現代語訳『海のロマンス』107:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第107回)

カメレオンの独り言

一、絵はがきと交換される

ぼくはカメレオンという小さな動物である。ぼくはこの練習船――かつて見たことのない大きな帆船(ふね)――に乗って、南大西洋を航海している。

ぼくは今、こころよい昼寝の夢からさめる。そのさめた目の前すぐの空間を、音もなくスーツと紫の色美しいものが、静かな熱帯の大気をゆるがして落ちる。

ぼくはフクシアの木にとまっている。沙羅双樹(さらそうじゅ)の花ではないが、生者必滅(せいじゃひつめつ)の色を見ろやとばかり、今日もまた寂しいフクシアの花*がポツンポツンと時をこめて落ちている。

* フクシアの花
熱帯・亜熱帯原産の美しい花を咲かせる低木。
日本ではかつてホクシャと呼ばれていた。
Fuchsia 'Multa'Dominicus Johannes Bergsma, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

人のいない図書室の昼は快く静かである。つい半時ばかり前に好物のハエに首尾よくありついたせいか、どうやら腹がくちくて、とかく得意の瞑想(めいそう)に陥(おちい)りやすい。ところが、ちょっとここに断っておくが、昼寝をする前に心得顔(こころえがお)に、まず一通り仲間の動静を観察するのはぼくの癖である。

グルンと右の目をまわして斜(はす)に三十七度くらいの仰角(ぎょうかく)を作りつつ仲間のカメレオンの青公を見上げると、平常(いつも)しなを作るときにするように、四つの足と一本の尾とでしっかと木を握って背筋を中心にブルブルと身体を痙攣(けいれん)させている。

右とは反対に後方下へ向けた左の目には、いましも灰色から白色に変色しようとしている、これも仲間のカメレオンの白君が、まだ食い足らぬと見え、キョトキョトと目ばかりせわしそうにデングリ返しながら、のっそりのっそりと這(は)いまわっているのが映(うつ)る。

離れたところにある上甲板で次の当番の名前を読み上げる風下当番(リーサイド)の声が遠く聞こえる。フクシアの花がまた一つ、赤く紫に色即是空(しきそくぜくう)と落ちてゆく。自分の住んでいる木の花がかくも情けなく凋落(ちょうらく)していくのを見るのは少なからず心細い。

ぼくがかくのごとく心細く感じた時、ドヤドヤと不意に足音が聞こえて、二、三人の学生が入ってきた。その先頭に立った男は、かつて見知ったこの室(へや)の主人公である。船内では学習係とかいって図書の貸し出しと、学習の肝いりとを兼ねる偉い人だとのことである。口々に何事かわめきながら戸棚から一冊の厚い洋書を出し、鳩首(きゅうしゅ)して、あるページを忙しく読んでいるかと思えば、また時には変な気味の悪い目つきをして、各自(てんで)にまじまじとぼくの顔を眺める――

というだけでは、悟(さと)りの悪い人間に、何の前兆だかちょっと判断がつくまいが、聡明(そうめい)にして鋭敏なる観察眼を有する点において上甲板のシカに劣らざる自信を持っているぼくは、直感的に、頻々(ひんぴん)と彼らの提供する滑稽なる挙止(きょし)や動作(どうさ)のよってくる本来の意味と、簡単にして幼稚な彼らの胸中の心の動きを読むことができた。

かつて見たことも聞いたこともなかったカメレオンという動物を、思いがけずケープタウンで準備する間もなく手に入れてから、にわかに高まったぼくらに対する感興と趣味とは、彼らを駆って、ここに百科全書(エンサイクロペディア)に記載された項目を調べるに至ったのである。

ちょっと話の順序として、どんな悲惨(ひさん)なる経路をたどってぼくらがうまうまと、草かぐわしきアフリカの自由境から練習船(このふね)に誘拐(ゆうかい)されてきたかを語ったならば、いまさらに人間なるものが人間中心説(アンスロポセントリシズム)の大信者として傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にわがままな行為を強行する、得手勝手(えてかって)な動物であることを自覚するであろう。

それは心地よく朝晴れのした日であった。

茂りあう緑濃き木の葉の間から、悠々たる白雲の静かに行き来する、のどかに青い蒼穹(そら)を仰いで、すこびるご機嫌となっていると、こつぜんとして暴風と地震と雷とが一度に来たような一大衝撃が根から幹から枝へと樹木全体の緑の葉を一時にふるい落とすような勢いで響き伝わった。

この危機一髪の瞬間でも、衝動的、反射的、本能的機能を巧みに用いることができるぼくは、渾身(こんしん)の力をことごとく四足(しそく)と尾端(びたん)とに集中して、しっかりと枝をつかんだつもりであった。

ところが、この急な震動が静まって周囲の天地がようやく静謐(せいひつ)になってぼくの意識が明瞭に復活してきたとき、意外にも、残念にも、ぼくは仰向(あおむ)けに地上に倒れておったのに気がついた。

やがて、子供らしい一つの手が出てむづとつかんだと思ったら、「南無三宝(なむさんぽう)失敗(しま)った」と思わず口走ったぼくを、無造作(むぞうさ)に暗いポケットの中へと入れてしまった。

かくして同僚二匹とともに、フクシアの樹(き)にとまらせられて、うまうまと練習船(ここ)につれてこられたわけなのだが、実は、このホレイスという小童(こわっぱ)はその二、三日前に練習船(ここ)へ遊びに来て、学生を相手に、

「日本の絵はがきをくださいな」

「うん、やってもいい」

「くださるなら、あのう――カメレオンを捕まえてきますから」

「そうか、それはありがたい。よろしく頼むぜ」

……っていうような会話を交わしていて、その結果がこんなことになったと知っては、うらめしいやら悲しいやら情けないやらで、涙が大きな目からとめどもなく流れた。

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