海の冒険の本: ヨットの航海記 その2

ヨットの航海記の2です。

ここで紹介するのは、小さなヨットの航海がまぎれもなく冒険だとみなされていた、ある意味で幸福な「個人による大航海時代」に出版された航海記です。

絶版になったものや電子書籍として復活してきたものなど、さまざまですが、本の一生も人の一生と同じで、思いがけない出会いや予想もできなかった展開になることもあります。

入手困難なものほど、手に入れたときの喜びも多くなります。
図書館や古書店めぐりという「本の海での冒険」を楽しみましょう。

  • 『ヨットが好き』 金子純代著 朝日新聞社
  • 『邂逅の航海—台湾から長崎へ 不思議なめぐり会いに導かれたヨットの旅』 上重憲二著 舵社
  • 『ヨット野郎の世界漫遊記』 城所千万著 成山堂書店
  • 『大海原の小さな家族』 フランス&クリスチャン・ギラン著 ハヤカワ文庫
  • 『北極圏ヨットの旅』 ロバート・グールド著 心交社
  • 『ひねもす航海記』 国重光熙著 リーダーズノート
  • 『白鷗号航海記』 栗原景太郎著 マリン企画
  • 『大航海—南極から北極へ660日間ヨットひとり旅』 アミール・クリンク他著 文藝春秋社
  • 『ダブ号の冒険』 ロビン・リー・グレアム著 小学館
  • 『七ノットの世界—ヨーロッパから大西洋横断・カリブ海へ』 黒宮康明他著 成基学園
  • 『リブ号の航海』 小林則子著 文春文庫
  • 『優しく海に抱かれたい』 小林則子著 集英社
  • 『ヨットアン5のつぶやき航海記—日本列島周航22昼夜Twitter』 駒井俊之著 eブックランド
  • 『気まま、我儘、風まかせ—ヨット「MANA」の地球2/3周クルージング』 駒崎且郎著 舵社
  • 『孤闘—FightingAlone』 斎藤実著 角川書店
  • 『世海一周航海記 ヨットで1113日、5万キロ走破!』 坂口正視著 文芸社
  • 『世界一周子連れ航海記』 迫正人著 集英社
  • 『ヨット招福の冒険—世界一周クルージング』 笹岡耕平著 成山堂書店
  • 『風帆心─ヨット<招福号>南太平洋航海記』 笹岡耕平著 牧野出版
  • 『列島ぐるりヨットの旅─「招福」のクルージングレポート』 笹岡耕平著 成山堂書店
  • 『夫婦で世界一周 夢丸物語—定年後にヨットで出発!』 澤茂夫著 エイ文庫
  • 『独りだけの海—女性による初の世界一周ヨット単独航海の記録』 ナオミ・ジェームズ著 田中脇子訳 舵社
  • 『たった一人の海』 アラン・ジェルボー著 平凡社(世界教養全集24収録)
  • 『信じられない航海』 トリスタン・ジョーンズ著 舵社
  • 『史上最年少ヨット単独無寄港世界一周 七つの海を越えて』 白石康次郎著 文藝春秋社
  • 『チェリブラ3世航海記—太平洋横断』 杉山四郎著 柳原出版
    『スプレー号世界周航記』 ジョシュア・スローカム著 高橋泰邦訳 草思社
  • 『手づくりヨットで日本一周6500キロ─ヤワイヤ号の冒険』 関屋敏隆著 小学館
    『それから─14歳太平洋単独横断』 高橋素晴著 日刊スポーツ出版社
  • 『走れ! サンバード』 武市俊著 舵社

(まだまだ続きます)

その1はこちら

海の冒険の本:ヨットの航海記 その1

 

海の冒険の本:ヨットの航海記 その1

かつて昭和の時代の日本では、ヨットの航海記といえば、各出版社が競って出版していた花形ジャンルの一つでした。

海が未知のフロンティアではなくなった現代、冒険航海の本も「最高齢」「最年少」「世界初」といったキャッチフレーズがなければ、なかなか受け入れてもらえず、出版されることもまれになってきました。

これからは何をしたかではなく、つまり、単に体育会系の「やったぜ、俺」的なものではなく、「何を感じどう思ったか」という、時代をこえて普遍的に価値のあるものをどう伝えるか、が重要になってくるでしょうね。

ここで紹介するのは、小さなヨットの航海がまぎれもなく冒険だとみなされていた、ある意味で幸福な「個人による大航海時代」に出版された航海記です。

絶版になってすでに入手困難なものも多いのですが、図書館や古書店で探すという「本の海での冒険」としての楽しみもありますよ。


  • 『海とぼくの「信天翁」』 青木洋著、 PHP研究所
  • 『はるかなる海の唄』 浅沼良男著、 講談社
  • 『ふたりぼっちの太平洋』 石川雅敏・紀子著、 自費出版
  • 『ふぁざあぐうすの海—父とひとり娘の大西洋横断記』 石浜恒夫著、 学習研究社
  • 『風になった私—単独無寄港世界一周278日の記録』 今給黎教子著、毎日新聞社
  • 『アジズ号とわたし—大西洋単独横断記』 ニコレット・ミルンズ・ウォーカー著 岡本浜江訳 、日本リーダーズダイジェスト
  • 『水平線の少年』 牛島龍介著、 朝日ソノラマ
  • 『小さな洋上教室』 内海勝利著、 玉川大学出版部
  • 『夢をかたちに—ヨット「椰子丸」の南太平洋クルージング』 海輪光正著、舵社
  • 『地球は小さなタマッコロ—波切大王航海記』 大儀見薫著、 教育社
  • 『海のレゾナンス—単独世界一周 ヨット、リサ号と』 大滝健一著、 舵社
  • 『かあちゃんのヨット大冒険』 大平幸子著、 講談社
  • 『港を回れば日本が見える ヨットきらきら丸航海記』 岡敬三著、 舵社
  • 『シンシアとぼくと太平洋—123日漕航横断記』 岡村精二著、 立風書房
  • 『ぼくの太平洋大航海—お父さんとヨットで太平洋横断155日間の記録』 岡本篤著 、講談社
  • 『たった二人の大西洋』 ベン・カーリン著、 大日本雄弁会講談社(講談社の前身)
  • 『コラーサ号の冒険』 鹿島郁夫著、 朝日新聞社
  • 『ブルーウォーター・ストーリー—たった一人、ヨットで南極に挑んだ日本人』 片岡佳哉著、 舵社まだまだ続きます。

83歳で太平洋横断に成功した堀江謙一さんの本

堀江謙一さんが83歳で太平洋横断に成功しました。

日本のヨットをめぐる状況は、1962年の堀江さんによる単独太平洋横断成功をきっかけに劇的に変化しました。

というわけで、堀江謙一さんに敬意を表して、堀江さんのヨット関連の本をご紹介しておきます。

ヨットによる航海記は非常に多いので、他のヨットマンの航海記は後日、改めて紹介します。


堀江さんの本の特徴の一つは、いっったん絶版になった後も、再版、復刻、児童向けなどで複数の出版社から版を改めて刊行されているものが多くあることです。

それだけ冒険航海の価値が認められている(「日本初/日本人初」という冠がつく航海が多い)ということでしょう。ここに記載したのは初刊行時のデータです。

●『太平洋ひとりぼっち』 文藝春秋

1962年、全長17フィート(6メートル弱)の合板製ヨット、マーメイドで日本人初の単独太平洋横断に成功した23歳のときの航海記。

●『マーメイド三世 : 単独無寄港世界一周』 朝日新聞社

1974年の日本初の小型ヨットによる単独無寄港世界一周の航海記。
前年のマーメイドIIでの東まわり世界一周の失敗後、マーメイドIIIで再挑戦して成功したときの西まわり世界一周の航海記。貿易風に逆らう西まわりの方がはるかに難易度が高いとされる。

この後、2004年に東まわりでの世界一周にも成功。東西両まわりで世界一周に成功したのは日本人初、世界でも二人目。 続きを読む

帆船にまつわる傑作海洋冒険小説の数々

『現代語訳 海のロマンス』の連載は終了しましたが、帆船に興味を感じた方に、さらに帆船にまつわる本をご紹介します。

今回は「フィクション」編です。

まずは児童文学の名作から

  • 『ヤマネコ号の冒険』 アーサー・ランサム著、岩田欣三訳、岩波書店

いわずとしれた「つばめ号とアマゾン号」シリーズの一冊。フリント船長と子供たちが乗り組んだ二本マストのスクーナー・ヤマネコ号での、宝探しをめぐる冒険航海。読み進むうちに、帆船の操法をマスターしてしまったような気になる本。

  • 『ニワトリ号一番のり』 ジョン・メイスフィールド著、木島平治訳、福音館

帆船全盛時代、中国からの新茶を積んだクリッパー船(高速帆船)での英国までのレースを舞台にした物語。汽船と衝突しボートで脱出したブラック・ゴーントレット号の乗組員たちは、無人で漂流していた謎に包まれているニワトリ号に乗り移り……

ここからは海の男たちの骨太の物語を

  • 『海の狼』 ジャック・ロンドン著、関弘訳、トパーズプレス

「野生の呼び声」などアラスカもので知られるジャック・ロンドンは、十代でアザラシ猟の漁船に乗り組んだ体験を持ち、それを元に想像力豊かに海の狼ラーセン船長とゴースト(幽霊)号の物語を描き出す。海洋文学の傑作。

  • 『海の勇者たち』 ニコラス・モンサラット著、関口篤他訳、徳間文庫

スペイン無敵艦隊を破った英雄ドレークの艦隊で操舵手をつとめ、時代を超えて生きるマシュー・ローの目から見たオムニバス形式の物語。十六世紀から二十世紀後半までの十五話(全三巻)。

  • 『船になりたくなかった船』 ファーレイ・モウワット著、磯村愛子訳、文春文庫

カナダ東岸の三十一フィートの小型スクーナー「ハッピー・アドベンチャー」号をめぐる奇想天外なユーモア小説。とはいえ、海や船をめぐる描写は正確で秀逸。

  • 『海神丸』 野上彌生子著、岩波文庫

二本マストの木造帆船・海神丸は正月前の航海で暴風雨に遭遇し、大西風のため冬の太平洋に押し流されて漂流するはめに。四人の乗組員の極限状況における人間ドラマ。実際にあった海難事故に取材したとされる古典的作品。

  • 『眞昼の海への旅』 辻邦生著、集英社

人種も国籍も異なる十六人の男女が乗り組んだ全長二十六メートル、二本マストの帆船による世界周航の航海と、その過程で連続して起きた不吉な出来事と殺人事件。生存者をさばく法廷での証言による陳述で物語が描かれていく。

  • 『海狼伝』『海王伝』 白石一郎著、文藝春秋社

戦国時代を背景に、瀬戸内海賊の血をひく呼子笛太郎の壮大な海をめぐる物語。瀬戸内海や九州から朝鮮半島、中国大陸、さらにはタイ・シャム湾までを舞台に展開される海賊の一代記。

ここからは、海洋冒険小説では定番の大英帝国海軍の将校ものを、いくつかご紹介

  • 『海の男――ホーンブロワー・シリーズ』セシル・スコット・フォレスター著、菊池光、高橋泰邦訳、ハヤカワ文庫

ナポレオンと戦争中の英海軍・艦長ホーンブロワーを主人公とする全十巻の物語。海洋冒険小説の代名詞ともなっている。特に第5巻『パナマの死闘』は木造帆船同志の壮絶な戦いで、映画化もされている。

  • 『海の勇士――ボライソー・シリーズ』アレグザンダー・ケント著、高橋泰邦訳、早川書房

ホーンブロワーと並び称される海洋冒険小説のシリーズ。こちらもやはり英国海軍の軍人ボライソーが主人公の長編シリーズ。原作では時代が前後しているが、邦訳では主人公の成長に合わせて刊行されている。

  • 『ラミジ艦長物語』ダドリ・ポープ著、田中欣哉他訳、至誠堂

主人公のニコラス・ラミジは英国貴族で、ネルソン提督時代の帆走フリゲート艦シベラ号の若手将校。父親はかつての提督で汚名を着せられて失脚しており、自国の海軍内に敵がいるというのが他とひと味違うロングランシリーズ。

  • 『海軍将校リチャード・デランシー物語り』 C・ノースコート・パーキンソン著、出光宏訳、至誠堂

貴族など門閥が幅をきかせる英海軍で、そうした後ろ盾もないまま、苦悩しつつも誠実に道を切り開き、最後にはナイトに叙せられるまでのリチャード・デランシーの物語。全六巻のシリーズ。

  • 『闘う帆船ソフィー』 パトリック・オブライエン著、高橋泰邦訳、パシフィカ

英仏が海の覇権を争っていたナポレオン時代の大英帝国海軍士官、ジャック・オーブリーが主人公。軍医との友情に加えて、帆船の構造や船内の生活が詳細に描かれているのが他のシリーズとは違うところ。

帆船にまつわる十冊の本

『現代語訳 海のロマンス』の連載は終了しましたが、帆船に興味を感じた方に、さらに帆船にまつわる本をご紹介します。

小説は数が多いので(次回に紹介)、今回はノンフィクション限定です。

●『帆船 航海と冒険編』 杉浦昭典著、キンドル版(海洋文庫)

帆船について知ろうと思ったら手にとるべき定番の、ある意味、教科書ともいうべき本。一九八六年に出版された本のデジタル復刻版。電子書籍で入手しやすくなっています。

●『総帆あげて』土井全二郎著 海文堂 

日本の練習帆船・日本丸の長期練習航海に同乗した新聞記者の乗船記。
帆船がどういうものか、帆走訓練では何をするのか等が要領よく説明されています。

●『キャプテン・森勝衛』日本海事広報協会編 日本海事広報協会

『海のロマンス』の大成丸の世界周航にも実習生として乗船し、「生きた日本海運史」とも呼ばれる伝説の名船長の伝記。

●『帆船バウンティン号の反乱』ベンクト・ダニエルソン著、山崎昂一訳 朝日新聞社

十八世紀末のイギリス海軍で起きた、武装船バウンティ号における反乱について、ゆかりのあるタヒチに住みながら、その背景や後日譚などをまとめた労作。

●『コロンブス航海記一四九二年』ローベルト・グリューン著 尾鍋輝彦・原田節子訳 講談社

大航海時代のさきがけとなり、世界の歴史を変えたクリストファー・コロンブス。そのコロンブスについての史料に基づく伝記。

●『大航海者の世界 全七巻』増田義郎監修 原書房

大航海の時代を代表するコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、ドレイク、ヘンリー・モーガン、キャプテン・クック、ネルソン提督に各一巻をあてた全集。

●『太平洋航海記』ジェームズ・クック著 荒正人訳、現代教養文庫

英国海軍のクック船長による航海記。北米大陸や太平洋各地をくまなく探検航海して測量と地図の作成を行い、これにより地球上の空白地域がなくなったとされるほど。

●『ビーグル号航海記』チャールズ・ダーウィン著 島地威雄訳 岩波文庫

二十二才の若きダーウィンが英国軍艦ビーグル号に博物学者として乗船し見聞を深めたことで将来の『種の起源』や進化論につながったとされる伝説の航海。ただし帆船の記述はほぼなし。

●『帆船航海記』R.H.デーナー著 千葉宗雄訳 海文堂

米国の帆船時代の新人水夫としての二年間の体験を描いた、今も読み継がれる名著。荒天対策や真冬のケープホーン通過、索具の手入れ、海賊船からの逃走など読みどころ満載。

●『セイル・ホー!』 サーJ.ビセット著 佐野修・大杉勇訳 成山堂書店

後にクイーン・エリザベス(一世)号の船長を務め、サーの称号を得た著者による、十五才からの若き日の帆船での修行(帆船時代のほぼ末期)を描いた定番の書。

以上、十点。

いかがでしょうか?
古いものが多くて入手しづらいものもあるかもしれませんが、いずれも定評のある本ばかりなので、これを機に図書館などで本の海を漂ってみるのも楽しいと思いますよ。

将来の遊戯の一大科 (2/2)

幸田露伴

水上生活の愉快

  いかなる富豪でも陸上においては移動しうる大邸宅を有することはできない。実に善美の別荘でも、造花の手で按配(あんばい)せられる四季の変化を除いては、小山(こやま)一つ小流(こながれ)一つを変化せしむることもまず難(かた)い。

で、その高楼から見る景色はいつも同様で、その窓から見る青山白水(せいざんはくすい)はいつも同じ青山白水である。そこで景色の好い方に面した窓を平常は閉じておいたというような面白い心がけの人でない平凡の人であってみると、いくら好い風景のところに家(いえ)しても、三日目には鼻につき、五日目、六日目には感じなくなってしまって、せっかくの別荘にもただちに厭(あ)いてしまうのが常である。財力の非常に豊かなものはその結果として四ヶ所にも五ヶ所にも邸宅を構えるようになり、それまでに及ばぬ者は好風景の地にいながら、窓も明けずに花合(あわ)せ友達と花牌(かるた)遊びをするというようになる。

この海岸線の多い日本に住み、かつは平穏な内海を前にした首都に住んでいながら、変化無尽(むじん)なる景色の中に移動しうる邸宅を構えるもののないのは実に愚かなことではあるまいか。いや愚かなわけではないが、先例のないことには誰しも手を出しかねるもので、ひっきょう水上生活の面白さを解(かい)せぬからのことである。

が、想像してもわかることで、百数十トンから以上の船の広さは、陸上の家屋にしてみてもかなりの大きさである。数百トンの船にしてみればなかなかのものである。好みによってはなお大なるものもよろしい。

それらのヨットを好み通りに建造して、そのサルーンを自己の趣味に従って装飾し、家族や朋友(ほうゆう)と共にこれに乗じて、あるいは海上遠くも去り、あるいは陸地近くも来たり、または北方の障壁断巌(しょうへきだんがん)の凄(すさま)じい景色の地、または南方の砂浜松洲(さひんしょうしゅう)の明媚(めいび)な景色の地、いずこなりともわが好むところの地に船を繋(つな)ぎ、花に月に夏に冬に賞覧(しょうらん)をほしいままにし、時には長風(ちょうふう)に賀(が)して朝鮮半島、中国、ロシア、南洋(なんよう)アメリカないし諸外国へまでも駛走(しそう)したらば、実に雄壮の趣味も優美の趣味もただこの一隻船(いっせきせん)によりて愉快に味わいうることではないか。

しかもサリヴァンの記(しる)するところによれば、ヨットを競走の目的でなく、単に愉快のために使用するにおいては、さのみ費用をも要せないで、百トンから二百トン位の船では幾許(いくばく)も要せぬようである。同人が記(しる)しているには、陸上の生活は贅沢な仲間であれば一週間に宿屋の費用が三十ポンドから四十ポンドあるいは五十ポンドくらいは容易にかかる。けれどもヨットの方はその半額で三、四ヶ月間、百トンあるいは百五十トンの船で遊ばれて、そのうちに水夫などの賃銭や、船具の破損料、食物など一切を含んでいる、とある。

その言の当否は予(よ)には判断しかねるが、けだし費用をかけるかけぬは、陸上で加減するよりよほど自由にゆくらしい。よしや反対に少々高価であるとしたところで、陸上では、たまたま別荘を構えれば、隣家にあまり感心せぬ者が住んでいて不快を与えてくれたり、村人の好遇を受けなかったり、いかんともなしがたい種々のことに遭遇して困却することがありがちのものであるが、ヨットであればすべて不快の箇所には遠ざかり、わが好む所にのみ居(お)るをうるの便があるのだから、むしろ高価でも忍ぶべきである。いわんやまた海上生活が肺病(はいびょう)や気管支病(きかんしびょう)や咽喉病(いんこうびょう)や喘息(ぜんそく)やなんぞに対して自然の薬剤たることは、とても温泉やなんぞの比でないにおいてをやだ。

荒潮(あらしお)に洗われて差し出(いず)る初日、浪の果てに沈む弦月(げんげつ)、あるいは高華(こうか)あるいは清冷(せいれい)、これらの景色はなにほど怯懦(きょうだ)の人や煩悶(はんもん)の人をして自然の大なる教えに浴せしむるを得るだろう。実にあにただ愉快とのみいはんやである。
遠航の愉快
新しい刺激は新しい知識と新しい興感(きょうかん)とを生ずる。この点において外国にまでの遠航は実に人の智を広め肝を壮(さかん)にし感興を新鮮にする。特にヨットに乗じて世界を周遊(しゅうゆう)するなどということになれば、その一船に招致しえた学者や才人や美術家やの知識と技芸の分量とに応じて、世界の種々の価値あるものを吸収したり批評したり消化したりして、直接には興味深く一切の事物に触接(しょくせつ)し、間接には学芸に何物をか貢献寄与することになる。

これらはヨットの本旨(ほんし)の方から言えばむしろ副産物的の結果であるが、決して軽視することのできぬことである。ヨットの本然(ほんねん)から言えば、八方の風を駆使して五大洋をわが馬場のごとくにみなすところに興味があるのであるが、副産物もまた小なるものではない。公務に服する軍艦ではなし、実利を主とする商船ではなし、純粋に遊戯のために万里(ばんり)を往来するというのは、馬鹿げているようではあるが実に尊ぶべきで、そしてその副産物も侮(あなど)るべきではないから、英国政府がヨットに対してはまったく免税し、かつまた軍艦あらざる時は公用浮標に緊纜(けいらん)しうるの権利を与え、また軍艦は入港し来たれる外国のヨットに対して時辰儀(じしんぎ)の差を教え正す等の便宜(べんぎ)を与うるを慣例とするごときことも生じたのであろう。何故となればヨットの乗者は実にその品格において高級を占むべき人士(じんし)なること自明の道理であるからである。

遊戯である、遊戯である、実にただ遊戯である。しかしながら他のいくたの遊戯のごとく不純不美(ふじゅんふび)であったり、または厭(いと)はしい副産物を多く有している遊戯でない。日月(じつげつ)や星辰(せいしん)や雨露(うろ)や霜雪(そうせつ)や、一切の自然に親炙(しんしや)して、そして大海の水の懐(ふところ)に抱かれて大空の風の手に擁せられて遊ぶ遊戯である。ブラッセイ卿がその高名なるサンビーム号その他のヨットに乗じて、遊戯とはいえ千八百五十四年より千八百九十三年までの間において二十二万八千六百八十二海里を悠然航走せるがごときは、実にヨットの遊びの中には無経験者の想到(そうとう)せざる幽趣妙処(ゆうしゅみょうしよ)の人を引きつくるものあるがためであることを思わしめるではないか。
競走の愉快

ありてい言えば予(よ)は競走ということについてあまり多く好まぬ故に、ヨットレースについてはむしろあまり多く言うを好まない。しかしヨットを談じて競走を談じなければ、全然無意味になってしまう。ヨットの競走の妙はけだし一新機軸を出(いだ)したヨット、もしくは大改良を施したるヨットを率いて相戦(あいたたか)うにあるので、他の腕力脚力等の比較、もしくは人間のなんらかの動物的精力の比較に勝負を決するところの、やや愚劣なる競争や競走とは異なっている。

で、千八百七十五年にヨットレース協会ができ、ヨットレースの規則ができてから大(おお)いに一切は整頓して、英国はいうに及ばず米国、ドイツでも各々競走に熱することひと通りではない。むろん小競走は各地にもあるが、大競走は国と国との間にも起こる。すなわち世界的なのである。

ヨットレースの賞杯の歴史はすなわち世界のヨッティングの歴史といってもよかろう。わが国なんぞからも参加するがよいのである。ドイツ皇帝がそのメテオルに乗じてシャツ一枚でメインシートを引っ張ったり、英国皇帝がウェールズ親王時代においてしばしばブリタニヤに乗御(じょうぎよ)せられたことは誰も知っている事実であるが、わが国の貴公子にもやがてあるいはそういう人も生ずるであろう。

英国のヨットの数は純帆船二千二百余艘(そう)にして計六万四千余トン、汽機(きき)を具(ぐ)せるもの七百艘(そう)にして計六万八千余トン、すなわち総計十三万余トンにして、なお小ヨット三千隻はこの算計に包含しないといえば、その盛んなこと、実に驚くべきで、ああさすがに皇帝国たる英国であると思われる。

古い遊戯はもう復興せずともだ。かくのごとき遊戯はあるいは将(まさ)に起こらんとするではなかろうか。予(よ)はわが国の位置から考えてもまさに起こすべき遊戯だと思う。猪牙(ちょき)や屋根船(やねぶね)や屋形船(やかたぶね)や御座船(ござぶね)の時代は過ぎた。横浜から伊豆の大島までの逆風競走が挙行されるなどという新聞紙の記事は、けだし遠からずして世に現われるようになるだろう。                     <了>
『蝸牛庵夜譚』は1907年刊行。
 底本: 春陽堂版『明治大正文學全集』第六巻。
 旧字体の漢字、旧仮名遣いは新字体、現代仮名づかいに改め、漢字の読みはルビではなく (読み) の形で直後につけ加えてあります。
また、現代の読者の便宜を考慮し、句読点、改行なども必要とみなされる範囲で適宜修正してあります。
 

将来の遊戯の一大科(1/2)

                幸田露伴 『蝸牛庵夜譚』所収

幸田露伴(1867年~1947年) 明治を代表する文豪。代表作に『五重塔』『天うつ浪』など。
夏目漱石と同世代だが、文語体の作品や江戸、中国についての博覧強記な随筆などのためか、それより古いタイプの書斎人という印象があるが、釣りなどアウトドア好きの一面も。千島列島の探検・開発で知られる探検家・郡司成忠は露伴の実兄。この随筆は明治40年刊行の『蝸牛庵夜譚』所収。

明治はわが国の一切の事情に一大横線を画した観があるが、遊技(ゆうぎ)においてもまた実にその通りである。明治以前、すなわち徳川氏時代の遊技は明治において次第々々にその優美な姿を隠して、ようやく世と相遠(あいとお)ざかってゆくものが少なくない。その一方にはまた徳川氏時代においてはいまだ産声をあげなかった新しい遊技が今日ようやくその快活な風采を現わしだしているのが、実に現在の状態ではないか。

楊弓(ようきゅう)は真に美術的の遊技であった。蓬矢抄(ほうししょう)のような書を読み、またその今なおまれに存在している桑(くわ)や紫檀(したん)やの美材が金銀その他の貴金属によって装(よそお)い作られた良工苦心(りょうこうくしん)の痕(あと)の明らかな弓を熟視し、その乾定(かんてい)して歪反(はいはん)せざるを賞するよりして、いくたの書籍の版木を犠牲として造られた桜の木の幹に、角筈(つのはず)や牙筈(けはず)と精良(せいりょう)の細工の鉄族(てつぞく)との取りつけられて、そして朱鷺(とき)その他の麗(うるわ)しい羽の矧(は)がれた箭(や)を熟視し、かつまた同じ時代の浮世絵画家等がその遊技を試みおる美女美男等の状(ありさま)を描いた画図等を見れば、われらは前代の遊技もまたはなはだ愛尚(あいしょう)すべきものであることを感じる。

しかし、その遊技は今どうである! いわゆる楊弓場(ようきゅうば)の感心しがたい情状のみがわずかに残存していたのもすでに古いことで、今は誰がまた楊弓の箭(や)の鏃(やじり)の頭が平らかであるか尖っているか知っていよう! いわゆる矢場の姉様(ねえさん)という語さえもクラシックになりかかっているくらいである。すなわち楊弓は隠れたのである。

蹴鞠(けまり)はもとより賤庶(せんしよ)の遊技ではなかった。けれどもその貴紳富豪(きしんふごう)の間に行われたことは、いかに多く画題や談柄(だんぺい)になっているかに徴(ちょう)しても明らかである。上代の高雅な装束や、鈍い安らかな曲線をなした沓(くつ)や、見るからが上品でこせつかぬ大きな鞠(まり)や、四本懸(よんほんがかり)の鞠坪(まりつぼ)や、今日その物を見たりその画を見たりしてもわれらはその優美な光景を想像して愛すべきを覚える。が、その愛すべき遊技は早く世人と相隔(あいへだ)ってしまって、今の若いものは誰かまた鞠垣(まりがき)の高い低いを明らかに覚えていよう!

狩衣(かりぎぬ)に綾蘭笠(あやいがさ)、弓寵手(ゆごて)行縢(むかばき)といういでたちの流鏑馬(やぶさめ)や、あるいはまた笠懸(かさがけ)や犬追物(いぬおうもの)などの式張(しきば)った競射や、それでなくとも競射や賭弓(かけゆみ)や、貴族的のにせよ平民的のにせよ、それらは皆いづれも勇(いさ)みのある面白い遊びであることは想像するに容易であるが、それらの射術(しゃじゅつ)騎術(きじゅつ)に関した遊びも、また現在においては、わずかに告朔(こくさく)の気羊的(きようてき)に存在しているのみで、時に催さるる競射会もさのみ盛んではないようである。

その他折端(おりは)の双六(すごろく)であれ、投扇興(とうせんきょう)であれ、単に遊びというのでもないが香道茶道というがごときものであれ、いづれも皆あるいは既にまったく滅び、あるいはようやく衰へゆくの勢いを現わしている。昔の遊戯でいまなお盛行(せいこう)しているのはわずかに囲碁、将棋、謡(うたい)などくらいのものである。

かくのごとくに徳川氏時代と明治とはその遊戯の上にも一線を画された観がある。で、新たに起こってきた遊技、すなわち球つきであるとか、端艇(ボート)競漕(きょうそう)であるとか、フートボールその他の球戯であるとか、単に遊戯というでもないが、自転車であるとかいうようなものが、次第々々に前代の遊戯の占めていた椅子の空位を占めて、明治の代(よ)の遊技の主なるものとなってきたのが現在の有様(ありさま)で、椅子の空位はまだ沢山に残っているし、そこで色々の新しい遊技が悠然と歩いて来てその椅子に着(つ)かんとするのもまた現在の有様(ありさま)である。

この時に際してヨットの遊びは確かに新たに起こるべき遊びで、また実に明治の士人(しじん)の手で興(おこ)すべき遊びであろう。

遊びも多い。楽しみの種類も多い。しかしヨッティングほど高尚で、優美で、壮快で、社会的でかつ超世的な面白いものがまた二つあろうか。おそらく二つはあるまいと予(よ)は想像する。高楼(こうろう)に置酒(ちしゅ)して巧笑(こうしょう)愁(うれい)を解(と)くに足り美目(びもく)情を悦ばすべき麗人(れいじん)を侍座(じざ)せしめ、粉陣(ふんじん)香囲(こうい)歌声(かせい)舞影(ぶえい)の裏に夜光の杯を挙ぐるのは、それはなるほど豪興群小(ごうきょぐんしょう)に誇るべくもあろう。しかし、要するに鄙俗(ひぞく)であるを免れない。どうも高尚とはいいかねる。

黒白(こくびゃく)の石子(いし)に一面の盤、疑神枯座(ぎょうしんこざ)して手談の楽みにふけっているのは、いかにも仙趣があって実に高尚である。しかしそれは智を熾 (さかん)にして物を忘るるの戯(たわむれ)で、必ずしも心を喜ばしめ情につちかう楽 しみではない。音楽を聞き演劇を見ることは高尚でもある優美でもある。しかし、いかに弁護者が弁護し、建築家が建築しても、盆の内の炒豆(いりまめ)の一個のような姿になって群衆中に視聴しつつ、ありがたからぬ空気を呑吐(どんと)することは、せっかくの高興を大いに減殺するし、かつまたたとえその楽譜は勇壮にその脚本は痛快なるものにせよ、要するにこれらの娯楽は壮快の娯楽とは決して言えぬのである。

端艇(ボート)競漕(きょうそう)や、競馬や、銃猟やは壮快ではある。ただし、あるものはいささか優美を欠き、あるものは高尚を欠き、かっすべて超世的でなく、これを嗜(たしな)む人の如何(いかん)によっては、ややもすれば修羅的になる傾(かたむ)きがある。釣魚(つり)は非常に複雑な多種多面の好遊技で、かつは超世的であるともいえるが、どうも幽静寂寞(ゆうせいせきばく)を恐るる人や、早急な人のあずかるあたわざる遊びで、かつ必ずしも非社交的ではないけれども、要するに非社交的になる傾きがある。

いや、予(よ)はヨッティングを掲(かか)げんがために他の遊技を抑えんとしたのではない、他の遊技とヨッティングとの差違を明らかにしようとしたのである。遊びも多い。楽しみの種類も多い。しかしヨッティングのように多趣味多方面で、そして社会の各部に関連接触する点の多い、しかも遊技の徳を円満に具有(ぐゆう)しているものはあまりあるまい。実に娯楽の王といってもよかろう。

ただし、強(し)いてその欠点を挙ぐれば、そのやや貴族的富豪的であって、民庶(みんしょ)に佳趣(かしゅ)を供給することの易(やす)からざる一段である。誠に「遊技娯楽の平民的ならざることは、その遊戯娯楽の大なる欠点」と言わざるをえないことであるが、しかしヨッティングも五レーターとか三レーターとか二分の一レーターとかいうような小艇の嗜好(しこう)が起こるに及んで、単に貴族や豪家のみの娯楽といふのでなく、かつは有髯者(ゆうぜんしゃ)のみの娯楽というのでもなく、最上級ならぬ人も、または婦人も、同じ遊技にたづさわるようになって、それらの小帆船、すなわちいわゆる海燕(うみつばめ)がカルショット城付近に群翔する碧瀾(へきらん)雪帆(せつはん)の好光景は実に天下の美観であるとまで人をして言わせるようになっているのが英国の実状であるに徴すれば、ヨッティングに対する唯一の非難さえすでにいくぶんか軽減されているのである。いよいよヨッティングは称揚すべき遊(あそび)である。

遊船構造設計の愉快

世界は人間の理想および理想を実現せんと努める不屈の勢力の発露(はつろ)によって進歩しているのである。ヨッティングは単に快走ということを目的としているので、その目的にかなわんがためには、種々の条件、すなわち構造の費用の多寡(たか)だの、積載する数量の大小だのということを犠牲にして顧みない。で、その点においては世の実用を主としている軍艦や商船の設計とは非常に相違があって、ヨットの船形の案出は、実に船舶の駛走(しそう)という点においては最大自由の境界(きょうがい)にあって人間の理想を最高度に実現せしめうるものである。

すべて何事によらず理想の実現ということは人生においての高級快楽であることは言をまたぬことで、いかなる微小の理想でも、これを実現しえた時、あるいはまさに実現しえんとする時の愉快は、五官に対する欲求の満足をえたときなどの愉快とは比較にもならぬほど大きくて、かつ高いものであるのは、何人も異論のない、換言すれば、ほとんど人間というものはその愉快に憧(あこが)れて営々として生活していると言ってもよいくらいである。そしてまた世界はその愉快を味わんとする人、もしくは味える人のために進歩しているので、汽車汽船であれ電話電信であれ写真であれ写声機であれ印刷機であれ爆発薬であれ、皆その実例である。

故に遊戯の一にして、もしも不正でない理想の実現に努むるものがあったら、その遊戯の性質ははなはだ高尚で、そしてまたその遊戯の効果、(遊戯そのものからいえば副産物であるが)ははなはだ洪大(こうだい)なるものであるとして十二分に尊敬してよい。競馬も実は一の遊戯である。しかし勝負の予想に対して金銭を賭(と)したり、あるいは自ら鞍上(あんじょう)に叱咤(しった)したりするような、賤(いや)しい、もしくは低い愉快を超越してしまって、おのずから理想的の駿馬(しゅんめ)を得ようとする上において焦慮苦心(しょうりょくしん)をするに至ったならば、たとえその人自身が飼料を与えたり、四下(すそ)を仕(し)たりせぬまでも、その人の愉快とするところの趣味ははなはだ高尚で、そしてその効果は階級こそあるだろうが世を益するに疑いないことである。

で、競馬は実に馬匹(ばひつ)を改良する上に大なる力があるという一大事実にも到着するのである。ヨットレースもその通りで、いかにもして快走の目的を十分に達しようという希望からして、種々様々の構造設計が案出され改補され、そして次第々々に最良最好の船形が世間に指示(しじ)発現(はつげん)さるるに至ったのである。水に没する船腹の形が描く曲線といえばそれまでのことではあるが、最も抵抗の少く最も滑らかに水を切って行く曲線の一個の式の価値は、いかに深遠(しんえん)洪大(こうだい)なものであろう! してまたその一曲線が得らるるまでには、いかに良工の苦心によって忠実精美な苦労と思慮が費やされたことであろう!

ワットソンの近代競走遊船(ゆうせん)の進化といえる一篇(いっぺん)を瞥見(べっけん)して、ヨットレースの歴史の初歩の船の形から、名高いブリタニヤだのメテオルだのその他の船に至るまでの種々様々の、あるいは深く、あるいは浅い各船の形を見れば、まったく船舶のことに関して知識のないわれらでさえ、いかに多くの聡明(そうめい)俊敏(しゅんびん)の人々の尊い知識や技術や堅確(けんかく)の意識や優美の趣味やが相合(あいがっ)して働いて、そして今日に至ったかを想像せずにはいられない。

かくのごとくして世は進歩し、古昔(こせき)無智(むち)時代の画家が、船の速力の大なることを現わさんがために船首に白浪の騒(さわ)げるさまを描いたのは既に過去の夢となってしまって、十二分に巧みに水の抵抗を少くするに足る美(うる)わしい曲線をもって造られたる船の舷端(げんたん)には、いわゆる水夫の経帷子(きょうかたびら)のような白浪は無益に立たぬようになってきたから、詩にしても、行船(ゆくふね)の舳浪(へなみ)騒ぎて、などと歌ったら、もはや船の速力は大きくなくて、そして却って非合理的の拙設計(せつせっけい)になった野蛮船であることを現わすようになってきた。

しかし今日でもこのうえ進歩の余地がないというに至ったのではないから、良いが上にも良かれと希望して、理想的の快走船を得んとし、たとえみずからコンパスや鉛筆を用いて設計せぬまでも、知識ある人の知識を使い、技術ある人の技術を用いて、自分の意識の下に新形式のヨットを建造し出そうとしたらば、必らずしも名高いヴァルキリーやナヴァホーをはるかに凌駕するものもできぬとは限るまい。よしやそうまではゆかぬとしても、もし有力者があってそういうことを敢えてしてみたら、その人の享受する快楽はかの万金(ばんきん)を持って宝玉(ほうぎょく)や骨董品(こっとうひん)を購(あがな)うがごとき低微(ていび)なものでなくって、実に趣味の高い、かつは世に対して貢献するところの効果のある高級娯楽であることをその人自身に発見するであろうと信ずる。

後半に続く

スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 〜 スモールボート・セイリング(その8)

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日

Small-Boart Sailing (8)

ジャック・ロンドン

私は古い人間で、ガソリンの時代より前に育った。その結果、古い流儀がしみついてしまっている。モーターボートよりヨットの方が好きだし、セーリングする方がエンジンで走るより美しくもあり難しくもあり、揺るぎない技術が必要とされると信じている。ガソリンエンジンは誰でも扱える。サルでもエンジンで走れると言えば言い過ぎになるだろうが、エンジンは誰にだって動かせる、というのは正しい。ヨットを帆走させるとなると、そうはいかない。技術も知性ももっと必要だし、途方もない訓練も必要になる。少年や若者や大人にとって、これほどすばらしい訓練の場はない。子供が小さければ、小さくて快適な小舟を与えればよい。あとは自分でなんとかするものだ。教えてやる必要はない。すぐに三角の帆を張り、オール一本で舵を取れるようになる。それから、キールやセンターボードについて語りだし、毛布を持ち出して船に泊まりたくなるだろう。

だからといって心配することはない。危険をおかすだろうし事故に遭うかもしれないが、忘れてもらってはこまる、海の上と同じように託児所でも事故は起きるのだということを。大小の船で死ぬより温室育ちのために死んでしまう子供が増えているが、子供は芝生でクロケットをしたりダンス教室に通ったりするよりも、ヨットでの帆走を経験した方が強くて信頼できる大人になるだろう。

それに、一度ヨットのなんたるかを身につけてしまえば、生涯ヨット乗りでいられるのだ。潮気が薄れることはない。ヨット乗りは年をとらず、あえて風や波と格闘することもいとわない。私はそのことを自分で体験し身にしみて知っている。いまは牧場を経営し、海が見えない場所に住んでいるのだが、牧場にいて海から長く離れていると、そう数ヵ月も経つと、何かしら落ち着かなくなるのだ。前回の航海での出来事について白日夢を見たり、ウィンゴ・スラウの川ではもうシマスズキが泳ぎまわっているだろうかと案じたり、カモの最初の北帰行のレポートに熱心に目を通したりしているのだ。そのうち不意に思い立って大急ぎでスーツケースに荷物を詰めこみ、道具類の点検修理をすませてヴァレーホに向けて出かけていくのだ。そこには小さなローマー号が係留され、私を待ってくれている。そう、主人の足舟が寄って来るのを、ギャレーのストーブに点火されるのを、そうして帆を固縛しているロープがとかれ、メインセールが風に揺れ、リーフポイントがカタカタ音をたて、ちょっと停船し、風を受けてまた動きだし、舵輪がまわされ、湾内を突き進んでいくのを、いつも待ってくれているのだ。

ソノマ・クリークのローマー号船上にて
一九一一年四月十五日

● 用語解説
キール: 竜骨。船首から船尾まで船の中央下部を貫く構造材。外洋ヨットではキールと呼び、一般に横流れ防止と横倒しになっても復元するための重しを兼ねている
センターボード: ヨットで横流れ防止用に船底から下に出ている板。一般に小型ヨットでは前部を軸にして下側に回転するものを指し、レーザー級などのディンギーで上から差しこむ矩形の板はダガーボードと呼んで区別される
ウィンゴ・スラウ: ミズーリ州(米国中西部)の地名
ヴァレーホ: カリフォルニア州(米国西海岸)の地名
ギャレー: 調理をする区画。いわゆる厨房
ストーブ: 小型ヨットでは、暖房用のストーブではなく煮炊き用のコンロを指すことが多い

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日

スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 〜 スモールボート・セイリング(その7)

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日

Small-Boart Sailing (7)

ジャック・ロンドン

風の強い闇夜に暖かい寝床を抜け出し、状況が悪化した錨泊地から脱出するのは楽しいことではない。そのとき、われわれはやむをえず寝床から起き上がり、メインセールにツーポンリーフを施しておいてから、錨を揚げはじめた。ウインチは古くて、波で船首が上下する際にかかる負荷には耐えられず故障してしまったが、とはいえ、錨を手で揚げるのは無理である。実際にやってもみたのだが、びくともしなかった。むろん、とりあえず錨綱に目印のブイをつけておいてからその場を離れるという手もあったのだが、われわれはそうせず、他のロープを用意して元の錨とは向きを変えて別の錨を投げ入れた。

それからもほとんど眠れなかった。というのも、船が横揺れするため、一人ずつ寝床から放り出されてしまうからだ。海はますます荒れてきて、船が走錨しはじめた。潮通しがよく海底が滑らかになっている海峡まで出てしまうと、二つの錨がスケートをするように滑っている感触があった。海峡は深く、対岸は渓谷のように急峻なかけあがりの崖状になっていた。錨はその崖にぶち当たり、そこで持ちこたえた。

しかし、錨が効いて船がそれ以上流れなくなると、暗闇を通して、背後の岸に砕ける波の音が聞こえた。非常に近くだったので、足舟の舫綱を短くした。

明るくなってみると、足舟の船尾はきわどいところで破損を免れたことがわかった。なんという風だったことか! 時速七十マイルから八十マイル(風速三十六メートルから四十一メートル)の突風が吹いたりもしたのだが、錨は持ちこたえてくれた。逆に、がっしり食いこんでいるので、今度は船首のビットが船からはぎ取られるのではないかと心配になったほどだ。一日中、われわれのスループは船首と船尾が交互に持ち上がったり沈みこんだりしていた。嵐がおさまったのは午後も遅くなってからだったが、最後に猛烈な突風が吹いた。まる五分間の完全な無風状態の後、ふいに雷鳴が起こり、南西方向から風がうなりを上げて吹き寄せてきた。風向は九十度も変化し、暴風が襲ってきた。こんな状況でもう一晩すごすのはこりごりだったので、われわれは向かい風の中で、手で錨を揚げた。重労働なんてものじゃなかった。心が折れるとはこのことだ。われわれは二人とも苦痛と疲労で泣き出す一歩手前までいっていた。ともあれ最初の錨を引き上げようとするものの、錨は抜けない。波が押し寄せてきて船首が下がったときにゆるんだロープを船首のビットに余分に巻きつけておいて、次の波で船首が持ち上がるのを利用して引き上げようとした。ほとんどすべてのものが壊れてばらばらになったが、錨は食いこんだままだった。チョックは急激な力が加わったので外れてしまうし、舷側もちぎれ、それをおおっていた板も割れたが、錨はまだ食いこんだままだった。仕舞いには縮帆したメインセールを揚げて、張力のかかったチェーンを少したるませながら帆走で抜錨しようとした。しかし、力が均衡した状態でにっちもさっちもいかず、船は何度か横倒しになった。われわれはもう一つの錨でもこの作業を繰り返したのだが、そのうち河口の避泊地にはまたも宵闇が迫ってきた。
● 用語解説
ツーポイントリーフ: 二段階に縮帆(リーフ)すること。風の強さに応じて、ワンポン(一段階)、ツーポン(二段階)、スリーポン(三段階)と帆の面積を小さくしていく
ウインチ: ヨットでロープ類を巻き上げる小型の装置。錨を巻き上げるものはウインドラスともいう
ビット: 舫い綱などの端を固定しておく支柱のようなもの。現代のヨットではクリートを用いるのが一般的
チョック: 舫い綱や錨綱を船上に引きこむ際に船縁でロープを通すところ。船体の補強とロープの摩耗防止を兼ねている。フェアリーダーともいう

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日

スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 〜 スモールボート・セイリング(その6)

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日

土手はでこぼこしているし、船の真下では潮が急激に引いて、おそろしく汚くて悪臭のする、潮汐のたびに姿を現すおぞましい干潟が見えていた。クラウズリーがそれを見下ろしながら私に言った。
「愛してるぜ、兄弟。俺はあんたのためだったら決闘もするし、吠えるライオンにだって立ち向かってみせる。野垂れ死にも洪水もこわくはないし、あんたがここに降りさせるようなことはしない」 そう言いながら、彼は吐き気に身震いした。「だけど、もしあんたが落っこちてしまったら、俺にはあんたを引き上げる度胸はねえからな。無理にきまってる。あんたはひどいことになるだろうし、俺にできるのは、ボートフックをつかんで、あんたを見えないところまで押しやることだけだろうよ」

われわれは船室で上になった側壁に座ってデッキにもたれ、船室の屋根に足をぶらぶらさせながらチェスをした。潮が満ちてきたところで、ブームリフトの滑車とタックルを使い、船をまた頑丈な竜骨の上に立たせることができた。それから何年もたってから、私は南海のイサベル島で同じような窮地に陥ったことがある。船体に張った銅板の汚れを落とすため、浜辺でスナーク号の側面を海側に傾けたのだが、潮が満ちてきても船は起き上がろうとしなかったのだ。海水がスカッパーから入ってきた。海水は舷側を乗りこえ、斜めになったデッキをじりじり上がってくる。われわれは機関室のハッチを閉めた。海面はそこまで達し、さらに船室のコンパニオンウェイや天窓の近くまで上昇してきた。われわれは皆熱があったのだが、熱帯の炎天下で何時間も必死に作業するはめになった。一番太いロープをマストヘッドに結んでおいてから陸まで運び、この重い船を引き起こそうとしたが、われわれ自身を含めて、すべてがこわれてしまった。われわれは疲労困憊し、死人のように横たわった。それから、また立ち上がって引っ張り、そうしてまたぶっ倒れた。下側の舷側は海面下五フィートに沈み、さざなみが寄せてきてコンパニオンウェイを包みこむようになってやっと、この頑丈で小さな船は身震いし、動揺し、そうして再びマストが天頂を向いたのだ。

小さな船を帆走させていると運動不足になることはないし、重労働はその楽しみの一部でもあり、医者いらずってことにもなる。サンフランシスコ湾はちっぽけな池などではない。大きいし、風もよく吹き、変化の激しい海域だ。ある冬の夕方、サクラメントの河口へ入ろうとしたときのことを思い出す。川は増水していた。湾からの上げ潮も流れに負けて強い引き潮になっていた。日が差すと、力強い西風は衰えた。日没だった。順風から中風くらいの追い風を受けていたのだが、急流をさかのぼることはできなかった。われわれはいつまでたっても河口にいたのだ。投錨地はなく、後退する速度もだんだん速くなってくる。風がなくなってしまったので、河口の外に出て錨を下ろした。夜になった。美しくて暖かく、星がよく見えた。私がブリストルの流儀ですべてをデッキに出している間に、仲間の一人が夕食を作った。九時になると、天候が回復する見こみがでてきた(気圧計を積んでいたらもっと正確にわかっただろう)。午前二時までにはサイドステイが風で鳴り出したので、私は起きだして錨索を繰り出した。もう一時間もすれば、間違いなく南東の風が吹き出してくるだろう。
● 用語解説
イサベル島: 南太平洋(メラネシア)にある島
スナーク号: ジャック・ロンドンが建造したヨット。これに乗って太平洋を周航し、『スナーク号の航海』(未訳)を著した
スカッパ: 排水口
コンパニオンウェイ: 船室への入口
サイドステイ:  マストを横方向から支える静索

スモールボート・セイリング 【全8回】 公開日
(その1)スモールボート・セイリング 2017年3月29日
(その2)スモールボート・セイリング(2) 2017年4月7日
(その4)スモールボート・セイリング(4) 2017年4月21日
(その5)スモールボート・セイリング 2017年4月30日
(その6)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月7日
(その7)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン著 2017年5月14日
(その8)スモールボート・セイリング ジャック・ロンドン 2017年5月21日