ヨーロッパをカヌーで旅する 43:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第43回)


湖の行きどまり付近で、射撃の標的がずらっと並んだところに出くわした。そこでは、スイス人たちが短い距離からの射撃を行っていた。的を狙うためにレンズや架台、腕につけるストラップやヘアートリガーなどを備えていたが、そのすべてが安っぽくて、カバーまでつけてある。こういう仕掛けの扱いには熟達しているようだが、そうしたものを装着していることで、結局はオモチャの銃のように見えるし、ベルギーやフランスで見るような石弓からさほど進歩しているとも思えない。ベルギーやフランスでは、男たちは柱に固定した詰め物のコマドリを標的にして集まってくるが、的は撃たず、休憩と称してはビールを飲むのだ。

スイス人は射撃はうまいし勇敢なので、侵略したりする者がいれば苦戦するだろう。とはいえ、ライフル射撃の件では、二百ヤードという短距離で素人が窓から射撃する訓練は、ウインブルドンの勇ましい連中と比べると、本当に子どもっぽく見える。あそこでは、ヒースの生い茂った平地の、炎天下だったり豪雨だったりするなかで、頑健なヨークシャー生まれの男たちが忍耐強いスコットランド人と相対し、嵐などものともせず千ヤードも離れたところから破壊力のある銃弾を浴びせたりするのだ。

射撃手たちから離れたぼくは、集落の前を漕ぎ進みながら、立ち並んでいるホテルを吟味し、外観から最高の宿を判断しようとした。すると、ツーク湖のボートの連中が見慣れないカヌーを調べようと近づいてきた。あら探しでもするような様子で、周囲をグルグルまわっている。ちょうど地元の犬たちが迷いこんだよそ者の雑種の犬の周囲を、もったいぶってグルグルまわっているような感じだ。こうしたボートはすべて、ぼくのカヌーよりは大きかったし、そのほとんどは塗料を厚塗りして光っていた。とはいえ、どれも、オールさばきはうまくなかった。そうしたボートの一つに乗っていたフランス人がいろんな質問をしてくる。そうして、湖での釣り情報も含めて、ツーク湖に関するすべての情報を早口で教えてくれた。最後に、最上というホテルを教えてくれたので、それを目指し、ぼくのカヌーを先頭に、この一大艦隊は埠頭へと進んでいったのだった。ホテルの女主人も親切で、カヌーをホテルの馬車置き場に安全に保管できるよう手配し、戸締りできるようにと南京錠のカギまで渡してくれた。食卓では、ロンドンから来た友人たちと一緒だった。そのときは、外国人に取り囲まれた孤独な放浪が終わったという感じすらした。夏になると、イギリスから観光客が大挙してこの地に訪れるのだ。

翌日は早朝に出発した。山々には霧がかかっていた。が、それもすぐにモスリンのカーテンを開くように晴れていった。湖畔のかわいらしい別荘の近くを通り、リンゴの木が植えてあるあたりで、風を受けてセーリングするために帆を揚げた。カヌーを海上に浮かべたままマストを立てて帆を揚げるのは結構むずかしい。カヌーを陸に引き上げておいてから帆を揚げる方がずっと簡単だ。何度か練習をしていたので、ぼくは「海上」でマストを立てて帆を揚げることができるようになっていた。それだけではなく、立ち上がって上着を着がえたり、マストヘッドに旗をつけたり、あるいは急流の波に揺られながら厄介そうな水路を高い位置から眺めて調べたりすることができるようにもなっていた2

原注2: カヌーで立ち上がる練習は、視界を遠くまで広げるときにも非常に有益だし、水面下に隠れている岩礁を調べることも可能になるので、一、二週間その練習に費やすだけの価値はある。

スイスの湖でのセーリングは、それまであまり使う機会もないまま、はるばるマストや帆を運んできただけのかいはあったと思わせるものだった。実際、川をカヌーで下っていると、帆走用のリグがなんとも邪魔に感じるときもある。それは帆をまったく利用できないときだ。広い場所で風がよく帆をまた使えるようになると、面倒でも持ってきてよかったと再認識する、ということの繰り返しだった。風があまりないときのセーリングでは、じっと座っているわけにもいかず、パドルを使って漕がなければならない。そよ風でも吹いてくれると、背もたれにもたれて寝そべったり、足を適当に伸ばし、ま、気が向いたら水につけた状態でもかまわないが、そうやってのんびりすることができる。帆は太陽をさえぎって影を作ってくれるし、へさきからは波切り音も聞こえてくる。切り裂かれた波は船尾近くで泡立ちながら後方へと流れ去る。帆を揚げていると、遠くの山々は「高い」マストヘッドのさらに上に見えるので、そうした山々の頂上はそれまでより高くなったように思える。岸辺の黒い岩は、クリームのような帆との対照でより黒く見える3

原注3: ヨルダン川では、ロブ・ロイ・カヌーの帆は染めた紺色だった──アフリカの太陽の日射しをやわらげるためと、友好的とはいえないアラブ人の視線を避けるためだ。それと反対に、人里離れた東岸では、雇った通訳が遠くからでもわかるように、ぼくは真っ赤なジャージ生地の服を着ていた。

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しばらく巡航すると、ツーク湖ではもう見るものがなくなったので、イミンで港に入った。小さな場所で人家も数件しかなかったが、そこの少年たちはブンブン飛びまわっているブヨ並みに厄介だった。それで、カヌーは外から見えない納屋の中にしまって鍵をかけざるをえなかった。

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