャ諸島は、トリスタン、イナクシブル、ナイチンゲールの三島からなり、南緯三十七度、西経十二度にある。

この諸島は最初はポルトガル人によって発見され、以後、オランダ、フランス、アメリカ等の手をへて一八一七年にはじめて英領と宣言され、定まった主権者を迎えるにいたった。住民は最大の島トリスタンに七十五人(男三十六人、女三十九人)いるのみで、他の二島は無人島である。この七十五人はこの辺の海で難破した船乗りの子孫だという*2。


*2: リスタン・ダ・クーニャ島の現在の人口は260人。南大西洋南部の孤島で、ギネスブックでは「世界一孤立した有人島」に認定されている。

 

産物はポテト、果樹、海獣*3、海獣油等である。また島内には清水が多く湧き出すため、帆船がときに寄港することがある。


*3: 海獣 - 海に生息する哺乳類(クジラ、イルカ、ジュゴン、アザラシ、ラッコなど)の総称。

英国の軍艦は一年に一回やってくる。

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現代語訳『海のロマンス』64:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第64回)

ケープホーンからケープタウンへ

一、トビウオとボースン鳥とイルカ

世界で最も有名な岬を回航し、「肩の重荷から逃れた船乗り」の欣喜(きんき)と安心と失神とを推察することができるかと思われるほどに、平安にして気高く、力抜けを感じる日が幾日となく続いた。

ケープホーンの寒い風と冷たい雨を遠く南の海に振り捨てて虎口(ここう)を逃れた練習船(ふね)は、うれしそうに身震いしながら一時間に十海里ほどの速力で、追手(おって)のかからぬうちにそれ逃げろやれ逃げろと、ただひたすらに北へ北へと突っ走る。

寒さは皮をはぐように一日ごとに暖かくなる。晴れやかな周囲の状況の展開に応じた、快(こころよ)いのどかな心理の動きである。

こんな風に船が快(こころよ)く走るとき、こんな風に心理が心よく推移するとき、うん、もっともじゃ、もっともじゃ、俺もしごく同感じゃと、その欣喜(きんき)と快(こころよ)い心理とを分かち楽しもうというように、海ではイルカが踊り、トビウオが飛び、空にはボースン鳥(オオグンカンドリ)とアホウドリとケープ・ビジョン(マダラフルマ・カモメ)とが舞っている。

すべてが海洋(うみ)の荘厳美と雄大美と情感美とを飾る好個(こうこ)の書割(かきわり)である。オーシャン・スピリットを象徴する好個(こうこ)の脇役(わきやく)たちである。

イルカはかつてハーシュースの母アイオロスをユーノーの嫉妬(しっと)の手から救ってから、またとないネプチューンの忠僕(ちゅうぼく)となった*1。つるつるとすべっこい鼻頭(はながしら)をうれしそうに青い波間に現わして、ジャブジャブと白い泡をたたせながら一列応対に梯形(ていけい)をなして突進して来るところは、勇ましいというようり、むしろ自覚せぬ滑稽(こっけい)である。

*1: ローマ神話から。ネプチューンはギリシャ神話のポセイドンに当たる。

トビウオとイルカは、海神ネプチューンが有する性格中のユーモアなる一半面を象徴する海のひょうきん者であると、ぼくは信じている。

ドブンと沈んではひょっこりと青い海の上に現れる。沈むやつに浮き上がるやつ!! 船の上から見ると、実にのどかな眺めである。なんとなくお人よしのバカ息子のような可愛さが感じられる。

このイルカに一段と輪をかけた滑稽(こっけい)なものがトビウオである。海洋に生まれ育ったくせに、空を飛ぼうというのがすでにひょうきん者である。インド洋あたりでは、このひょうきん者が時々、月明かりで南風が吹く良夜に、こっそりと甲板に忍びこんで、流れるような月光の下で、その白い腹を銀色に輝かせて狸(たぬき)寝入りをしている。そこへ来かかったのがあわてものの水夫で、「誰だ? 危ない!! こんなところへ小刀(メス)を捨てているとは?!」などと、一人でぶつぶつ怒りながら、この小刀を拾おうとすると、そのとたん、この狸(たぬき)寝入りの横着者(おうちゃくもの)はキラリと跳(は)ねて、あっとばかり、水夫をして腰を抜かせることも珍しくないという。

アホウドリのことはすでに書いた。

ケープ・ピジョンとは、ケープホーン付近に特有の、ねずみ色の小さい体と、雄勁(ゆうけい)な羽翼(はね)とを持って、カワウソのようにピョンピョンピョンピョンと荒天(しけ)のなかを飛んでくるやつである。ウミツバメ(ストームペトレル)と共に、時化(しけ)の前兆といわれている。

「おい、ちょっと見い。この寒空に絣(かすり)」を着ている鳥がいるぞ!!! ずいぶん物好きなやつだなあ……」と、一人の友に肩をたたかれて振り向くと、暗い空と灰色の海との間を黒白(こくびゃく)の斑点(ぶち)入りの羽(はね)を持った鳥が、喜び飛んでいる。これがボースン鳥である。

なぜボースン鳥というのか? それはわからない。

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現代語訳『海のロマンス』63:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第63回)
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下、ケープホーンについて

こうした十分すぎる強迫観念にとらわれながらも期待していたケープホーンを、はなはだあっけない平凡な時化(しけ)のなかで通りすぎた。これは、一面からいえば、海に完全に慣れた結果であるかもしれないが、他の一面からいえば、単調な、いわゆるドッグライフの中毒である。欲求の刺激を受けない、のらくら生涯の満足である。波乱も起伏もない行事を日一日と送迎する生活にひたりきった結果である。

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現代語訳『海のロマンス』62 練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第62回)

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海上の墓場 上、マゼランの世界一周

……かくして世界周航の針路は、パタゴニアの西海岸に沿って北寄りに進み、次に西北、次に真西に向かい、羅針盤の針はマリアナ諸島を指している。


……さても浅はかな人知で察することができない、広大無辺(こうだいむへん)の海洋(うみ)のたたずまいよ!!!
白雲は悠々(ゆうゆう)たり! イルカは嬉々(きき)たり!!!
船は風に送られ雲に導かれて、洋上に出没する太陽を見ること九十八日に及んだ。


……かかるうち、飢餓(きが)と壊血病(かいけつびょう)は人々を襲い、ついには大枚二円八十銭にて一匹のネズミ(船倉などにいる)を買って食うのは、孔雀(くじゃく)の舌よりも、大牢(たいろう)の美食よりもぜいたくなり、と噂されるにいたれり……

と、マゼランの世界周航記に書いてある。

マゼランが自分の名前が冠せられることになるマゼラン海峡を発見して通過を開始した第一日は一五二〇年の十月二十一日で、当日は聖(セント)ウルスラの祝日*1であったから、海峡の右岸は「一万一千の聖女の峰」と名づけられた。左岸の陸地には、ちょうど焚火の火が見えていたことから、ティエラ・デル・フェゴ(火山の島)と彼らは呼んだ。

*1: 聖ウルスラの祝日とは、ドイツ・ケルン地方に伝わるキリスト教徒の聖処女伝説の聖女ウルスラを崇敬する日である。
現在は実際に存在していたのか疑問視され、カトリック教会の典礼暦からは削除されている。

かくて三十八日間の探検の後、彼らの船は、いまだ旧世界の船舶が訪れたことのない新しい海に浮かび出た。雨に風にさんざんに大西洋の時化(しけ)に苦しんできたポルトガルの船乗りは、意外にも平和な海を見て、嬉しさのあまり「太平なる海、太平洋」と命名した。

後年、ある詩人がこの「この偉大なる海の人」を賛美して、

風はおだやかに吹き、泡立つ海は白く散る
白き波頭、快(こころよ)き海風
われこそは、この静かなる海へ
浮かび出でたる第一人者なれ

しかし、ぼくはこのメル・パシフィコ(太平洋)には異論がある。ぼくらのいままでの経験によると、同じ気候(冬ならば冬)という条件下では、太平洋といえど、その時化(しけ)の苛烈(かれつ)さにおいて、ことさら大西洋に劣るものではない。

「風が吹けば、海が荒れ狂う」という諺(ことわざ)さえある。北部にはストームがあって、南部や西部にハリケーンや台風が存在する太平洋は、その面積が広いだけ時化(しけ)方もまた大変である。察するところ、豪胆(ごうたん)にして、しかも一方で思慮に富んでいたマゼランは、後輩たちが他日安心してその生命と船舶とを信頼させるにたる十分な効果をもたらそうとひそかに考えて、この美しく泰平なる名前をつけたのであろう。

中、ケープホーン回航

一月六日。南緯五十六度十八分、西経七十度二十五分。ディエゴ・ラミエズ島(ケープホーンの西南六十海里)まで五十五海里となった。

風は相当に強いが、心持ちは極めて爽快である。「ロワーゲルン*2下ろせ」の士官の号令も勇ましく、「バントラインで帆をたため」の笛の音もまた勇ましく、緊張したリーサイド(風下舷)の伝令にこたえて、当直員の興奮した復令(アンサーバック)が一瞬の油断を示さぬいきおいで、りりしく甲板(デッキ)に湧く。

*2: ロワーゲルン - 帆船の横帆の一種。帆の名称は、マストの上からロイヤル、アッパーゲルン、ロワーゲルン、アッパートップ、ロワートップ…と続く。
ちなみにゲルンは、(トップ)ギャラン(topgallant)がなまったもの。
帆船の種類や艤装によってマストや帆の数や名称も変わることが多い(セールトレーニングが行われている現代の帆船でも、船ごとに名称が微妙に異なっていたりする)。

パラパラと白い服の練習生たちが動いて、帆は絞(し)め殺されるニワトリの羽のごとくバタバタと揺れ動く。リギンを伝う黒い五、六の姿が見えたと思う間もなく、なにくそっというように帆桁(ヤード)の上で赤い太い手が一斉に動いたと思ったら、帆は意気地なくもスラスラと巻きつけられる。なんとなく頭脳(あたま)は興奮し、身内の肉が引き締まるような気分である。

何たる男性的な作業であろうぞ。

展開している帆(ほ)は、前帆(まえほ)とミズンの下(した)トップスルの二枚だけである。

さすがにケープホーンの風と海とは「海上の墓場」だけにものすごく吹き、ものすごく荒れる。風力は十一(時速八十マイル、風速三十五メートル)*3に達し、波はそのひとつの「山と谷」とをもって十分前帆(まえほ)を超えるほどに大きい。夏でさえこれである。一日の四分の三は暗黒(やみ)の海を行く冬季のケープホーン航海!!! 考えてみただけでもぞっとする。

*3:現代では、風の強さは「ビューフォート風力階級表」を用いる。これに換算すると時速八十マイルは最高ランクの十二を余裕で超え、台風並みである。
ちなみに日本で海上風警報が発令されるのは風力七、十を超えると海上暴風警報になる。

油が四か所から流され、ハッチはとっくの昔に閉鎖されている。ライフラインは縦横に引かれ、補助エンジンが点火され、「大成丸式荒天準備」はいかんなく準備された。

かくして四時間交代の半舷当直(ワッチアンドワッチ)の夜は明けて、一月七日の午前二時となる。

「海上の墓場」として船乗りに恐れられ、船乗り稼業の「免許皆伝道場」として海の子に親しまれ、「海のアルプス」として海洋詩人に歌われたケープホーンを、大正二年正月七日午前二時、その十八マイル沖をかわして無事通過した、らしい。

なるほど通過したのは間違いない。夏季(かき)のケープホーン沖は、海上一面にもやが立ちこめ、水平線もケープホーンも見えたものではない。

なんとなく物足りないケープホーン「通過」である。これが命を賭(と)して、一か八かのサイコロを振るところとはとうてい思われない。これが英国の海事会社で海員の志願者に課する試験項目のうちで最も大切なものとして「なんじはこれまで何度ケープホーンを通ったか?」とという質問が出るほどに、船乗りが誇りとするところだとは思われない。

現実に、網膜の上に灰色の岩塊を映じてフフーンと合点するまでは、実感が持てないし、なかなか納得できそうもない。

かくして、息のつまるような風と、むやみに荒れ騒ぐ波と、陰気な気持ちの悪い霧雨との間を、一時間七マイルぐらいの速力でしゃにむに乗り切った船は、午後三時ごろ、ズルロードの仮泊地に近づく。

近づくに従い、海はようやくおさまり、風ようやく死に去って、薄暮当直(イブニングワッチ)に立つ頃は、いままでの修羅場はどこへやら、しとしと細かいやわらかい雨が帆のない裸マストに降りそそぐなかで、船はユラリユラリとすましてござる。

ここにおいてか、ケープホーンの偉さ加減、恐ろしさ加減が、なんとなくしみこんでくる。

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現代語訳『海のロマンス』61:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

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若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第61回)
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南太平洋の元旦

青海原に暮れ行く今年かな

明治四十五年と大正元年との両面を有する、記念多き、変化多かりし一年は、静かに広大な青い海の水平線のかなたに暮れていって、悲しい、嬉しい、華やかにして暗い、さまざまな色のぼくの記憶もまた、一緒に伴って去ろうとしている。いまさらに強い哀惜(あいせき)の念が胸に湧く年の暮れである。

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現代語訳『海のロマンス』60:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

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若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第60回)
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氷山の見張り

誰やらが二、三日前に、いよいよケープホーンだとささやいた。

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