現代語訳『海のロマンス』112:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第112回)

荷物倉のカメ

昔、武士(さむらい)という軽佻(けいちょう)にして、しごく簡単なる脳みそを所有し、ただひたすらに威張(いば)りたがった人種が、辻や横町で「町人斬り」という、その気まぐれな道楽をするときの引導とやらの文句に、武士(ぶし)ともあろうものの直々(じきじき)の成敗(せいばい)を受けるとは、汝(そち)はよほどの果報者(かほうもの)じゃわい……この可内(べくない)様の情(なさ)けの刃(やいば)にありがたく成仏(じょうぶつ)せい云々(うんぬん)というのがあります。

その可内(べくない)君の論法でゆくと、ケープタウンで練習船大成丸の客分となる光栄を強制的に負わせられたシカやカメレオンや私――カメ――は、よほどの果報者であるに違いありません。百二十五名もの二十世紀の可内(べくない)君は、今にも「情(なさ)けの誘拐(かどわかし)に、ありがたく成仏(じょうぶつ)しろ」と来るに違いありません。

先方(むこう)が先方ならこっちもこっちです――しゃれでも対句でもありません。いきおい洗いざらい大成丸(ふね)の秘事(ないしょごと)をぶちまけるまでです。そうしたら第一に困るのは士官と学生とでありましょう。そして泣き顔をして、貴様はひどい奴だ、まるで虚(きょ)に吠(ほ)える闘犬の類(たぐい)だと言うでありましょう。犬と軽蔑(さげすま)されるのは心外であります。犬とウサギは生まれながらにして自分には性の合わないものであります。

そこで、世渡りの上手な私は直覚的に、この際、すっぱ抜きはあまり為(ため)にならんと悟(さと)りました。しかし、なぜ今、私がこんな荷物倉庫(バッゲージ)の隅に小さくなっているかは是非(ぜひ)ともここで弁じておかなくてはならないと思います。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』111:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第111回)

五、怪物は風のごとく

日となく夜となく百尺(約三十メートル)の高きに登って風に吹かれ雨にたたかれ、南蛮(なんばん)鉄のごとき抵抗力を充溢(じゅういつ)せしめている彼らの体躯(からだ)は、かねて音に聞いた不死身(ふじみ)とやらを想像させるほどで、彼らにとっては些々(ささ)たる石炭粉ぐらい、どうということはないのだろう。一向に平気であるに違いない。

だれか、この際(さい)、外部から刺激し交渉してくれる者がなければ、そのまま粘液質的*に納まり返っているだろう。彼ら自身では積極的に面白い場面(シーン)の展開を呼んで来そうもない。ここにおいて、ぼくは心の底から外部に向かって何らかの低気圧が起こってくれとひたすら願った。

* 粘液質的: 医学の父と呼ばれる古代ギリシャのヒポクラテスの体液説に基づく気質の分類で、感情の起伏が少なく粘り強い気質を指す。

ところが、至誠(しせい)はこれ天に通ずとかで、それからわずか三十分も経たないうちに、ぼくの注文通りにうまく事件が寄り集まってきたのには、自分ながらその真摯(しんし)な思いがこれほど早く効果を生じたのには感服した次第である。

一時間の英語学習も今は残り少なになって、教科書の主人公の生まれ故郷たるデボンシャーの絵のごとき風景を描写するキングスレイの、いわゆる言葉の絵画が今やようやく佳境(かきょう)に入らんとするころ、ふと食堂兼教室の扉(ドア)の隙間(すきま)から外をのぞいたぼくの目に、ピカリと光るものが二つ見えた。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』110:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第110回)

四、修業日誌の内容

その謹厳(きんげん)なる態度――目の色のただならぬ様(さま)から、息づかいのせわしそうな様子から――真面目(まじめ)な筆跡から推量しても、彼らが少なくとも『ローマ帝国衰亡史』という大著を執筆するときのギボンや、傑作の『神曲』に筆を染めつつあるダンテなどと同じ抱負と気位(きぐらい)と勇気を抱いていることがわかる。

ある者はさかんに呻吟(しんぎん)し、ある者はいたづらに騒いでいる。

一体どんな偉いものを書いているかと、例の人間などには計測できない眼光を放って眺めてみると、いろいろな表題(みだし)がまとまりもなく雑然(ざつぜん)と並んでいて、それが目に飛びこんでくる。すなわち、「帆の効用と船のトリム」、「ケープホーン付近の天候」、「セントヘレナの所感」はまだよいとしても、「便所のサニタリータンクがしょっちゅう壊れることを論じて本船の水管配置(パイプアレンジメント)に及ぶ」はふるっている。こんなずいぶんと汚い問題から堂々とした立派な説を吐露(とろ)したその勇気と気位(きぐらい)と抱負とは実に敬服(けいふく)の至りである。

彼らの態度がこのように謹厳(きんげん)であるのも、その論調がこのように真面目(まじめ)であるのも無理ならぬわけがある。

大日本商船学校練習船大成丸の修業学生としての二年間の実習成績の大部分は、その修業日誌の内容と書きぶりとによるとのことであるから、どんなにのんきな彼らでも、いかに無刺激で非人情の生活を欲する彼らでも、いきおい血眼(ちまなこ)にならざるを得ぬ。いきおい競争的に、刺激的に流されざるを得ない。

当直で上甲板(デッキ)にあってはブレースを引き、非直(ひちょく)で骨休めするときには修業日誌に追われるというのが千編一律(せんぺんいちりつ)にして平凡なる彼らの生活である。

修業日誌とかの発明者は誰だか知らないが、ぼくのこの観察記を読んで、わが黙従主義、同型人物養成主義は大成功だと思ったら大間違いである。

彼ら練習生達は、いわゆる二十世紀の紳士である。決していたづらに精力を消耗するものではない。

すなわち、一人がライブラリーへ行って何かうまい種を見つけてきて書く。すると、他の百二十四人は単なるタイプライターとしてそれを筆記するだけである。研鑽(けんさん)も考究(こうきゅう)もあったものではない。

休息時間のほとんど全部を修業日誌に奪われる彼らは、泣き言を並べながらも校則はいとも尊しと、昼より夜へと、本や他者の文章から適当に抜き出しコピペしてマス目を埋める作業に余念がない。

ときどきは彼ら自身が、こんなにセッセと字句を羅列していても、たった一回専任教官の点検を受けるのみで、二度と開けて見ることはあるまい、などと述懐するのを聞くことがある。

羊のようにただ従順(すなお)にしつけられた彼らは、これが学生の本分で、常識的行為の極地だと固く信じている。殊勝(しゅしょう)なことである。世の中に試験廃止論などが流行(はや)っているとは夢にも知るまい。

一期学生の試験が二、三日かけて施行された他は、平凡にして暑苦しい日が続いては消えた。

南米の沿岸に近づいたためか、毎日夕方になると、蓄積した一日の暑気(しょき)を駆逐(くちく)するように、小気味よい爽快なスコールが来襲するようになった。そしてロイヤル(最高帆 さいこうはん)は夕方に絞られて朝方再び展(てん)ぜられるのが日課のようになった。

船は毎日七、八十海里(マイル)ずつ走って、ぼくはハエをとらえては眠り、眠っては変色して、そこぶる無為(むい)の日を送った。

ところが、四月十日になって、驚天動地(きょうてんどうち)の一大事件がはからずも湧き出した。

午後の一時の鐘(ベル)が鳴って英語教官の訳述が例のごとく始まった。教官も学生も教科書も例のごとくで、すこぶる安穏であったが、いつもと違うものが、ぼくの目に映じだした。

どこからともなく、むせっぽい、気味の悪い、小さな黒い粉が幾万となく舞いだしてくる。

そのうちに、あちらこちらでゴホンゴホンとむせる者が多くなった。

さてはただごとではない。船底深く神秘の魔宮に鎮座ましませる海の神様が吹き出す有毒ガスではあるまいかと、勝手のわからぬぼくは少なからず恐ろしく思い出した。ところがこれは、学生の半数が蒸気機関の缶焚(かまた)きたる火夫(かふ)と共に、このすぐ下のスペアバンカー(予備貯蔵庫)*からエンジン脇のサイドバンカーへ粉末の多いカーディフ炭の移動を行っているからだと知れた。

* スペアバンカー: 原文ではスペヤーバーカー。前後の内容から推して、燃料となる石炭の予備貯蔵庫 (スペアバンカー spare bunker)の誤記と判断。

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現代語訳『海のロマンス』109:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第109回)

三、ぼくの所有者

黙って聞いていると、ずいぶん腹の立つことがある。

やれ誰さんのカメレオンはハエの取り方が下手だとか、甲所有のは意地が悪いとか、乙のは敏捷(びんしょう)だとか、さかんに自分勝手なごたくを並べている。理不尽(りふじん)に山から海へと誘拐(かどわか)してきて、断りもなく自分で勝手に決めた所有権を無辜(むこ)のぼくらの上に拡張してすましている。図々しいにもほどがある。

しかし、なんと言っても相手は「狂にして、かつ暴」なるものであるから、この際、生きんがために涙をのんで奴隷的(どれいてき)な地位に服従することとした。

そこで、ぼくの所有者は誰だろうかと詮索(せんさく)したら、生意気にも太刀雄(たちお)という変名を持った男である。

昔から変名を持った者にろくな者はない。

あちこちと逃げまわった末に、「ヤアヤア不倶戴天(ふぐたいてん)の父(おや)の仇(あだ)、尋常に勝負せよ」と名乗られるような者でなければ、東海道を股にかけ雲や霞(かすみ)に打ちまたがってその跡(あと)も白浪(しらなみ)と消え失せるような、すねに傷を持っている者に限られるようである。

この男、由来、いかなる星の下に生まれたか、意地が悪くて、強情で、わがままで、しかも忘れっぽいという悪い性質ばかり集めている。

しかし、同じ忘れっぽいのでも、この男のはずいぶんたちが悪く、自分に都合の悪い時に限るようである。

同じく横柄(おうへい)な所有権を振りまわしながらも、他の青公(あおこう)や白君(しろくん)などの所有者はセッセとハエをとらえてきては努めて好かれようとしているのに比べて、この男はいつも都合よく忘れているのか、かつて一度もハエをくれたことがない。しかも、よく図書室に来ては、くだらないことを言っては独りよがりをしている。

学者の蓋然(がいぜん)性の説とかに従うと、このカメレオンがハエを捕らうる可能性(プロバビィリティ)は、カメレオンが十分の成算と覚悟とをもって長い粘着性の舌を吐き出した度数の1/2とのことであるから、今諸君のご覧になる通り、あのカメレオンは今しょっちゅうハエを取り逃がしているが、いつかはこれを捕捉(ほそく)するような手柄(てがら)をあげて、この法則の真なることを立証しよう……

などと演説することもある。

取り逃がそうが、どうしようが、入らざるお世話である。もっとも、その折りは自分でも落胆(がっかり)するほど、取り損なったのは事実であるが。

で、あまり平常(ふだん)のそっけない処置がしゃくにさわったから、一日(あるひ)船尾の四等運転士とやらが「あんまりサルーンにハエが多いので、はえ取り虫を二、三日貸してもらいます」と交渉して、士官のサルーンに持って行った折、ちょっと悪戯(いたずら)して北車(フクシア)の樹(き)から脱走してやった。

これにはさすがの太刀雄(たちお)先生も仰天して、さっそく懐中電灯を携帯した捜索隊を編制し、机や棚の下など一生懸命にもぐって歩いたのは笑止(しょうし)であった。

今日は土曜日の午後で、恒例の船内点検があるので、船長などの目障(おめざわ)りにならぬようにと、ぼくらは図書室から食堂へ移された。移されたのはまあ仕方がないと観念しても、生来、冷酷と健忘性(けんぼうせい)との分子に富んだ連中は、例のごとく再び連れ戻すことを忘れたので、ぼくらは以後、この食堂をわが党の天地とすべく余儀(よぎ)なくされた。

上へ上へと幹を攀(よ)じ登り、枝を渡って、まさに樹葉(じゅよう)の茂みに入ろうとして、ぼくの本能的機能が緑色の皮下色素の満潮という段取りに及んだ時、ぼくらの前の机で無遠慮にアーアと大きなあくびをした奴があった。

日曜の午前である。

この男は今まで「修業日誌)とかいうものを書いておったのである。ところが、見渡すと、この男ばかりでなく、堂内にいる大半の学生は、人生の花と歌わるる青春の燃ゆるがごとき精気をことごとくこの一時に集中させる勢いで、セッセとペンを動かしている。

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現代語訳『海のロマンス』108:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第108回)

二、地上の獅子(シシ)の由来(ゆらい)

「おい、君、大変だぜ。カメレオンはギリシャ語で地上の獅子という意味だと、ここにあるぜ」

「いかにも、あるある。しかし、生意気だね。僭越(せんえつ)だね。たかがカメレオンの分際(ぶんざい)で”獣の王”の名前を詐称(さしょう)するなんて」

「しかし、まあ、かりに一歩を譲って、ライオンの号を承認してやっても、地上の獅子とはぴんとこないね。せめて樹上の獅子とかいう方がまだまだ理屈にあってるがね」

「それがそれ、へんちくりんな分からず屋のギリシャ人の仕業(しわざ)だね。だから、常識一点張りの例の英国人は、訳のわからない者をとらえてはギリシャ人のようだと言うじゃないか」

「アハハハハハハ。そうかも知らん。ウフッ、笑わせやがる。アハハハハハハ」

他の悪口を堂々と当人の面前で試みて、さも愉快げに心から笑っている。無遠慮にもほどがある。不人情にもほどがある。何がそんなにおかしいか。

ならば、こっちからも言ってやろうか。

まず、啓蒙(けいもう)の第一に、地上の獅子に対する彼らの誤解を指摘してやろう。

彼らはこの「地上の獅子」なる語は、かつてアフリカではルーズベルト君の銃先(つつさき)に追いまわされ、日本では歯磨き粉の看板になっているライオンに当然冠すべきもので、カメレオンごときがそれを差し置いてと冷笑しているが、これはたまたま彼らの浅学かつ無教養なることを自ら証明するものである。

コロンブスやドレーク*に劣らない航海者である自信を持っている彼らは、必ずや赤経十時三分、赤緯十二度二十三分のあたりにわたって「ライオン」(レオ)なる一星座**のあることを知っているだろう。

* ドレーク: サー・フランシス・ドレーク(1543年~1596年)はイギリスの航海者。
西インド諸島周辺でのスペイン船に対する海賊行為で頭角をあらわした、いわば国家公認の海賊=私掠船の船長というわけだが、マゼランに続いて史上二人目の世界一周航海を果たし、海軍提督まで上り詰めた英国の英雄。
南米ホーン岬と南極との間のドレーク海峡に名を残している。
とはいえ、対立するスペインからすれば「悪魔の化身」たる海賊船の船長であり、歴史上の人物の評価は国によって正反対になることも少なくない。

** ライオンなる一星座: 星座占いでもおなじみの「しし座」。
赤経、赤緯は地球上の経度、緯度と考え方は同じで、天の北極、南極、赤道を決めておいて、あらゆる天体の天球における位置を示す指標として使用される。
具体的には、春分の日に太陽の赤緯が0になったときの天球上における太陽の位置を赤経0とする。

しし座
Leo constellation map

彼らに言わせると、「それこそ天上の獅子さ」とうそぶくであろうが、これが目指すライオンの本体であって、サハラの砂漠に吠えている輩(てあい)はその前身に当たるにすぎんので、単に現世だけの通称である。

ゆえに、人間でもこの獅子のように勇猛に働いたものは死後に昇天してはみなライオン星座の一員となるので、かのローマの勇猛果敢なマーカス・アキリウス*という男も今は「レギュラス星」**となって青く光っているのでもわかる。

* マーカス・アキリウス: 現在の一般的な表記はマルクス・アティリウス・レグルス。生没年不詳だが、紀元前の共和制ローマの政治家で軍人。

** レギュラス(レグルス)星: しし座の一等星。

とすると、いわゆる「地上の獅子」なる尊称をいただくしか他にない、まさに押しも押されもせぬぼくであることが判明(わか)るであろうが。

次に……カメレオン風情(ふぜい)でもったいなくも獅子と称するなど僭越(せんえつ)だとの攻撃であるが、これもまた彼ら人間どもの浅はかな智慧(ちえ)から生み出された推論にすぎんのである。昔から人間にせよ動物にせよ、身体(からだ)のある部分が異常に抜群に発達したものに偉人や傑物が多いということでは歴史家の意見は一致している。

頼朝(よりとも)の巨大な頭、劉備(りゅうび)の大きな耳、ナポレオンのフクロウのような眼などはその最も傑出したものである。

他に類例なき長大で飛ぶように動く舌と、左右が独立して自由に回転しうるその目と、自在に敵の目をあざむくことが可能なおそろしき変色術と、竿のごとく一挙に全身を持ち上げる非凡の尾と、一つ一つ数えていけば、ぼくに備わった傑物として認められる資格は十指にあまるほどである。

あるいは、かの空前絶後の奇跡を示したキリストや、ヨーロッパと東洋を融合させたアレキサンダー大王も、人知れずこっそりと、長大な舌や、神秘な変身術を隠し持っていたかも知れないのに、ダーウィンといいゴルドンといい、こんな貴重な研究資料を等閑に付したとは、よくよくのうかつ者であると言わねばならぬ。

ついでにもう一つ――、ライオンが欧米人によって精悍(せいかん)、勇気、秀美(しゅうび)、公明(こうめい)等の男性美の象徴とされたのに対して、尊貴(そんき)、絶倫(ぜつりん)、英邁(えいまい)等、卓越した資質や性質を表現したものとして東洋で人々が想像した動物に龍なるものがある。

龍眼(りゅうがん)とか龍種(りゅうしゅ)とかいうありがたい言葉も語源はこれで、それに基づいて用いられているそうである。

そこで、ぼくはつらつら考えたが、この広い地球上に龍なる想像の動物を具体的に象徴的に示しうるものがわずかに二つある。

一つはタツノオトシゴで、他はすなわち、ぼくである。

形態から言っても見識や抱負などから論じても、爬虫類(はちゅうるい)の仲間ではもちろん、見渡すところ他の生物界でも、ぼくほどにいわゆる龍に似ているものはあるまい。

といって、ぼくの説について直ちにかの虎の威を借りたキツネの亜流だなどと早まる者は、腹に力のない慌(あわ)て者である。

ぼくがかくのごとく論じるのは、ただ船乗りなどという時勢(じせい)遅れの連中から不当な軽蔑(けいべつ)を受けることがすこぶる心外であることをここに明らかに表白しようと思ったからである。

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現代語訳『海のロマンス』107:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第107回)

カメレオンの独り言

一、絵はがきと交換される

ぼくはカメレオンという小さな動物である。ぼくはこの練習船――かつて見たことのない大きな帆船(ふね)――に乗って、南大西洋を航海している。

ぼくは今、こころよい昼寝の夢からさめる。そのさめた目の前すぐの空間を、音もなくスーツと紫の色美しいものが、静かな熱帯の大気をゆるがして落ちる。

ぼくはフクシアの木にとまっている。沙羅双樹(さらそうじゅ)の花ではないが、生者必滅(せいじゃひつめつ)の色を見ろやとばかり、今日もまた寂しいフクシアの花*がポツンポツンと時をこめて落ちている。

* フクシアの花
熱帯・亜熱帯原産の美しい花を咲かせる低木。
日本ではかつてホクシャと呼ばれていた。
Fuchsia 'Multa'Dominicus Johannes Bergsma, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

人のいない図書室の昼は快く静かである。つい半時ばかり前に好物のハエに首尾よくありついたせいか、どうやら腹がくちくて、とかく得意の瞑想(めいそう)に陥(おちい)りやすい。ところが、ちょっとここに断っておくが、昼寝をする前に心得顔(こころえがお)に、まず一通り仲間の動静を観察するのはぼくの癖である。

グルンと右の目をまわして斜(はす)に三十七度くらいの仰角(ぎょうかく)を作りつつ仲間のカメレオンの青公を見上げると、平常(いつも)しなを作るときにするように、四つの足と一本の尾とでしっかと木を握って背筋を中心にブルブルと身体を痙攣(けいれん)させている。

右とは反対に後方下へ向けた左の目には、いましも灰色から白色に変色しようとしている、これも仲間のカメレオンの白君が、まだ食い足らぬと見え、キョトキョトと目ばかりせわしそうにデングリ返しながら、のっそりのっそりと這(は)いまわっているのが映(うつ)る。

離れたところにある上甲板で次の当番の名前を読み上げる風下当番(リーサイド)の声が遠く聞こえる。フクシアの花がまた一つ、赤く紫に色即是空(しきそくぜくう)と落ちてゆく。自分の住んでいる木の花がかくも情けなく凋落(ちょうらく)していくのを見るのは少なからず心細い。

ぼくがかくのごとく心細く感じた時、ドヤドヤと不意に足音が聞こえて、二、三人の学生が入ってきた。その先頭に立った男は、かつて見知ったこの室(へや)の主人公である。船内では学習係とかいって図書の貸し出しと、学習の肝いりとを兼ねる偉い人だとのことである。口々に何事かわめきながら戸棚から一冊の厚い洋書を出し、鳩首(きゅうしゅ)して、あるページを忙しく読んでいるかと思えば、また時には変な気味の悪い目つきをして、各自(てんで)にまじまじとぼくの顔を眺める――

というだけでは、悟(さと)りの悪い人間に、何の前兆だかちょっと判断がつくまいが、聡明(そうめい)にして鋭敏なる観察眼を有する点において上甲板のシカに劣らざる自信を持っているぼくは、直感的に、頻々(ひんぴん)と彼らの提供する滑稽なる挙止(きょし)や動作(どうさ)のよってくる本来の意味と、簡単にして幼稚な彼らの胸中の心の動きを読むことができた。

かつて見たことも聞いたこともなかったカメレオンという動物を、思いがけずケープタウンで準備する間もなく手に入れてから、にわかに高まったぼくらに対する感興と趣味とは、彼らを駆って、ここに百科全書(エンサイクロペディア)に記載された項目を調べるに至ったのである。

ちょっと話の順序として、どんな悲惨(ひさん)なる経路をたどってぼくらがうまうまと、草かぐわしきアフリカの自由境から練習船(このふね)に誘拐(ゆうかい)されてきたかを語ったならば、いまさらに人間なるものが人間中心説(アンスロポセントリシズム)の大信者として傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にわがままな行為を強行する、得手勝手(えてかって)な動物であることを自覚するであろう。

それは心地よく朝晴れのした日であった。

茂りあう緑濃き木の葉の間から、悠々たる白雲の静かに行き来する、のどかに青い蒼穹(そら)を仰いで、すこびるご機嫌となっていると、こつぜんとして暴風と地震と雷とが一度に来たような一大衝撃が根から幹から枝へと樹木全体の緑の葉を一時にふるい落とすような勢いで響き伝わった。

この危機一髪の瞬間でも、衝動的、反射的、本能的機能を巧みに用いることができるぼくは、渾身(こんしん)の力をことごとく四足(しそく)と尾端(びたん)とに集中して、しっかりと枝をつかんだつもりであった。

ところが、この急な震動が静まって周囲の天地がようやく静謐(せいひつ)になってぼくの意識が明瞭に復活してきたとき、意外にも、残念にも、ぼくは仰向(あおむ)けに地上に倒れておったのに気がついた。

やがて、子供らしい一つの手が出てむづとつかんだと思ったら、「南無三宝(なむさんぽう)失敗(しま)った」と思わず口走ったぼくを、無造作(むぞうさ)に暗いポケットの中へと入れてしまった。

かくして同僚二匹とともに、フクシアの樹(き)にとまらせられて、うまうまと練習船(ここ)につれてこられたわけなのだが、実は、このホレイスという小童(こわっぱ)はその二、三日前に練習船(ここ)へ遊びに来て、学生を相手に、

「日本の絵はがきをくださいな」

「うん、やってもいい」

「くださるなら、あのう――カメレオンを捕まえてきますから」

「そうか、それはありがたい。よろしく頼むぜ」

……っていうような会話を交わしていて、その結果がこんなことになったと知っては、うらめしいやら悲しいやら情けないやらで、涙が大きな目からとめどもなく流れた。

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現代語訳『海のロマンス』106:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第106回)

四、ソバとジワジワ

耳元で何人(だれ)だか、グーグーと大きな艶(つや)消しのいびきをして、それが無遠慮にも、薄い鋭敏な自分の鼓膜に響いて、とかくに覚めやすい暁(あかつき)の夢を破る。誰だろうと不審がるにも及ばず、その雄大な音量からも、その無作法な呼吸運動からも、たしかに人間である。しかも、この船の上の人間のうちで最もわがままな、最も勢力ある練習生の仕業(しわざ)であることもまた確かである。

四時間ごとに否応なしに起こされて当直勤務に立つべく出てくる三十人あまりの練習生は――どうも練習生と十把(じっぱ)一絡(ひとから)げに扱うのがあまりに多くてお気の毒であるが、相当の敬意を表しつつも誤解を招かないこの呼び方は他の表現ではぴったりこない――当番を交代し整列が済むと、彼らはたちまちバラバラと列を乱し、すぐさま寝そべって夢にひたる極楽境へと旅だってしまう。

樹下(じゅか)や石上(せきじょう)に宿を求めて草を枕とし、花を主人(あるじ)にした古人(こじん)のよい心がけは知らないが、ハッチを寝床とし、ロープを枕とする練習生の考えは、暑苦しい下甲板の寝床(ボンク)を、心地よい風が吹き渡っていとも涼しい上甲板の別荘に移したつもりでいる。

この眠っている連中から少し離れて、二人の学生が何かしみじみと密談している。古い言い草だが、「聞くともなしに」立ち聞きをすると、なんでも日本へ着いたら上陸早々一番先に何を食うかという問題で、一人はソバと言い、他はジワジワ*と言い、今や盛んに議論しあっているところである。

「君、ジワジワなんていうものは俗中の俗なるものだあね。そんなことを言うと、趣味が低級だと馬鹿にされるよ」

などと、趣味高尚と心得たソバ屋党が反駁(はんばく)すると、

「すべての欲求の本体は絶対的に抜群無比の実質を具備しなければならない。ソバなんか食いたければ缶詰にしても持ってこられるからね」

などと、どうでもいいようなことに力こぶを入れて堂々と議論している。

* ジワジワ: 具体的にどういう食べ物なのか(何かの俗称?)不明。

当人はこれでも紀元前にマケドニアのフィリッポス二世を弾劾したデモステネスくらいの雄弁であると信じている。自分は情けないような、つまらないような気がして、結果を見ずに、先に失敬して寝てしまった。

五、連日の無風

この二、三日、連日の無風(カーム)で、船は「ビクともするもんじゃない」というように少しも動かない。騒がず迫らず泰然(たいぜん)と重い尻をドッシリとおろしている。まさか「日本を出るときふんどしを忘れた」せいでもあるまいが、これでは真(まこと)に長い道中ブラブーラである。やりきれない、やりきれないと練習生たちが不平を言うのも無理はない。

セントヘレナを出たのはつい少し前のように思われたものが、今日ははや四月六日である。

この頃は海も空も静かで、大気は乾燥しきって軽く澄みきっているためか、昼間は馬鹿に暑苦しく、夕焼けは馬鹿にきれいで、夜中は馬鹿に涼しく露っぽい。

ことに夕焼けの壮大にして艶麗(えんれい)なる風趣は、情緒に富んだ大自然の技巧の一端を示す一大キネオラマ*である。平常見慣れた練習生たちも船縁(ふなべり)に寄りかかっては思わず「いいなあ」とかなんとか、賛美の声をもらしている。練習生の一人の日記には、次のように書かれてあった。

* キネオラマ: パノラマの景色に光線を当てて変化させて楽しむ、明治から大正にかけてはやった興業。語源は「キネマ+パノラマ」。

この海洋(うみ)に輝く雲の色を見れば、はかなきものは若き恋なり。ときどきは日が海に没してまもなく、奇っ怪な形のKの雲が水平線をおおって、呉(ご)でもなく越(えつ)でもなく、どうやら見慣れた羽田の岬の蜃気楼かとも疑われる夕べもある。

雲とは承知で見るが、意識の理と智とをちょっとごまかせば確かに陸影(りくえい)だ。

鈍い頭はこの不思議な情景を前において、半ば修正に引きづられ半ばは実感に脅かされて、現実と幻覚との、想像と実在との、写真と神秘との間に彷徨(ほうこう)する。

菅原道真(すがわらみちざね)の口から吐き出されたザクロの炎のような*深紅(しんく)に染められた雲は、上に向かって爛紅色(らんこうしょく)――朱泥(しゅでい)色――橙紅色(とうこうしょく)――に薄められ、雲と接する蒼穹(そら)の部分も、上から順次に濃い碧瑠璃(へきるり)から藍青色(らんせいしょく)、群青、ヨモギ色と反対に下に向かってぼかされ、崇高(すうこう)にして偉大なる日輪の臨終を飾る下(もと)に、まつげを動かすわずかな時間も与えぬ勢いで、夕暮れの海がまさに一日の多様多種だった様子を刻々と変化させつつ終わりを迎えようとしている。

* ザクロの炎: 左遷され太宰府で死亡した道真は怨霊(おんりょう)となって朝廷をはじめとする人々に祟(たた)りをもたらした――ザクロを口に含み、種を吐き出すと、怨念が炎となって家を燃やした――という故事から。

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現代語訳『海のロマンス』105:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第105回)

二、洋上の練習生たち

いつだったか、セントヘレナを出て間もない頃のことであった。ホカホカと暖かい午後の陽気にそそのかされて、ジメジメと暗い汚い湿っぽい茶箱の巣を出て人声のする方へとおもむろに歩いて行くと、食って、寝て、修業日誌を書いて、ブレースを引くという同じ事の繰り返しをする以外には深刻なる生活の意義を認めぬ洋上の練習生たちが、浮世のせちがらい風はどこを吹くかとばかり、天下泰平に寝そべり返っている。航海中、彼らは決まって十二時から一時までの昼の休みには二番船倉(ハッチ)のまわりに非生産的に円座して、ディズレーリ*のいわゆる「仰視(ぎょうし)せざる青年は俯瞰(ふかん)すべし、上昇せざる精神は匍匐(ほふく)するの運命を免れず」という有名な格言を現実に立証しながら、ガヤガヤと、何かさも愉快そうに話している。いずれはまた例の血の気の多い割には脳みそのうすっぺらな頭脳(あたま)からひねりだすおべんちゃらだろう。

* ディズレーリ: ベンジャミン・ディズレーリ(1804年~1881年)は英国の首相を務めた政治家であり作家でもあった人物。

しかし、こんな輩(てあい)でも集団(モッブ)となればなかなか勢力のあるもので、さすが世界に雷名(らいめい)をとどろかした巨頭たる宰相も群衆(モッブ)のためにはずいぶん痛めつけられた例(ためし)もある。さわらぬ神に祟(たた)りなし。ここはこっそりと穏便に通り抜けようと、足下をまわって司厨所(ギャレー)の方へと向かう。と、すばやく気づいた一人が、「こやつは実際に無愛想な動物だな」と口火を切ったのを機会(きっかけ)に、ヤレ無神経だとか、のろまだとか、無気力だとか、いろいろとあまり利益にならぬ言葉が出たのち、とうとう自分の最も嫌いな「馬鹿」という言葉が飛び出した。

いやな心地をさせられた自分は恨(うら)めしさのあまり、その男の顔をつくづくと見てやった。

ところが、どこやら見覚えのあるのも道理、この君子殿(くんしどの)は、先日ジャガイモの一切れを自分の鼻の先ににおわせながら、ご苦労にもメインデッキを三遍連れまわって、タバコにもせず、ぽんと無常にも芋を海の中に投じた不届きの男である。それ以来、芋を食うたびに、この男の顔が眼前に浮かんできて、思わず歯に力が入るのである。

この男が、今デッキに頬杖(ほおづえ)をつきながら、隣の男に向かって、「ね、君、ほら、ギリシャ神話でアポロがダフネを追いかけるときダフネを形容した『恐怖(おそれ)をもった大きな目は黒く潤んで足はしなやかに鹿のごとく速く――』とかいう語(ことば)があるだろう。よくたとえたものだね、まったくこの夢二(ゆめじ)式の大きな黒い目と細いすらりとした足つきは美人の象徴(シンボル)だね」などと、今日は柄にもなく褒(ほ)め立てる。末が恐ろしい。

三、享楽主義者の悪戯(いたずら)

かく理不尽(りふじん)に中途で自分を抑留した連中(モッブ)は徒然(つれずれ)なるままによい暇つぶしの対象物を捕まえたと考えたのか、大喜びで、ヤレ、中甲板のある室(へや)の寝床(ボング)に失敬したとか、士官のサルーンに粗相(そそう)したとか、英語教官の室(へや)でカミソリ用のレザーストラップを食ったとか、さかんに自分の旧悪をあばきにかかる。

とかくするうち、さすがにだじゃれや人笑わせの種もなくなったのか、多くの練習生たちはさもしゃべりくたびれたというように、今度は仰視せる青年の姿勢に戻って、ゆったりとして青い空と品よく前方にふくれだした鼠色(ねずみいろ)の帆とを見上げている。

座が分れて無駄話が種切れとなり、座興の材料の供給が不十分となると、先天的に幇間(ほうかん)の才能を多少とも持っているおっちょこちょいは、必死になって尻すぼみの状況を元に戻すため少しでも挽回(ばんかい)しようとつとめ、苦し紛(まぎ)れに何を試みるかわかったものではない。

かかる輩(てあい)こそ「歓楽の盃(さかづき)を飲んでは幻想に行きつ戻りつする」人種である。「一挙手(いっきょしゅ)も一投足(いっとうそく)も中途半端な」輩(てあい)である。「日々の雀躍(じゃくやく)をもって生の歓喜(よろこび)となし、生の充実となし、意義ある現実の生活となす」輩(てあい)である。自分が楽しければいいという主義を貫徹(かんてつ)するため、苦し紛(まぎ)れに何を試みるかわかったものではない。

ここまで推理してきたとき、はたして享楽主義者をもって自(みずか)ら任じる一人がむんづと自分の尾をつかんだ。

誰でも知っている通り、たいがいの人間は腰のあたりをさすられると非常にこそばゆく嫌な感じがするものである。我輩(わがはい)の尾は、まさにその腰に相当する。そこで自分は余儀なく嫌悪の念をこめた第二低音(テノール)を発声して、そんなことをされるのは不愉快だという意志を十分表明したつもりであった。

しかるに、意外にも、驚きと落胆とに陥(おちい)った余の面前で、不思議にも思わぬ歓声のどよめきが起こった。

「これは面白い。まるで猫と山羊とをかけあわしたような声だ」

「あの波動(リズム)は音階の何調になるのだろう?」

「あんな奇声が表象する心理状態とは、どんな種類だろう、や、実に珍奇だ」

などと、二十五の今日までまだ鹿を見たことのなかった連中が手を打って嬉しがる。

尾をつかんだ享楽主義者は、思わぬ手柄に呆然(ぼうぜん)と本来の悪戯(いたずら)の目的を忘れた。

それは糸くずを小生(それがし)の小さな尾の先に結(ゆ)いつけ、小生が気味わるがって後足でピョンピョンと蹴上(けあ)ぐる様子を、ヤレ面白い、やれ神経過敏な動物だ、とかいって手をたたこうとする下心であった。でなければ、二、三日前のように汚いシャツを頭からかぶせて士官のサルーンに追い込む考えであったに違いない。

しかし、このとんでもない災難も、おりから大声で整列一分前と怒鳴った風下当番(リーサイド)君の声で運よく免(まぬが)れたのは幸福の至りであった。

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現代語訳『海のロマンス』104:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第104回)

上甲板の鹿

ここにちょっと「大成丸観」の著者としての自分を紹介しておく必要がある。

余は名前はまだない。種族は双蹄類(そうているい)の鹿族(しかぞく)で、スプリンクボック属である*。今から一年と三ヶ月前にアフリカの東岸モザンビークの森林中で生まれたのだ。

* この「鹿」は一見するとシカそのものだが、現在の分類では、「偶蹄類(ぐうているい)ウシ科スプリングボック属」になる。
並外れたジャンプ力を持つことでも知られている。

今から一年と三月ばかり前にアフリカの東岸モザンビークの森林の中で生まれたそうである。ところが、まだほんの子供のときに捕らえられて同地のユニオン・キャッスル汽船会社の支店長の手元で養われることになった。それが、数奇(すうき)なる運命は執拗(しつよう)に罪のない自分に祟(たた)ったものとみえ、いくばくならずしてその支店長がある機会を利用して敬意を表するための進物(しんもつ)としてケープタウンの同じ会社の支店長に贈られた。

ところが元来気の小さいケープタウンの衛生局は、動物は伝染病の媒介者だという口実で、一切輸入し上陸させることを差し止めたので、処置に苦しんだ汽船の船長は、見当違いの敬意を表するため自分をとうとうこの練習船の船長の足下(そくか)に捧(ささ)げたという次第である。

幸いに、練習船には好物のジャガイモの貯蔵にことかかなんだので、自分はさしさわりなく丸々と太ってきた。

ジャガイモは船中で唯一の生鮮食品だとのことである。いつぞや、「この鹿も幸福(しあわせ)なものさ、ぼくらでさえあまり食えないフレッシュを常食としているからな」などの、心細い会話を立ち聞きしたこともあった。

一、すさまじい唱歌

このごろは朝から晩まで鍋(なべ)の上に座っているような暑さである。午後の四時というにもう夕飯を済ましてしまう学生諸君の動作をひそかに偵察すると、ボタボタとインゲン豆のような汗をこぼしながら、「こうなると、食事をするのが一種の苦痛だね」などと、先を争っては逃げるように上甲板へとはい上がる。

いかに熱帯の航海でも、南東の涼しい貿易風に吹かれる上甲板はさすがに広い涼み台の観がある。

で、ここで、すこぶるいい気持ちになった連中はやがて浮かれ出して、日課のごとくさまざまの軍歌や唱歌を合唱する。自分は南アフリカで鹿となってまだ日本語というものに親炙(しんしゃ)せぬためか、それがなんだか唐人(とうじん)の寝言(ねごと)のようでさっぱりわからぬが、連中の歌は多くは竜頭蛇尾(りゅうとうだび)で、いつの間にかフーッと途中がなくなってしまう。

ただ、その中で完全に最後まで歌い終わるのは、なんでも「桃から生まれた桃太郎」という歌である。聞くところによると、この歌は日本ではわんぱく盛りの鼻たれ小僧か小娘の社会に限ってのみ使用されるそうである。それを子供の二、三人もいそうな年配の堂々たるひげ面の男が臆面(おくめん)もなくドラ声で怒鳴り散らすところは天下の奇観である。

しかし、こんな乱暴な輩(てあい)の乱暴な合唱も、さすがに四時から七時半までの薄暮当直(イブニング・ワッチ)中に限られているのは、混乱と無権威のさなかに一筋の自覚と節制が通っているのを示す一例で、儒教主義や黙従主義の教育家、社会政策家の杞憂(きゆう)をうち消すに十分なる発見であろう。

初秋の静かに力ない夕日はリギン(索具)の隙間(すきま)から甲板(デッキ)を照らして、飽満(ほうまん)した芋腹(いもばら)で倦怠(けんたい)を味わいながら、うつらうつらと夢心地に、まさに人の世の一切の杞憂(きゆう)を忘れようとする大事の瀬戸際に、にわかに耳元の近くでハンドポンプの運転が始まって、続いてそれに拍子を合わせて二、三十人の合唱の声が起こった。

彼らはいましもサニタリータンク(浄化槽)に水を入れつつあるので、歌は今まで聞いた種類のものに比べると、リズムといい抑揚といい、内容といい効果といい、全然毛色の異(かわ)ったものであった。

ボヒーの夢を揺籃(ようらん)の 静けき床に結ぶとき
目玉ランプのものすごく あたりかわまず怒鳴り込む。

冷たき雨に寒き風 寝ぼけ眼(まなこ)を襲い来て
破れかぶれの雨合羽(あまがっぱ) 淪落(りんらく)の身をかこちつつ。

見張りの務め重くして 偲(しの)ぶ無常の鐘(かね)の音に
落花の邦(くに)を嘆じつつ ゲルンリギンに鼻(はな)赤し。

ブレイス引けとの号令に 飛び出す健児(けんじ)足早く
顔のみ猛(たけ)き野次馬の 声は力にまさるなり。

菜(さい)の不足を補いて 辛(つら)さも辛(つら)しタクアンに
さらに二杯を追加して 我迎天の威(い)も凄(すご)し。*

すさまじい歌もあったものだ。

練習生の一人のMという男の作だそうだが、これほど赤裸々に、これほどてらいもなく、これほど虚心坦懐(きょしんたんかい)に自己を告白し自叙できれば、まずもって会得(えとく)し悟(さと)りを開き達観(たっかん)せる大勇者と認めてやって差し支えない。こういう勇者に限って必ず座右にうぬぼれ鏡などというけち臭いものを備え付けておく不心得(ふこころえ)はないそうである。

船乗りになって、「真の男らしい」生業でひとつ苦しんでみようなどと志す若い男たちはすべからく、この辺の機微をわきまえる必要があるだろう。

                                あなかしこ。

* タンツー節として現代の帆船でも歌い継がれている(?)。
歌詞については、時代や船ごとに微妙に異なっているが、本書の記述から推して、由来はこの練習船・大成丸にあるらしい。

ちなみに、タンツーとは「仕事にとりかかる」という意味の (to) turn to が語源とされるが、ヤシの実を二つに割ったもので甲板を磨く作業。これを厳冬期に裸足(はだし)でやるのは……

こちらは、現代の航海訓練所のタンツー節

*****

ボビーの夢を揺藍(ようらん)の 静けきベットに結ぶ時
目玉ランプの物凄(もの)く あたりかまわず怒鳴り込む

ブレイス曳(ひ)けとの号令に 飛び出す健児(けんじ) 足早く
顔のみ猛(たけ)き野次馬の 声は力に優(すぐ)るなり

草木も眠る丑(うし)三つに 暫(しば)しまどろむハッチメン
折(おり)から呼子(よびこ)が鳴りわたり リーフォアブレース よいやさのさ

タンツーかかれの号令に ガシャガシャサイドに 押しやられ
七つのお鐘が鳴るまでは プープデッキをはいまわる

七つの鐘はまだおろか 八つのお鐘が鳴るまでは
八つのお鐘が鳴るまでは プープデッキをはいまわる

霙(みぞれ)降る夜の冷たさも ロイヤル畳(たた)めの号令に
脱兎(だっと)のごとく飛びついて ゲルンリギンを登り行く

一人旅路の大成(たいせい)に 言い寄る英船「チーフ船」
暫(しば)しウインク千鳥足(ちどりあし) 老大成も気は若い

洋上はるか東に 思案(しあん)たっぷり白砂の
かんざし姿は誰を待つ 惚(ほ)れた信夫翁(あほうどり)が離りゃせぬ

帆影(ほえい)映ろう甲板に ごろーり夢を結ぶ時
通うは遠き故郷の 夢を破られログ流せ

寒さと霧にせめられて 外套合羽(がいとうかっぱ)の達摩(だるま)さん
ブレース引けとの号令に ハッチの陰から踊り出す

ダウンローヤル待構え 猿のごとくに駈け上り
ゲルンのあたりで一休み ローヤルヤードで一仕事

※細部の表現については資料によって異同があります。

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現代語訳『海のロマンス』103:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第103回)

セントヘレナへの決別

セントヘレナは、三月二十日の朝十時に出帆した。

あまりにも風向が見事だったので、文字どおり帆で出るという予定であった。ところが、いわゆる月に叢雲(むらくも)、花に風、「帆船に軍艦」といえばいえるわけで、あいにく当時、石炭積み込みのため練習船の風下に碇泊(ていはく)しておった英国軍艦ヒヤシンス号のお尻がだんだんと出張ってきて、あわよくば鞘当(さやあ)てでもしかねまじき形成となったので、にわかに変更して、平常(いつも)の通り機走で出てしまった。 続きを読む