ヨーロッパをカヌーで旅する 26:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第26回)


第五章

ドナウ川の両岸の切り立った断崖は徐々に緩やかになった。道も川の近くを通るようになって、景観も地味というか、よくある風景になってきた。

道の方からガタンゴトンという音が少なくとも半時間ほど聞こえていたし、二頭立ての長い馬車が早足で駆けてくるのも目にしていた。その馬車は明らかにぼくのカヌーと速さを競っているようだった。馬車からはしきりに何か合図がなされていたので、ぼくは漕ぐのをやめた。すると、馬車も停車し、一人の男が飛び出してきた。炎天下に帽子もかぶらず、息を切らせ、野原を横切ってくる。その後に女性が二人続いていたが、どちらも同じように急ぎ足だった。その男はドイツ人で、ロンドンにも短期間だが住んでいたことがあり、現在は一ヶ月の休暇で母国にいるのだった。彼はぼくがカヌーをとめて連れの女性たちに見せてくれた「親切」に大いなる感謝の意を表した。村でカヌー旅の話を耳にして数マイルの距離を追ってきたのだという。またそれとは別に機会では、三人の若者が暑さにあえぎながらカヌーと並走していた。木や石につまづいてひっくり返ったりしている。そういう過激な駆けっこを一マイルも続けた後で、ぼくは何でそんなことをしてるんだいと聞いてみた。すると、この善人の村人たちは、この先に難所があることを、ぼくがそこにさしかかる前に教えてやろうと、わざわざ追いかけて来てくれたのだった。

見ず知らずの人間にそこまで骨を折ってくれるというのは、究極の親切だと思う。それで、ぼくは彼らの手助けをありがたく受け入れた──本音を言えば、その程度の難所は、ぼくにとって難所でも何でもなかったのだが。すると、彼らは目的が果たされたことに喜び、大いに満足し、言葉も元の高地ドイツ語の一種の純粋なシュワーベン語に戻った。

何度も折れ曲がったり急流を下ったりしした後、なんとかジグマリンゲンの町に着いた。住人は三千人足らずだが、どこか貴族的な雰囲気があった。この地域全体の人口は五万二千人にすぎないが、大公と呼ばれる人物が存在している。いわば「ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン公」という立派な名を冠した領主がロンドンの小教区ごとに存在しているようなものだ。その昔、地理の本でこの小公国を見かけるたびに失笑したものだが、ぼくはもう二度と笑ったりはしない。というのも、この地には世界で最も美しい景観の川が存在しているし、破滅的な戦争で爆発寸前の火種に点火する火花という、情け容赦ない興味がこれからも常につきまとうだろうと思われるからだ。

ここには、きれいな庭園がいくつかあった。すばらしいプロテスタントの教会が一つと立派な店も数軒あり、丘陵には複数の城が見える。しかも、高い岩山にそびえている古い方の城はよくある姿ではあるものの絵のように美しい。と同時に、ご先祖が入植したこの地は激動の地でもある。ぼくが宿泊したドイツ・ホフは開業したてのホテルだった。ぼくが客となった最初の英国人というわけだが、その英国人客がカヌーや野次馬と一緒に入口までやってきたときには、従業員一同を含めてハチの巣をつついたような騒ぎになった。ぼくの相手をしてくれた給仕はロンドンのバッキンガム・ゲートにあるパレス・ホテルで一年間の研修を終えたばかりの新人で、食事のときはぼくの横にいて、何かと英語で世話をしてくれた。自分の英会話の能力が必要とされていることをとても喜んでいた。

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