ヨーロッパをカヌーで旅する 36:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第36回)


スイスの国境付近のホテルでは一般にドイツ語とフランス語のどちらも通じるし、人々はこうした外国の旅行者の相手をすることにも慣れている。

とはいえ、村をめぐる川旅では、こうした便利なウェイターや複数の言語ができる案内係がどこにでもいるというわけではない。つまり近くにいる人とか、ぶらぶら歩いている通行人に話しかけるしかないわけだ。

言葉が通じない外国からの旅行者と頻繁に接する機会のある人々は、少しずつ「身振りで示す言葉」を習得していく。互いに同じような仕草をやっていると、仲間意識も芽生えてくる。そうなってくれば土地の方言とかなんとかってことも関係がなくなって、カヌーを運ぶ手伝いをしてくれる人を見つけたりするのも簡単だ。つまり、こんな風にやるのだ。

まずカヌーを岸につける。カヌー内部を片づけ、スポンジで水を拭き取ったり、スプレースカートを外したりしていると、そのうち人々が集まってくる。そこで、ズボンのベルトを締め直して歩く用意を整えておく。、ニコニコしながら周囲を見まわし、気のよさそうな人を探し、英語で丁寧に次のようなことを話しかける。身振り手振りは、自国語でその内容を説明しながらやると、より自然にできるようになる。「え~と、ずっとご覧になってたので、ぼくが何をしたいかわかりますよね。これからホテルに行きたいんですけど、そう、ヤ・ド・ヤ。ほら! あなた、──そう、あなたですよ! カヌーのそっち側を持ち上げてくれませんか、そう──そっと、ね、ゆっくり、ゆっくりですよ!──いいよ、そう、腕の下に、こうやって。そう。じゃ行きましょうか、ホテルまで」

となると、自然に行列ができる。子供たちが面白がって先導してくれる。そういうのが好きな子供って、どこにも必ずいるものだ。ギリシャ神話の上半身が人間で下半身が馬のシーレーノスを取り囲む家畜神のファウヌスのように、皆がカヌーを取り囲み、踊るように飛び跳ねたりしている。女たちはそれを見つめたまま、群衆が通り過ぎるまで、おとなしく待っている。土地のお年寄り連中は行列から少し離れた安全なところにいる。こうした行進は、じっくり眺める価値があるのだろう。
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というような具合に、身振り手振りで何かを伝えたいときには、それにあわせて、彼らがわかるような名詞や副詞をその国の言葉で一言、口にするだけで足りる。その代わり、はっきりと発音し、正確に使う必要がある。それが相手にうまく伝わりさえすれば、後は無言でも、全体として間違いだらけの下手なドイツ語でも、うまく理解してもらえる。

とはいっても、その肝心の名詞が思い出せなかったり──あるいは、そもそもそういうことすら下調べしていなかったり──した場合でも、しっかり考えてやれば、それなりに分別のある人が相手の場合は身振り手振りでもかなりの程度正確に伝えることができる。こんな風に──

少し前のことだが、北アフリカのチュニジアにあるカルタゴを出て、アルジェリアの海岸沿いにカヌーで旅したことがある。案内人は、現地で見つけた生粋のカビル族の男だった。どこに行きたいかについては、あらかじめ彼と契約し、訪問地のリストを作っておいた。ところが、その案内人は、ぼくが訪問を希望していた場所を平気で通り過ぎていくではないか。

ぼくはそれを伝えようとしたが、どうしても通じなかった。というのは、ぼくのアラビア語はシリアで覚えたもので、彼の言葉とは発音が違っていたのだ。そうしたある夜、ラバを飼っている集団と出会い、長老がぼくらをジプシーの馬車のような小屋に泊めてくれた。そこで、ぼくは英語で話しながら身振りで目的地について長老に説明した。この案内人はぼくの希望する場所を通り過ぎてしまったのだ、と。それから、ぼくはその場所の名前を発音してみたのだが、全部違っているか、相手にわからせることはできなかった。その場所は「マスクタイン」とか「魅惑的な水域」と呼ばれているのだが、火山性の美しい渓谷で、いたるところで水が沸き上がるように流れ、小さな塩の山ができているところだった。

月の光に照らされて座りながら、身振り手振りでこのむずかしい場所について伝えようとした。ぼくはパイプを砂に浅く埋め、手に水をくんだ。アラブ人はこうした身振り手振りの言葉が好きなので、長老は穴のあくほど見つめている。ぼくは掌の水をパイプのボウルの火に上から降りかけ、吸い口から息を吹き込んでそれを砂ごと吹き飛ばした。その間もずっと英語では説明をしているのだ。同じことを再度やってみた。すると、このイシュマエル*1の子孫の黒い瞳がパッと輝いた。彼は額を打ち、飛び上がった。「わかった」と言っているのだ。それから彼はいびきをかいていた連れのガイドをたたき起こし、大きな声でそのことを教えた。それで、ぼくらは翌日、ぼくが行きたかった場所にまっすぎ向かうことができたのだった。



訳注
*1: イシュマエル - 聖書の創世記に出てくるユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信仰する人々の始祖とされるアブラハムの長男。

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