現代語訳『海のロマンス』106:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第106回)

四、ソバとジワジワ

耳元で何人(だれ)だか、グーグーと大きな艶(つや)消しのいびきをして、それが無遠慮にも、薄い鋭敏な自分の鼓膜に響いて、とかくに覚めやすい暁(あかつき)の夢を破る。誰だろうと不審がるにも及ばず、その雄大な音量からも、その無作法な呼吸運動からも、たしかに人間である。しかも、この船の上の人間のうちで最もわがままな、最も勢力ある練習生の仕業(しわざ)であることもまた確かである。

四時間ごとに否応なしに起こされて当直勤務に立つべく出てくる三十人あまりの練習生は――どうも練習生と十把(じっぱ)一絡(ひとから)げに扱うのがあまりに多くてお気の毒であるが、相当の敬意を表しつつも誤解を招かないこの呼び方は他の表現ではぴったりこない――当番を交代し整列が済むと、彼らはたちまちバラバラと列を乱し、すぐさま寝そべって夢にひたる極楽境へと旅だってしまう。

樹下(じゅか)や石上(せきじょう)に宿を求めて草を枕とし、花を主人(あるじ)にした古人(こじん)のよい心がけは知らないが、ハッチを寝床とし、ロープを枕とする練習生の考えは、暑苦しい下甲板の寝床(ボンク)を、心地よい風が吹き渡っていとも涼しい上甲板の別荘に移したつもりでいる。

この眠っている連中から少し離れて、二人の学生が何かしみじみと密談している。古い言い草だが、「聞くともなしに」立ち聞きをすると、なんでも日本へ着いたら上陸早々一番先に何を食うかという問題で、一人はソバと言い、他はジワジワ*と言い、今や盛んに議論しあっているところである。

「君、ジワジワなんていうものは俗中の俗なるものだあね。そんなことを言うと、趣味が低級だと馬鹿にされるよ」

などと、趣味高尚と心得たソバ屋党が反駁(はんばく)すると、

「すべての欲求の本体は絶対的に抜群無比の実質を具備しなければならない。ソバなんか食いたければ缶詰にしても持ってこられるからね」

などと、どうでもいいようなことに力こぶを入れて堂々と議論している。

* ジワジワ: 具体的にどういう食べ物なのか(何かの俗称?)不明。

当人はこれでも紀元前にマケドニアのフィリッポス二世を弾劾したデモステネスくらいの雄弁であると信じている。自分は情けないような、つまらないような気がして、結果を見ずに、先に失敬して寝てしまった。

五、連日の無風

この二、三日、連日の無風(カーム)で、船は「ビクともするもんじゃない」というように少しも動かない。騒がず迫らず泰然(たいぜん)と重い尻をドッシリとおろしている。まさか「日本を出るときふんどしを忘れた」せいでもあるまいが、これでは真(まこと)に長い道中ブラブーラである。やりきれない、やりきれないと練習生たちが不平を言うのも無理はない。

セントヘレナを出たのはつい少し前のように思われたものが、今日ははや四月六日である。

この頃は海も空も静かで、大気は乾燥しきって軽く澄みきっているためか、昼間は馬鹿に暑苦しく、夕焼けは馬鹿にきれいで、夜中は馬鹿に涼しく露っぽい。

ことに夕焼けの壮大にして艶麗(えんれい)なる風趣は、情緒に富んだ大自然の技巧の一端を示す一大キネオラマ*である。平常見慣れた練習生たちも船縁(ふなべり)に寄りかかっては思わず「いいなあ」とかなんとか、賛美の声をもらしている。練習生の一人の日記には、次のように書かれてあった。

* キネオラマ: パノラマの景色に光線を当てて変化させて楽しむ、明治から大正にかけてはやった興業。語源は「キネマ+パノラマ」。

この海洋(うみ)に輝く雲の色を見れば、はかなきものは若き恋なり。ときどきは日が海に没してまもなく、奇っ怪な形のKの雲が水平線をおおって、呉(ご)でもなく越(えつ)でもなく、どうやら見慣れた羽田の岬の蜃気楼かとも疑われる夕べもある。

雲とは承知で見るが、意識の理と智とをちょっとごまかせば確かに陸影(りくえい)だ。

鈍い頭はこの不思議な情景を前において、半ば修正に引きづられ半ばは実感に脅かされて、現実と幻覚との、想像と実在との、写真と神秘との間に彷徨(ほうこう)する。

菅原道真(すがわらみちざね)の口から吐き出されたザクロの炎のような*深紅(しんく)に染められた雲は、上に向かって爛紅色(らんこうしょく)――朱泥(しゅでい)色――橙紅色(とうこうしょく)――に薄められ、雲と接する蒼穹(そら)の部分も、上から順次に濃い碧瑠璃(へきるり)から藍青色(らんせいしょく)、群青、ヨモギ色と反対に下に向かってぼかされ、崇高(すうこう)にして偉大なる日輪の臨終を飾る下(もと)に、まつげを動かすわずかな時間も与えぬ勢いで、夕暮れの海がまさに一日の多様多種だった様子を刻々と変化させつつ終わりを迎えようとしている。

* ザクロの炎: 左遷され太宰府で死亡した道真は怨霊(おんりょう)となって朝廷をはじめとする人々に祟(たた)りをもたらした――ザクロを口に含み、種を吐き出すと、怨念が炎となって家を燃やした――という故事から。

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現代語訳『海のロマンス』105:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第105回)

二、洋上の練習生たち

いつだったか、セントヘレナを出て間もない頃のことであった。ホカホカと暖かい午後の陽気にそそのかされて、ジメジメと暗い汚い湿っぽい茶箱の巣を出て人声のする方へとおもむろに歩いて行くと、食って、寝て、修業日誌を書いて、ブレースを引くという同じ事の繰り返しをする以外には深刻なる生活の意義を認めぬ洋上の練習生たちが、浮世のせちがらい風はどこを吹くかとばかり、天下泰平に寝そべり返っている。航海中、彼らは決まって十二時から一時までの昼の休みには二番船倉(ハッチ)のまわりに非生産的に円座して、ディズレーリ*のいわゆる「仰視(ぎょうし)せざる青年は俯瞰(ふかん)すべし、上昇せざる精神は匍匐(ほふく)するの運命を免れず」という有名な格言を現実に立証しながら、ガヤガヤと、何かさも愉快そうに話している。いずれはまた例の血の気の多い割には脳みそのうすっぺらな頭脳(あたま)からひねりだすおべんちゃらだろう。

* ディズレーリ: ベンジャミン・ディズレーリ(1804年~1881年)は英国の首相を務めた政治家であり作家でもあった人物。

しかし、こんな輩(てあい)でも集団(モッブ)となればなかなか勢力のあるもので、さすが世界に雷名(らいめい)をとどろかした巨頭たる宰相も群衆(モッブ)のためにはずいぶん痛めつけられた例(ためし)もある。さわらぬ神に祟(たた)りなし。ここはこっそりと穏便に通り抜けようと、足下をまわって司厨所(ギャレー)の方へと向かう。と、すばやく気づいた一人が、「こやつは実際に無愛想な動物だな」と口火を切ったのを機会(きっかけ)に、ヤレ無神経だとか、のろまだとか、無気力だとか、いろいろとあまり利益にならぬ言葉が出たのち、とうとう自分の最も嫌いな「馬鹿」という言葉が飛び出した。

いやな心地をさせられた自分は恨(うら)めしさのあまり、その男の顔をつくづくと見てやった。

ところが、どこやら見覚えのあるのも道理、この君子殿(くんしどの)は、先日ジャガイモの一切れを自分の鼻の先ににおわせながら、ご苦労にもメインデッキを三遍連れまわって、タバコにもせず、ぽんと無常にも芋を海の中に投じた不届きの男である。それ以来、芋を食うたびに、この男の顔が眼前に浮かんできて、思わず歯に力が入るのである。

この男が、今デッキに頬杖(ほおづえ)をつきながら、隣の男に向かって、「ね、君、ほら、ギリシャ神話でアポロがダフネを追いかけるときダフネを形容した『恐怖(おそれ)をもった大きな目は黒く潤んで足はしなやかに鹿のごとく速く――』とかいう語(ことば)があるだろう。よくたとえたものだね、まったくこの夢二(ゆめじ)式の大きな黒い目と細いすらりとした足つきは美人の象徴(シンボル)だね」などと、今日は柄にもなく褒(ほ)め立てる。末が恐ろしい。

三、享楽主義者の悪戯(いたずら)

かく理不尽(りふじん)に中途で自分を抑留した連中(モッブ)は徒然(つれずれ)なるままによい暇つぶしの対象物を捕まえたと考えたのか、大喜びで、ヤレ、中甲板のある室(へや)の寝床(ボング)に失敬したとか、士官のサルーンに粗相(そそう)したとか、英語教官の室(へや)でカミソリ用のレザーストラップを食ったとか、さかんに自分の旧悪をあばきにかかる。

とかくするうち、さすがにだじゃれや人笑わせの種もなくなったのか、多くの練習生たちはさもしゃべりくたびれたというように、今度は仰視せる青年の姿勢に戻って、ゆったりとして青い空と品よく前方にふくれだした鼠色(ねずみいろ)の帆とを見上げている。

座が分れて無駄話が種切れとなり、座興の材料の供給が不十分となると、先天的に幇間(ほうかん)の才能を多少とも持っているおっちょこちょいは、必死になって尻すぼみの状況を元に戻すため少しでも挽回(ばんかい)しようとつとめ、苦し紛(まぎ)れに何を試みるかわかったものではない。

かかる輩(てあい)こそ「歓楽の盃(さかづき)を飲んでは幻想に行きつ戻りつする」人種である。「一挙手(いっきょしゅ)も一投足(いっとうそく)も中途半端な」輩(てあい)である。「日々の雀躍(じゃくやく)をもって生の歓喜(よろこび)となし、生の充実となし、意義ある現実の生活となす」輩(てあい)である。自分が楽しければいいという主義を貫徹(かんてつ)するため、苦し紛(まぎ)れに何を試みるかわかったものではない。

ここまで推理してきたとき、はたして享楽主義者をもって自(みずか)ら任じる一人がむんづと自分の尾をつかんだ。

誰でも知っている通り、たいがいの人間は腰のあたりをさすられると非常にこそばゆく嫌な感じがするものである。我輩(わがはい)の尾は、まさにその腰に相当する。そこで自分は余儀なく嫌悪の念をこめた第二低音(テノール)を発声して、そんなことをされるのは不愉快だという意志を十分表明したつもりであった。

しかるに、意外にも、驚きと落胆とに陥(おちい)った余の面前で、不思議にも思わぬ歓声のどよめきが起こった。

「これは面白い。まるで猫と山羊とをかけあわしたような声だ」

「あの波動(リズム)は音階の何調になるのだろう?」

「あんな奇声が表象する心理状態とは、どんな種類だろう、や、実に珍奇だ」

などと、二十五の今日までまだ鹿を見たことのなかった連中が手を打って嬉しがる。

尾をつかんだ享楽主義者は、思わぬ手柄に呆然(ぼうぜん)と本来の悪戯(いたずら)の目的を忘れた。

それは糸くずを小生(それがし)の小さな尾の先に結(ゆ)いつけ、小生が気味わるがって後足でピョンピョンと蹴上(けあ)ぐる様子を、ヤレ面白い、やれ神経過敏な動物だ、とかいって手をたたこうとする下心であった。でなければ、二、三日前のように汚いシャツを頭からかぶせて士官のサルーンに追い込む考えであったに違いない。

しかし、このとんでもない災難も、おりから大声で整列一分前と怒鳴った風下当番(リーサイド)君の声で運よく免(まぬが)れたのは幸福の至りであった。

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