現代語訳『海のロマンス』62 練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第62回)

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海上の墓場 上、マゼランの世界一周

……かくして世界周航の針路は、パタゴニアの西海岸に沿って北寄りに進み、次に西北、次に真西に向かい、羅針盤の針はマリアナ諸島を指している。


……さても浅はかな人知で察することができない、広大無辺(こうだいむへん)の海洋(うみ)のたたずまいよ!!!
白雲は悠々(ゆうゆう)たり! イルカは嬉々(きき)たり!!!
船は風に送られ雲に導かれて、洋上に出没する太陽を見ること九十八日に及んだ。


……かかるうち、飢餓(きが)と壊血病(かいけつびょう)は人々を襲い、ついには大枚二円八十銭にて一匹のネズミ(船倉などにいる)を買って食うのは、孔雀(くじゃく)の舌よりも、大牢(たいろう)の美食よりもぜいたくなり、と噂されるにいたれり……

と、マゼランの世界周航記に書いてある。

マゼランが自分の名前が冠せられることになるマゼラン海峡を発見して通過を開始した第一日は一五二〇年の十月二十一日で、当日は聖(セント)ウルスラの祝日*1であったから、海峡の右岸は「一万一千の聖女の峰」と名づけられた。左岸の陸地には、ちょうど焚火の火が見えていたことから、ティエラ・デル・フェゴ(火山の島)と彼らは呼んだ。

*1: 聖ウルスラの祝日とは、ドイツ・ケルン地方に伝わるキリスト教徒の聖処女伝説の聖女ウルスラを崇敬する日である。
現在は実際に存在していたのか疑問視され、カトリック教会の典礼暦からは削除されている。

かくて三十八日間の探検の後、彼らの船は、いまだ旧世界の船舶が訪れたことのない新しい海に浮かび出た。雨に風にさんざんに大西洋の時化(しけ)に苦しんできたポルトガルの船乗りは、意外にも平和な海を見て、嬉しさのあまり「太平なる海、太平洋」と命名した。

後年、ある詩人がこの「この偉大なる海の人」を賛美して、

風はおだやかに吹き、泡立つ海は白く散る
白き波頭、快(こころよ)き海風
われこそは、この静かなる海へ
浮かび出でたる第一人者なれ

しかし、ぼくはこのメル・パシフィコ(太平洋)には異論がある。ぼくらのいままでの経験によると、同じ気候(冬ならば冬)という条件下では、太平洋といえど、その時化(しけ)の苛烈(かれつ)さにおいて、ことさら大西洋に劣るものではない。

「風が吹けば、海が荒れ狂う」という諺(ことわざ)さえある。北部にはストームがあって、南部や西部にハリケーンや台風が存在する太平洋は、その面積が広いだけ時化(しけ)方もまた大変である。察するところ、豪胆(ごうたん)にして、しかも一方で思慮に富んでいたマゼランは、後輩たちが他日安心してその生命と船舶とを信頼させるにたる十分な効果をもたらそうとひそかに考えて、この美しく泰平なる名前をつけたのであろう。

中、ケープホーン回航

一月六日。南緯五十六度十八分、西経七十度二十五分。ディエゴ・ラミエズ島(ケープホーンの西南六十海里)まで五十五海里となった。

風は相当に強いが、心持ちは極めて爽快である。「ロワーゲルン*2下ろせ」の士官の号令も勇ましく、「バントラインで帆をたため」の笛の音もまた勇ましく、緊張したリーサイド(風下舷)の伝令にこたえて、当直員の興奮した復令(アンサーバック)が一瞬の油断を示さぬいきおいで、りりしく甲板(デッキ)に湧く。

*2: ロワーゲルン - 帆船の横帆の一種。帆の名称は、マストの上からロイヤル、アッパーゲルン、ロワーゲルン、アッパートップ、ロワートップ…と続く。
ちなみにゲルンは、(トップ)ギャラン(topgallant)がなまったもの。
帆船の種類や艤装によってマストや帆の数や名称も変わることが多い(セールトレーニングが行われている現代の帆船でも、船ごとに名称が微妙に異なっていたりする)。

パラパラと白い服の練習生たちが動いて、帆は絞(し)め殺されるニワトリの羽のごとくバタバタと揺れ動く。リギンを伝う黒い五、六の姿が見えたと思う間もなく、なにくそっというように帆桁(ヤード)の上で赤い太い手が一斉に動いたと思ったら、帆は意気地なくもスラスラと巻きつけられる。なんとなく頭脳(あたま)は興奮し、身内の肉が引き締まるような気分である。

何たる男性的な作業であろうぞ。

展開している帆(ほ)は、前帆(まえほ)とミズンの下(した)トップスルの二枚だけである。

さすがにケープホーンの風と海とは「海上の墓場」だけにものすごく吹き、ものすごく荒れる。風力は十一(時速八十マイル、風速三十五メートル)*3に達し、波はそのひとつの「山と谷」とをもって十分前帆(まえほ)を超えるほどに大きい。夏でさえこれである。一日の四分の三は暗黒(やみ)の海を行く冬季のケープホーン航海!!! 考えてみただけでもぞっとする。

*3:現代では、風の強さは「ビューフォート風力階級表」を用いる。これに換算すると時速八十マイルは最高ランクの十二を余裕で超え、台風並みである。
ちなみに日本で海上風警報が発令されるのは風力七、十を超えると海上暴風警報になる。

油が四か所から流され、ハッチはとっくの昔に閉鎖されている。ライフラインは縦横に引かれ、補助エンジンが点火され、「大成丸式荒天準備」はいかんなく準備された。

かくして四時間交代の半舷当直(ワッチアンドワッチ)の夜は明けて、一月七日の午前二時となる。

「海上の墓場」として船乗りに恐れられ、船乗り稼業の「免許皆伝道場」として海の子に親しまれ、「海のアルプス」として海洋詩人に歌われたケープホーンを、大正二年正月七日午前二時、その十八マイル沖をかわして無事通過した、らしい。

なるほど通過したのは間違いない。夏季(かき)のケープホーン沖は、海上一面にもやが立ちこめ、水平線もケープホーンも見えたものではない。

なんとなく物足りないケープホーン「通過」である。これが命を賭(と)して、一か八かのサイコロを振るところとはとうてい思われない。これが英国の海事会社で海員の志願者に課する試験項目のうちで最も大切なものとして「なんじはこれまで何度ケープホーンを通ったか?」とという質問が出るほどに、船乗りが誇りとするところだとは思われない。

現実に、網膜の上に灰色の岩塊を映じてフフーンと合点するまでは、実感が持てないし、なかなか納得できそうもない。

かくして、息のつまるような風と、むやみに荒れ騒ぐ波と、陰気な気持ちの悪い霧雨との間を、一時間七マイルぐらいの速力でしゃにむに乗り切った船は、午後三時ごろ、ズルロードの仮泊地に近づく。

近づくに従い、海はようやくおさまり、風ようやく死に去って、薄暮当直(イブニングワッチ)に立つ頃は、いままでの修羅場はどこへやら、しとしと細かいやわらかい雨が帆のない裸マストに降りそそぐなかで、船はユラリユラリとすましてござる。

ここにおいてか、ケープホーンの偉さ加減、恐ろしさ加減が、なんとなくしみこんでくる。

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