ヨットの冒険の本とくれば、どうしても外せないのが、『ツバメ号とアマゾン号』や『海に出るつもりじゃなかった』など、現在ではランサム・サーガと呼ばれている、英国の作家アーサー・ランサムが書いた一連の作品群ですね。
前回に引き続き、後半六作をご紹介します。
『海へ出るつもりじゃなかった』 神宮輝夫訳 (We Didn’t Mean to Go to Sea)
海外での長期駐在から帰国する海軍士官のお父さんを迎えに河口の町まで行ったウォーカー家の子供たちは、高校を卒業したばかりの青年ジムと知り合い、彼が管理している帆船ゴブリンに乗せてもらうことになります。
ところが、燃料を調達にいったジム青年が不在の間に、子供たちの乗った帆船は霧にまかれ、錨を失い、外海へと流れ出てしまいます。
まったく想定外の出来事が連続し、湾から出ないというお母さんとの約束を守れず、否応なく、子供たちしか乗っていない本物の帆船での外洋航海がはじまってしまうのです。
ジョンやスーザンは必死で引き返そうとします。が、悪天候で思うにまかせません。
シリーズ中で随一の、荒れた海での航海についての迫真の描写が続きます。正真正銘の海洋冒険が克明に描かれていきます。
ランサム・サーガの最高傑作として推す人が多いのもうなづけます。
その結果、子供たちがどうなったかについては、実際に読んでみてのお楽しみということにしましょう。
ここでは少し視点を変えて、マーク・トウェインになれなかった(ならなかった)アーサー・ランサムという話を少しだけ。
マーク・トウェインといえば、『トム・ソーヤーの冒険』で知られるアメリカ最大のベストセラー作家の一人です。
トム・ソーヤーの続編として書かれた(スピンオフ作品ともいうべき)『ハックルベリー・フィンの冒険』は、トムの友だちである浮浪児のハックと逃亡奴隷のジムがミシシッピ川を筏で下る逃避行を描いたものです。
トムの冒険は、あくまでも児童文学の範囲で展開されますが、ハックの冒険はその枠を飛びこえてアメリカの社会そのものを描いており、ヘミングウェイはこう評しています。
「現代アメリカ文学はすべて『ハックルベリー・フィン』と呼ばれる一冊の本からはじまる。」
“All modern American literature comes from one book by Mark Twain called ‘Huckleberry Finn’.”
ランサムの『海へ出るつもりじゃなかった』も、大人たちの目の届く範囲のごっこ遊びから、予期しなかった事情により、子供たちだけで外洋を航海せざるをえない状況に追いこまれてしまいます。
特に責任感の強い長男のジョンは、葛藤しつつも懸命な努力を続け、少年から青年へと成長を遂げようとしており、ごっこ遊びではない本物の冒険物語の誕生を予感させます。
が、ランサムは彼らを子供たちが本来いるべき世界に戻してしまいます。
おそらく「あえて」そうしたのでしょうが、ちょっと残念な気もします。
もっとも、そのおかげで、読者はランサム・サーガの後期の作品群を楽しむことができるわけです。
読みごたえのある充実した作品は、まだまだ続きます。
『ひみつの海』 神宮輝夫訳 (Secret Water)
前巻で大航海をやり遂げたウォーカー家の子供たちは、次の夏休み、海辺の陸地や汽水域が複雑に入り組んだ場所(ティティは秘密の多島海と命名)にある、浮き沈みする不思議な島の地図を作るという新しい課題に挑戦します。
お父さんが一緒の予定でしたが、急な呼び出しでいなくなり、完全に子供たちだけでミッションが進められます。
いままでお母さんの胸に抱かれてばかりだった末っ子のブリジットが、はじめて探検隊の一員として参加します。
お父さんから渡された白地図に、探検し測量して知ったことを記入して、少しずつ地図を完成させていくのですが、むろん、そう簡単に終わるわけがありません。
不思議な足跡を見つけたり、地元の子たちとのなわばりをめぐるいざこざもあり、さらにサーガでおなじみの海賊姉妹ナンシーとペギーもやってきたりして、息もつかせぬ展開が続きます。
架空の物語ですが、子供たちが作った地図にそっくりな地形が実際にあるそうです(ロンドンから北東の方向にある某自然保護区)。グーグルアースなどで場所を調べて特定するのも一興でしょうか。
アーサー・ランサムはサーガ全体を通して、舞台となる場所はしっかり下調べをしていることが多いので、日本のアニメである聖地めぐりは、なにも今に始まったことではなく、ランサム・サーガでは昔から行われていることでした。
『六人の探偵たち』 岩田欣三訳 (The Big Six)
イングランドの湖沼地方を舞台とした、シリーズ唯一の探偵団の活躍を描いた作品。
ドロシアとディックの姉弟が、休暇でまた湖沼地方にやってきたところ、係留されている船が次々に流されるという怪事件に遭遇します。
『オオバンクラブの無法者』を読んでいる人にはピンときますが、これは同書でオオバンの巣を守るためにトムがやむをえずやった行為を連想させます。
そのときはトムが騒音をまき散らす大型クルーザーに追いまわされることになったのですが、それが尾を引いているのか、クーツ・クラブの仲間(死と栄光号の三人)が犯人だと疑われ、どんどん追い詰められていきます。
そのことに憤慨したディックとドロシアの姉弟は、年長のトムや死と栄光号の三人とともに探偵団(つまり、これが六人の探偵たち)を結成し、真犯人捜しに乗り出します。
ここではディックの姉のドロシアが意外な才能を発揮して活躍します。
彼女はウォーカー家のティティと同じく夢想家で小説家志望なのですが、「まだ、探偵小説を書いたことがない」ので、自分たちの拠点をスコットランドヤードに見立てて、犯人捜しの指令塔として奮闘します。
ドロシアと犯人との真意を読み合う心理合戦もなかなか奥深く、探偵小説としても完全に成立しています。
とはいえ、登場人物の人間関係などを理解するために、この作品はまず『オオバンクラブの無法者』を読んでおいてから手にとる方がよいでしょうね。
『女海賊の島』 神宮輝夫訳 (Missee Lee)
この作品は、『ヤマネコ号の冒険』の続編というか、スピンオフの作品です。
つまり、子供たちが本当に体験したことというよりは、彼らが想像し作り上げた架空の冒険譚で、今回は世界一周の途中だったヤマネコ号で火災が発生し、沈没してしまいます。
で、彼らは救命ボートとして搭載されていたツバメ号とアマゾン号に分乗して脱出します。
漂流の末に到着したところは、ミス・リーという女海賊が支配する島だった、、、
というわけで、竜踊りなど中国と思われる異国情緒たっぷりの異文化体験をまじえながら、海賊の島での生活が繰り広げられていきます。
ここでもハラハラドキドキの連続で、彼らは海賊に首を切られそうになるところまで追いこまれてしまいます。
ミス・リーは海賊だった父親を継いだとはいえ、イギリスのケンブリッジ大学で教育を受け、ラテン語研究が大好きという異色の経歴の持ち主。
いかにもランサムらしく、「海賊=悪者」という単純な勧善懲悪の物語になっていないところが読みどころと言えるでしょうか。
『スカラブ号の夏休み』 神宮輝夫訳 (The Picts and the Martyrs)
アマゾン海賊の姉妹ナンシーとペギー、それに母親と叔父のフリント船長が不在のため彼女たちの家に招待されたドロシアとディック姉弟の夏休みの物語。
スカラブ号とは、ドロシアとディック待望の自分たちのヨットです。それを使ってアマゾン海賊と存分にセーリングを楽しむつもりでした。
ところが、アマゾン海賊にとっては天敵の大叔母さんがやってくることになり、ナンシーとペギーは監視されて「お行儀よく」せざるをえず、面倒をさけるため、ドロシアとディックは山中の掘っ立て小屋に隠れ住むことになってしまいます。
原題のPicts(ピクト人)は周囲から迫害されて隠れ住んでいた古代ピクト人のことで、ディックとドロシアを指し、Martyres(殉教者)は大叔母さんに監視されてピアノを練習したりと、せっかくの夏休みをお行儀よくすごさざるを得なくなったアマゾン姉妹のことです。
とはいえ、犬小屋と呼ばれる小屋の屋根を修理したり暖炉で火をおこして調理したりと、アウトドアを楽しんでもいるドロシアとディックですが、大叔母さんの目を盗んできたアマゾン海賊から帆走を習ったり、『ツバメ号の伝書バト』で登場したティモシーに協力して鉱石の分析をしたりと、忙しい生活を送ります。
鉱石の分析に必要な器具をとりにフリント船長の部屋に入ろうとしたディックは泥棒に間違われ、警察が出動する騒ぎに。
しかも、そのあとで、ランサム・サーガのトリックスターともいうべき大叔母さんが行方不明になって、警察と消防隊が山狩りを開始したものだから、ドロシアとディックは……
今回も予測もつかない展開の連続で、読者はハラハラしながらページをめくることになります。
『シロクマ号となぞの鳥』 神宮輝夫訳 (Great Northern?)
ウォーカー家の子供たち、アマゾン海賊の姉妹にドロシアとディックの姉弟、それにフリント船長というランサム・サーガの主要人物が勢ぞろいし、借り物のシロクマ号で英国北東部の北海にあるヘブリディーズ諸島などへのクルージングを楽しみます。
その航海の終盤に立ち寄った島の小さな湖で、ディックは大オオハムという珍しい鳥の巣を発見します。大オオハムは原題のGreat Northernのことですが、クエスチョンマークがついているのは、あまりにも珍しくて専門家でなければ断定できないからです。
たまたま近くの港に有名な専門家が寄港しているのを知ったディックは相談に行くのですが、その専門家がとんでもないやつで、地元のゲール人を巻きこんでの鳥の卵を守るための活躍が繰り広げられます。
※ 大オオハムは、正確にはハシグロアビ(Great Northern Loon / Great Northern Diver)というアビ科の水鳥で、カモやカイツブリに似ています。loonは、水に潜る鳥の総称です。
番外編『Coots in the North and other stories(北部のクーツクラブと他の物語)』
これはアーサー・ランサムの遺作(未完成の断片)に他の短編をあわせて編集されたもので、1988年に作家の構想メモなどとあわせて出版されました。
ランサム・サーガとの関連でいえば、クーツクラブの死と栄光号のジョー、ビル、ピートの三人がメインとなる物語になっています。
ウォーカー家の子供たちやアマゾン海賊、ドロシアとディックの姉弟は、お金持ちではないものの(どちらかといえば)裕福な家庭の子たちですが、死と栄光号の三人の家庭は庶民そのもので、学校が休みだからといって避暑にでかけるほどの余裕はありません。そこで、知恵を使ってなんとか北の湖へ行く方法はないかと知恵をしぼり……
残念ながら邦訳はありませんが、平易な英語で書かれているので、挑戦してみるのも悪くないかも。
※ 岩波少年文庫のランサム・サーガではすべて神宮輝夫訳で統一されていますが、リストに掲載した訳者はアーサー・ランサム全集発行時のものです。
ランサム・サーガの12冊の前半の紹介はこちら