ヨーロッパをカヌーで旅する 73:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第73回)
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第十三章

川は葉の茂った枝々がアーチ状に伸びた下を流れていた。水深があり、穏やかだった。長く伸びた草にロープを結んでカヌーをつなぎとめ、こわばった両手両足を思いっきり伸ばして体を休めた。ワインやパンはまだ残っている。ハチや蝶が飛んでいた。カブトムシやネズミもいた。ほんの半時間ほど休憩しただけだが、空中や水辺でさまざまな生き物を見ることができた。

そうした生き物はそれなりの掟(おきて)や本能を持ち、形も美しい、創意工夫に満ちた、すばらしい生き物の世界だ。こういうものについて、ぼくらが学校で習ったことがいかに少ないことか! 花や虫や樹木や動物について学校で習うことは、こうして実際に自然のなかに身を置いてみると、いかに貧弱かと思わされる。その一方、授業では異教徒の神の複雑な優劣関係や、かなわぬ恋や民族間の争いなどは丸暗記させられたりしたりもするのだが。

モーゼル川には、少し前までの渇水期の痕跡はあちこちに残っていた。が、水量は急激に増してきている。この川、特に上流部は、漕いでいて本当に美しいと感じる。川はさらに西へ、さらに北へと曲がって、それから少しだけ東に向きを変える。そうして、トレーブとコブレンツの間の美しい田園地帯を横切り、古き良きライン川に合流する。

今晩の宿はフランスのエピナルだ。興味をそそるようなものはほとんどなかった。で、寝るまでの間、本を読んだり書きものをして過ごした。翌朝になっても景色が一変して美しくなっているということもなかったので、カヌーを漕ぐことに専念し、そのこと自体を楽しんだ。まる一日ずっと靴も靴下も脱いだままだった。というのは、カヌーから何度も飛びリなければならなかったので、いちいち履きなおしても無駄なのだ。このあたりは平原地帯で、川底には砂利が敷き詰められている。流れは早い。ヘビのように曲がりくねった渕(ふち)が続く。川は平野の中央にある山を迂回するように流れていた。

昼に、水車用の堰(せき)で大勢の人間が作業をしているところに出くわした。こういうところでは食い物にありつけることが多い(少なくとも飲み物にはありつける)。それで、ぼくはカヌーを降り、とある家の扉をたたいた。老婆が一人、顔を出した。

「奥さん、こちらで食事、オムレツとか作っていただくことはできませんか」

「悪いけど、差し上げられるものは何もないのよ」

「えーと」と、ぼくは言った。「メンドリがいますよね。元気そうだ。今朝は卵を六個は産んだんじゃないかなあ」

明らかに、彼女はぼくを物乞いだと警戒していた。それで、イギリスからはるばるあのボートに乗ってやってきたのですと、カヌーを指さしたが、相手は年のせいかはっきり見えないようだった。とはいえ、なんとかオムレツを作ってもらうことはできた。彼女はそばに立ったままで(おそらく、自分の一本しかないフォークを見張っていたのだろう)、ぼくらは楽しい会話をかわした。「で、あんた、何を売ってるわけ?」 ぼくは、ただ自分の楽しみで旅しているだけですと説明する。「楽しみって、どんな? ここで何か掘り出し物でも見つけようってんでしょ」 食事を食べさせてもらったので、別にあんたの家を目当てに寄ったんじゃないと、そっけなく無頼をきどるわけにもいかない。食事がすむと、代金として一フラン渡した。すると、彼女は神のご加護に感謝した。カヌーで出発する際には、こっちを眺めている作業員に向かって「イギリス人ってみんな金持ちなのよ!」と甲高い声で叫んだ。

翌朝も前日同様に晴れて、青い空が広がっていた。出発が朝早かったので、川にはまだ早朝のさわやかな空気がただよっている。この川については「モーゼル」と発音されたり「モゼル」と発音されたりしている。正確には「モウズル」だろうか。イギリス人は「モウゼル川」と呼ぶのに対し、あるフランス人は「ラ・モーズル」と発音する際、三つの音節それぞれが同じような強勢だった。長大な川は下っていくにつれてさまざまな地域を通過するし、地域の方言もあったりするので、川の呼び方が変わることはよくある。たとえば、北米で最長のミズーリ川について、カリフォルニアで出会ったカンザスの旅行者たちは「ムズーリ」と呼んでいた。

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