現代語訳『海のロマンス』155:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第155回)

八、大瀑布(バテガンドン)

こんな話を道連れになった島に住んでいる日本人の口から聞きながら、足はいつのまにやらシダ類が密生し繁茂(はんも)している、けわしい山道に入っている。今日はバテガンドン――アンボイナ市街の南西方向にある、谷間にあるという瀑布(ばくふ)――つまり、滝を見に行こうというので、友と二人して船から上がってきたのだ。

ココアやデイントパームやロイヤルパーム、芭蕉(ばしょう)などが、暑い熱帯の直射光線をさえぎって、清水が音を立てて流れている渓流の面(おも)から吹き上がってくる涼しい風が、汗ばんだ帽子のつばの下を気持ちよく吹いて通る。

瀑布(バテカンドン)は巨人の大きな斧で断ち割ったような岸壁の間から、冷たい清冽(せいれつ)な水が落ちるところにあった。

ネチネチと脂(あぶら)汚(きたな)く汗ばんだ身体(からだ)を、その透(す)き通った碧(あお)い淡水(みず)に一年ぶりでひたしたときの快感は、いまだに忘れることができない。

冷たい水に首だけだして、仰向(あおむ)けざまに、強い色の衣服(きもの)を来た原住民の娘が青葉(あおば)がくれに上ってくるのを見ていると、自分の肉体(からだ)や野心は水とともに流れ去って、ただ、美しい印象と感情だけが浮いているような気がする。

帰りがけに、島に住む日本人から、この島の産物はヤシの実の内皮(うちかわ、これから石けんを作る)と、チョウジという木の細工物(さいくもの)と檳榔樹(びんろうじゅ)の繊維(織物にする)である、などと聞く。

九、重い輸入税

昔、漢(かん)の曹操(そうそう)*という利口な男は、かの河南(かなん)の袁術(えんじゅつ)**の征伐(せいばつ)に向かう途中で、自分の乗っていた馬が誤って百姓の田に踏みこんで、今を盛りと黄金色に咲き乱れた稲穂(いなほ)を散々に狼藉(ろうぜき)したという理由で、その自責の立場から、自分から自分の髻(もとどり)を軌(き)って、罪を三軍に謝し、軍記の振粛(しんしゅく)をただしたという。

* 曹操(そうそう)(一五五年~二二〇年)  中国・後漢末期の政治家、兵法家で、三国時代の魏の基礎をつくった。
** 袁術(えんじゅつ)(一五五年~一九九年)  後漢末期の武将。仲王朝の皇帝を自称するも短命に終わった。

これを聞いた人は、それが残忍で勇猛な梟雄(きゅうゆう)として知られている人の本性(ほんしょう)であるとか、それがそれ悪知恵のはたらく奸物(かんぶつ)のゆえんである、などという。しかし、自分は直ちにそれをもって「梟雄(きゅうゆう)の梟(きゅう)」「奸物(かんぶつ)の奸(かん)」を憎む前に、さすがの「梟雄奸物(きゅうゆうかんぶつ)」も人心の離反を恐れること死よりもはなはだしいのを見て、心よりその行為が賢明な措置であると賞賛し、心よりその境遇を憐れんでやりたいと願うものである。

ところが、世の中には、この死よりも怖ろしい人心の離反を等閑視(とうかんし)する連中がある。曹操(そうそう)ほどに賢明でなく、曹操(そうそう)ほどに同情をひく技量を持たぬ連中がいる。オランダ領インドの植民政策は、すなわち、それである。

根底になんらかの識見(しきけん)があるわけでもなく、一定の抱負も国を治める策もなく、ただその時々の間に合わせの消極的で、姑息(こそく)な植民政策を踏襲(とうしゅう)しているバタビアの政庁*は、実に過酷な税をとりたてる誅求(ちゅうきゅう)を正しいことだとみなし、きびしく締めつける収斂(しゅうれん)をこれ専(もっぱ)らとする。そして、その誅求収斂(ちゅうきゅうしゅうれん)の弊害(へいがい)の顕著なものが、かの重きに苦しむ関税政策である。

およそいずれの歴史を見ても、重い関税や過酷なる租税で、民が苦労して稼いだ金をしぼりとるような国が永く栄えたためしはない。海軍通商の先覚者(せんかくしゃ)であったポルトガル、スペインの拙劣(せつれつ)で武断的な関税植民政策は、いたずらに植民地の先住島民(ことに香料(こうりょう)列島)を威圧し、疲弊(ひへい)させた。その結果、人心はようやくオランダや英国等の新植民地経営者に向かうようになった。かくして、少なからず苦い経験をなめさせられたイベリア半島人*の後にやってきたネザーランド人**が、こりもせず先人の失敗から学ばず、再び同じ苦い経験をなめようとしている。

* イベリア半島  ヨーロッパ大陸の南西に突き出たスペインやポルトガルのある半島。
** ネザーランド  オランダのこと。

オランダ領東インド諸島は全部、ジャワ島のバタビア*にいる「総督(そうとく)」の管轄下に置かれ、その外にはセレベス島**のマカッサルとか、アンボン諸島のアンボイナ島に「レシデント」なるものを置いて、付近の小群島を分割統治している。

* バタビア  インドネシアの首都ジャカルタのオランダ統治時代の旧称。
** セレベス島  同じくオランダ統治時代の旧称で、現在のスラウェシ島。

で、アンボン諸島のアンボイナ港は、他のスラバヤ、マカッサル等と並んで、植民地でも有数の貿易港と称されている。また前述したように、その海港(かいこう)としての素質は、実にうらやましいほど完備している。

広い湾、適度の港口(こうこう)、べらぼうに深い水深、四季を通じて風も波もない港の位置。これにt多少の人工設備を加えれば、立派な港ができあがる。

しかし、いかにこのように天然の良港であって、また施設的に立派になりうる可能性を持つといえども、現在のように輸入品に対して重税を課する限りは、アンボイナの経済発展はすこぶる遠い未来に属すべきことは、火を見るよりも明らかである。

日用品に対して一割ないし二割五分、糧食(りょうしょく)品に対して二割、ぜいたく品や装飾具に対しては実に三割、四割という重税率である。

したがって、アンボイナで室内に絵をかけたり塑像(そぞう)を飾ったりするのに、一々官憲(かんけん)に届け出て、一定の「装飾税」を納付するという、他に比類なき税制を有するので、無断で室内に装飾品を置いたりなんかすると、たちまち罰金が課せられる。他は推(お)して知るべしである。

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