『海のロマンス』(現代表記版)の紙本

システムトラブルでオンデマンド出版の紙本の刊行が当初の予定より遅くなりましたが、やっとできてきました。

単行本として一般的な四六判ですが、結構分厚いです。こんな感じ。


(右は岩波文庫版の『白鯨 上』)

 

電子書籍版は国内主要販売ストアで販売されていますが、オンデマンド出版の紙本はアマゾン Kindle、楽天ブックス/KOBO、東京三省堂書店で入手可能です。

『海のロマンス』のオンデマンド出版による紙本について(最新)

オンデマンド出版担当の企業からの報告によれば、アマゾンから「システムトラブルは解消した」という連絡があったそうで、紙本の発行もまもなくと思われます(現時点で、まだサイト上での電子書籍と紙本の連携はできていないようですが)。

出版社(上記オンデマンド出版担当企業とは別です、念のため)の方からは、将来的なトラブル対策を兼ねて、オンデマンド出版のチャンネルを増やす旨の連絡が来ています。

アマゾンに加えて、楽天ブックス/KOBO、実店舗の東京・三省堂書店でオンデマンド出版が可能となるよう手配したそうです(8月下旬には実現見込み)。どこで購入してもまったく同じです。

ちなみに電子書籍の方は従来から国内の主要販売サイトで入手可能になっています。

なお、電子書籍は税抜き価格で500円ですが、紙本の方はその7,8倍の4000円近くとかなり割高になります。標準的な電子書籍の表示で700ページ、四六版の紙本で550ページ程度と、普通の新書の2~3倍程度の分量があるのに加えて、カラーの図版がかなりあるためです。

判型を大きくして、モノクロにし、さらに活字を小さくして二段組みにでもすると、多少は安くなるようですが、そうなると、一定の年齢以上の方には字が小さすぎて読みにくい、、、など、なかなか一筋縄ではいきませんね。

ちなみに、高価な紙本の収益は安価な電子書籍より少ない(4000円近い価格でもほとんど利益が出ないとか(^_^;

『海のロマンス』(現代表記版)の刊行は7月18日(海の日)

米窪太刀雄著『海のロマンス―― 練習帆船大成丸の世界周航記』(現代表記版)は

7月18日(海の日)に刊行予定です。

 

システムの都合上、電子書籍版の刊行後、紙本(ペーパーバック)が利用可能となるまでに最大1~2週間かかる可能性があります。

※ 電子書籍に関しては国内のほとんどの主要電子書籍販売サイトで入手可能ですが、販売開始時期は多少前後します(こちらも1~2週間程度)。

あしからずご了承ください。

現代語訳『海のロマンス』160:練習帆船・大成丸の世界周航記(最終回)

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第160回: 最終回)

土産(みやげ)話

古い言いぐさだが、「なくて七癖(ななくせ)……」という諺(ことわざ)がある。たいていの人は何かしら癖を持っているという。もちろん、ぼくも持っている。しかも毛色(けいろ)の異(かわ)った妙な癖を。

十二、三歳から二十歳(はたち)ぐらいまでの、美しい、従順(すなお)な、かわいらしい娘の多い家庭にお客となって、若い華(はな)やかな雰囲気(ふんいき)に包まれながら、強烈(きょうれつ)なる色彩とかんばしき芳香(ほうこう)とに富んだ若い生を味わいたい――と、これがぼくの癖である。

しかし、何らの野心も、謀反(むほん)も、冒険もない。ただ、そういう華(はな)やかな家庭の空気にふれていればよい。念のため、ちょっと断っておく。

敏(とし)さんと百合(ゆり)ちゃんと武(たけし)君の家庭は、そういう意味から、ぼくの勝手に選定した家庭の一つである。先方(むこう)ではさぞかし有難迷惑(ありがためいわく)であろうが、とんだ者に見こまれたのが災難と、あきらめてもらいたい。

十五ヶ月ぶりで──どうも「十五ヶ月ぶり」が多いようだが、ぼくらのようなコスモポリタンにとっては、誇(ほこ)りと欣喜(よろこび)とを感じるこんな嬉しい言葉はない──勝手(かって)知った玄関口に立つ。敏(とし)さんが、ニコニコ笑って出てこられる。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』159:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第159)。

帰山の途

……広い桔梗ケ原(ききょうがはら)*の片ほとりに、幾星霜(いくとしつき)をさびしくたたずんだ村も、今日はさまざまな秋の草花と、歓迎の文字を記(しる)した色とりどりの旗とで、盛装した花嫁のごとく飾られ、軽く喜んでいる村人の心を、さらにはしゃがせるように、さらにそそのかすように、陽気な昼花火が、青い高い秋の空に男らしく砕け散る。

* 桔梗ヶ原  長野県塩尻市にある、奈良井川の扇状地。

古いモーニングを着た村長殿、中尉の制服をいかつく身体にまとった在郷軍人の団長、黒門付(くろもんつき)に仙台平(せんだいひら)の村会議員、タンスの底からいま出したばかりと──その畳(たた)みジワで一目に証明している──とっておきの矢絣(やがすり)を着た、日焼けしている娘たちがみな、一斉に小さな村の停車場(ステーション)に集まる。

四時の時計が、暮れやすい高原の夕景を先導するようにさびしく高く鳴ると、三千の群衆はすわとばかり襟(えり)をととのえる。飯田町(いいだまち)一番の列車が堂々たる様子で構内に進み入って、「万歳」の歓呼(かんこ)のうちに、商船学校の制服を着用した色の黒い、小さな男がプラットホームに出る。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』158:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第158回)

あれ、芙蓉峰(ふようほう)が

十月十六日朝――時、船は薄曇りにとぼけた空と、昨日のシケがきまり悪げにまだ十分に静(しず)まらない海との間を、心細く前後左右に揺れながら、危なかしげに進んでいる。

涙にうるむ声をあげて、「微笑(ほほえみ)のうち涙あり」と、悲しき、嬉しき、はずかしきすべての情操(じょうそう)を傾けつくして歌いこがれたその翌日である。

船の右舷(うげん)の水平線には、大島を先頭に、利島(としま)、新島(にいじま)、式根島(しきねじま)、神津島(こうずじま)、三宅島(みやけじま)……と例の伊豆の七島が、あるいは平たくうづくまり、あるいは円錐形(えんすいけい)に高く「直立不動」をしている。みな同じ色の淡い藤紫の色に染まりながら……。

この苦しい楽しい長途(ちょうと)の航海から帰ってきた練習船(ふね)を迎えるように、一斉に勢揃(せいぞろ)いした列島(しまじま)にそそいだ視線を左に転じると、白く、黒く重なるSの雲*の下に曙色(あけぼのいろ)に光っている伊豆の山脈が見える。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』157:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第157回)

微笑(ほほえ)みて泣く

その後、四日ぐらいの間隔で汽走と帆走とを交互に用いて、十五ヶ月の間、眠って夢を見ている間も忘れることのできなかった日本の海近く進んできた練習船は、十日の午後四時、最後の汽走に移った。

八日に校長から「諸員の辛苦(しんく)と勤労(きんろう)とを感謝す。健康の回復は最も喜ばし」との祝電を受けた頃から、人々の心は喜ばしいような、忙(いそが)しいような、泣きたいような、むやみと軽い心になって、ただもう小児(こども)のように、いくつ寝たら紫(むささき)匂(にお)う江戸の海へ入るだろうかと指折り数えてばかりいた。

各部屋では、ひげ面の大男が、鹿(か)の子やリンゴを賭(か)けて、館山(たてやま)に到着する日を当てようと一生懸命になっている。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』156:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第156回)

十、南洋の思い出

九月二十二日にコーリング・ワーフに横着けし、きたるべき大汽走航海の準備として約二〇〇トンの石炭を積みこんだ練習船は、九月二十四日の満潮時に、この紫山緑水(しざんりょくすい)の美島(びとう)を辞(じ)した。

午後四時ともなれば、きまったように必ず青く茂った山から吹き下ろしてくる涼しい陸軟風(りくなんぷう)、豊かな広々とした湾水(わんすい)を美しく染めるしんみりした暖かい港の灯(ともしび)や、馬車の燈(あかり)など、アンボイナのなつかしい情趣的印象。

のみならず、「南洋の島」の回想には、いろいろの面白い滑稽(こっけい)なことがある。

ビマで古シャツ一枚と刀一本、手ぬぐい一本と槍(やり)一筋(ひとすじ)などという値段で物々交換をした翌日、上陸してみると、今までの黒い裸体の上に、きれいさっぱりと洗い流した上着やシャツを得意気(とくいげ)に、羽織(はお)ったにわかこしらえの「文明人」が威風堂々と小さな草葺(くさぶ)きの家から出てくる。当人のつもりでは、スンバワ島第一のハイカラ、第一の先覚者をもって任じているらしい。明治初年に、ネクタイもつけずフロックコートを着て威張っていた大臣(だいじん)や参議(さんぎ)の連中と同工異曲(どうこういきょく)の、得意満面の心持ちでいるのだろう。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』155:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第155回)

八、大瀑布(バテガンドン)

こんな話を道連れになった島に住んでいる日本人の口から聞きながら、足はいつのまにやらシダ類が密生し繁茂(はんも)している、けわしい山道に入っている。今日はバテガンドン――アンボイナ市街の南西方向にある、谷間にあるという瀑布(ばくふ)――つまり、滝を見に行こうというので、友と二人して船から上がってきたのだ。

ココアやデイントパームやロイヤルパーム、芭蕉(ばしょう)などが、暑い熱帯の直射光線をさえぎって、清水が音を立てて流れている渓流の面(おも)から吹き上がってくる涼しい風が、汗ばんだ帽子のつばの下を気持ちよく吹いて通る。

瀑布(バテカンドン)は巨人の大きな斧で断ち割ったような岸壁の間から、冷たい清冽(せいれつ)な水が落ちるところにあった。 続きを読む

現代語訳『海のロマンス』154:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第154回)

美港アンボイナ

豊果(ほうか)の王として世界に名高きマンゴステンと、山紫月明(さんしげつめい)の涼夜(りょうや)をもって、世にうたわれているアンボイナ港は、山影(やまかげ)蒼(あお)く、静かなる天然の良港である。

常に気ぜわしい心を抱いて、泊地から港へと忙(せわ)しい思いをはせるのが船乗りの生活である。

九月七日、ビマに投錨した練習船は、同九日午後にはすでにアンボイナへと向かう途上にあった。そして、十五日午前二時、つまり真夜中に、ここ南洋の美港アンボイナの静かな夜の空気を揺るがして、その深い蒼(あお)い湾(うみ)に重い錨(いかり)を投げた。

アンボイナは港湾としての価値からみても、景観をめぐる嗜好(しこう)からみても、実に申し分のない好い港である。適当な広さの港口(こうこう)、錨地(びょうち)(陸岸から一町ばかり)において平均七十尺(約二十メートル)にあまる深さを有するその水深、疾風(ゲール)や怒涛(どとう)を決して経験することのない、その地理的位置。これらはすべて、前者、つまり港湾としての価値を満足させる好条件である。 続きを読む