ヨーロッパをカヌーで旅する 55:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第55回)
eyecatch_2019
今回の航海では、北に行ったり南に行ったり東や西に進んだりと複雑なコースをたどったので、中央ヨーロッパの多くの国や王国などをカヌーでめぐったことになる。すなわち、オランダ、ベルギー、フランス、ビュルテンベルク王国、バイエルン公国、バーデン大公国、レーニッシュ共和国、プロイセン、パラチン伯の領地、スイス、そしてかわいらしいホーエンツォレルン=ジグマリンゲン公国*1である。そして再びバーデン大公国まで戻ってきたことになる。ここでは、旅行者はすべて言動に注意しなければならない。

*1: ビュルテンベルク、バイエルン、バーデン、レーニッシュ、プロイセン、パラチン、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲンは、かつて中央ヨーロッパ(現在のドイツ)に実在した小国。
大公や公爵などの貴族の領地で、江戸時代における日本の藩に似ている。

そこを出発するときには、元荷馬車屋の主人がカヌーを家からライン川まで運んでくれ、また元気で会おうと激励してくれた。ラウフェンブルクの滝の近くでは、「ずっと右側を通る」よう心がける必要があった。というのは、イギリスのある貴族がこの滝に吸い込まれて溺れたことがあるからだ2。さらに、ラインフェルデンの急流にも注意を払わなければならない。なぜかというと、あるイギリス人が漁師を乗せた小舟でこの急流を下ろうとしたのだが、舟が転覆してしまって漁師が溺れたという事件があったからだ。ぼくとしても、このあたりでは警戒を怠るわけにはいかなかった。そういう危険な場所は他にもいたるところにある。いろんな方角から来た流れが合流しているところだからだ。とはいえ、自分の体験談を話してくれる人がいたので、少し安心もした。その人は疑いもなく身も心もくつろいで朝食を食べていた。この近辺では皆がするように、肉を小さく切りってはフォークを右手に持ち替え、満足しきって一つ一つ口に運ぶのだ。

原注2: この溺れた貴族というのはモンタギュー卿だ。
一族最後の人で、その同じ日に、英国サセックスのカウドレイにある自邸も燃えて灰燼に帰した。

帆を揚げよう! 東の風が強く、川幅もかなり広くなってきたので、この追い風を利用しない手はない。高い岩壁や豊かな牧草地、あるいはブドウが積み重ねられたテラスといった風景をながめながら帆走するのは快適だった。午前は気持ちのよい風だったが、それがいきなり疾風(ゲール)にまで強まった。あわててジブ(前帆)を下ろした。きわどいタイミングだった。ミニ・ハリケーンとでもいうべき突風が吹いて、川沿いの道では土ぼこりが高く舞い、通行人の帽子や干し草、木々の葉や枝も空中高く吹き飛ばされている。

ラグセイル*2と呼ばれるメインの帆は揚げたままだった。風は川の流れと同じ方向に吹いているので、人生でこれほど速く帆走したことはないというほどのスピードで突っ走った。ちょっとした竜巻のような旋風が上空で吹き荒れているときに、軽いカヌーを安全に操作するのは大仕事だ。半時間ほどだったが大忙しで、アドレナリンが出まくる大興奮のひとときだった。

*2: ラグセール - マストからヤードと呼ばれる横木を吊り上げ、そのヤードに四角形の帆を取りつけたもの。横帆の一種。

jib-lug-sail_
マクレガー本人が描いた絵から

そういう状況だったので、怒鳴ったり叫んだり上着を振ったりしながらカヌーを追いかけて走っている若者がいたのだが、ぼくはしばらく気がつかなかった。で、彼の方に近づいていき、カヌーを風上に向けて帆から空気を抜いて、挨拶した。「どうしたの?」 

すると、彼は息を切らしながらドイツ語で言った。「タキだよ、その先に滝があるんだ!」──風に押し流されるように突っ走って、いつのまにかラウフェンブルクの滝から百ヤードほどのところに来ていたらしい──風の音で、滝の轟音が聞こえなかったのだ。

ぼくは川を横切って右岸に向かった(荷馬車屋の主人がそう教えてくれた)。だが、この若者は大きな声で「ヒダリ」つまり「左側」と叫んでいるようだった。結論からいうと、この若者の言うことが正しかった。ぼくはすぐに帆を下ろし、川岸に係留した。この立派な若者は、あと二分もすれば川は湾曲し、そのまま恐ろしい流れに乗って滝の上まで運ばれてしまうと説明した。

彼がカヌーを載せて運べるような荷馬車を探しに行ってくれたので、ぼくはその間にカヌーを高い土手の上に引っ張り上げ、荷馬車で運ぶ準備を整えた。やがて、若者は不気味な風采の御者と珍妙な馬車を連れて戻ってきた。馬車ではなく、乳牛で引く、一風変わった荷車だった! カヌーをこの荷馬車ならぬ牛車に積みこむ。珍妙な組み合わせに、ぼくら三人はゲラゲラ笑った。乳牛は力強く蹴って進んだ。蹴っていたのは荷車なのか、カヌーなのか、あるいはぼくらの笑い声かもしれない。

[ 戻る ]    [ 次へ ]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です