ヨーロッパをカヌーで旅する 90:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第90回-最終回)
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そして今、漕いだり帆走したりしてヨーロッパの大河を旅してきた一千マイルの最終日、もやいを解き、カヌーに乗りこんだ。旅の終わりがこれほど早く来るとは思っていなかったので、どこかさびしい気持ちもあった。

それで、川のせせらぎを聞きながらセーヌ川に入ったところで上陸した。カヌーは川に浮かべたまま、涼しい木陰で横になった。都会の喧騒(けんそう)が近くに聞こえる。パリはもうそこだ。

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現代語訳『海のロマンス』75:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第75)
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テーブルマウンテン

一、厳粛なる啓示者

西暦一六一五年にサー・トーマス・ハーバードは「なに、テーブル・マウンテンに登るくらいはなんでもない。ほら見ろ。船乗りは普段から保養がてら登っておるわい」と喝破(かっぱ)して、一五〇三年にはじめてこの山に第一登山者の誇りを残したポルトガル人、アントニオ・ダ・サルダンハの高々とうごめかす得意の鼻をへし折った。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 89:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第89回)
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また広い川に出て、パリ近郊のヌイイまでやってきた。日曜は川下りも休むことにしているで、目的地までは三十マイルほどだった。たいして疲れもしなかった。カヌーはとあるサマーハウスに置かせてもらい、ぼくはその屋根裏部屋で寝た。屋根裏の天井が低くて立つことができなかった。今回の旅の宿としては最底の部類になるかな。「ジョリー・ロウワーズ(陽気なボート乗り)」という看板にだまされてしまった。翌日はまた流れの速い川を下った。中洲のような島が無数にあるため水路が複雑に入り組んでいる。どのコースを通るべきなのか、選ぶのがむずかしかった。こうした状況の一番の問題点は事前に準備ができないということだ。ルート選択に役立つ情報は地図にも掲載されていないし、川の周辺で生活している人々も、どこを通ったらよいかなどについてはまったく知らない。出発する際、泊まった宿の家主はパリには二時間もあれば着くよと言っていた。そこから十マイルほど進んだところで出会った知的な男性は「パリまでの距離かい? ここから六時間くらいかな」という返事だった。その次にあった人は「この場所からちょうど三リーグ半*1だよ」と答えた。

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現代語訳『海のロマンス』4:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第74)

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五、古本屋とストリート・ミュージック

二週間という短い碇泊(ていはく)中、アデレイ通りに一軒、パーラメント通りに一軒の古本屋を探し当てて、何か掘り出し物をと渉猟(しょうりょう)したが、多くは経済上とか工業上から南アフリカの状態を書いたもの、あるいは一九〇〇~一九〇二年のボーア戦争記*1などで、それが堂々と赤の山羊皮の背皮の装丁で幅をきかしている他には、これぞと思うめぼしい物も見当たらなかった。なかには「南アフリカ植民者の心得(こころえ)」「いかにして金鉱を発見すべきや」などという本に五シリングとか七シリングとかいう定価が貼られているのを見て、これは!とばかり、さっそく店を出てしまった。

*1: ボーア戦争 - 南アメリカの植民地化をめぐり、イギリスと現地在住のオランダ系アフリカ人(ボーア人)との間で生じた戦争を指す。
オランダの背後にはドイツの存在があり、ドイツ包囲網の一環としての日英同盟(1902年)の締結にも影響を与えた。
大成丸の世界一周はそれから約十年後のことである。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 88:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著


現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第88回)
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翌朝、気分もすっかりリフレッシュし、また川にカヌーを浮かべた。今日も長時間の川下りに備えておく。川の水は透明で、水中では濃い緑の草が優雅な曲線を描いてなびいている。川が湾曲し影の差した水域に小さな中洲が点在しているが、それによって周囲の景色が変化する。こんな風にカヌーに乗って旅をする者にとって、景観には目に見える三つの領域がある。まず大きなアーチを描いている空だ。それから周囲の陸上風景。川の縁まで迫っている木々や花々。そうしたものすべてが川面に美しく映っている。川には驚くほど深くなっているところもある。川とその周辺の生き物や岩場や低湿地、低い川岸にある花々や苔なども目にすることができる。

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現代語訳『海のロマンス』73 練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第73)

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三、浮浪者

ロンドンに浮浪者がいるということはかねて聞いていた。浮浪児(オーダーリーボーイ)としてハイドパークに眠り、テムズの河原にカゲロウのごときはかなき一生を終わるという話は、こちらの感情を刺激し、好奇心を引き起こさずに聞き流すことはできなかった。

すべての色彩がロンドンを髣髴(ほうふつ)させるという評判のあるケープタウンにもまた、類似の人々が存在しているのを見たとき、意外なところで思いがけなく長年のぼくの希望が果たされた気がして、その不思議さに驚かされた。それはテーブルマウンテンに登る予定で中央郵便局の前に集まっていた、静かで快(こころよ)い大気を感じたある朝のことだ。すぐ目の前のガス灯の台の上にいた三人の浮浪者に、浮浪児の放浪的生涯の片影をとらえることができた。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 87:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第87回)


宝島の作者スティーヴンソンやナポレオン三世に影響を与えただけでなく、欧米においてカヌー/カヤックによる旅の可能性を広く知らしめることになったジョン・マクレガーのカヌーによる欧州大陸の川旅もいよいよ大詰めです。
今回から最終章となります。
フランスの大平原の川や運河を漕ぎつないでセーヌ川へ、そしてパリへ、さらに故国イギリスへ──、

第十五章

月が出た。非常にはっきり見える。とはいえウサギならぬ「月の男」は見えない。月光に照らされて結婚披露宴を行っている人々がいる。若い連中は庭に移動し、爆竹やクラッカーを鳴らしたりしてさわいでいる。ぼくが部屋の窓から信号灯で近くを照らしてやると喝采が起きた! その翌日、披露宴の出席者全員が朝食を食べるために集まっていて、上機嫌の花嫁の父の大盤振る舞いでマディラ・ワインやシャンパンをあびるように飲んでいた。ドイツ人たちはまだモーには来ていなかった。

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現代語訳『海のロマンス』72:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第72回)
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しゃくにさわるケープタウン

 

一、アデレイ大通り

悟(さと)るは迷うのはじめとやらで、久米(くめ)の仙人の通力(つうりき)もふくよかな白い脛(はぎ)にはゼロとなる世の中である。すっかり会得(えとく)し、大悟(たいご)徹底(てってい)したつもりで、最初の上陸日に、この南のロンドンたるケープタウンに惹(ひ)かれすぎないように自制しながらアデレイ大通りを歩いたぼくは、やはり人形を見るとほしくなる子供と同じ心理作用を持っているという自覚を、いかんながらその意識の上に受け取らねばならなかった。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 86:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

(緑色)現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第86回)
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次に立ち寄ったのは「ラ・フェルテ・スー・ジュアール」である。かなり距離があった。ラ・フェルテという名のつく町はいくつかある。これはイギリスで、語尾が「カスター」や「セスター」となる町が多いのと同じだろう。ここのラ・フェルテの特産は石臼(いしうす)だ。高品質の石臼は五十ポンドもするし、大量に輸出されている。ここの石にはもとから穴が開いていて、それが臼(うす)の刻み目として利用できるので、その分の加工が不要になるという利点がある。ラ・フェルトでは、干し草小屋にカヌーを置かせてもらった。宿の食事では、パリから来ていた頭のいい腹をすかせたブルジョワ氏も一緒で、マナーもおかまいなしの食欲旺盛な女房殿を同伴していた。彼らの向かいの席には、町の噂話をあれこれしゃべり続ける人がいた。他人のやること、言うこと、失敗話、儲け話など、なんともつまらない馬鹿話を際限なくぺちゃくちゃやっている。とはいえ、ぼくを含めてこの四人の客のテーブルで、まったく毛色の違う二つの話が同時進行で展開されたのも、まあ面白くはあった。一方は延々とラ・フェルテの人間の噂話を披瀝(ひれき)し、他方は話題を靴やスリッパに向けようと懸命になっている。それというのも、このブルジョア氏は、各地を旅しながらブーツを売り歩いているのだ。結局のところ、ぼくらの日常生活における会話というのも多くは似たようなものだろう。イギリスの内閣にとって些事(さじ)にすぎないことでも、ホノルルでは高尚な政治問題だったりするわけだ。

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現代語訳『海のロマンス』71:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第71)

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予定航路の変更

二度あることは三度あるという。

老人(としより)の言うことは尊重しなければならぬ。

すでにマンザロがサンディエゴに変更され、この航海の権威(オーソリティ―)であり、中核となる英国行きがなくなったところにきて、さらにシンガポール寄港が西オーストラリアの片田舎のフリーマントルに変更されたからといって、いまさら驚くにもあたらない。 続きを読む