ヨーロッパをカヌーで旅する 60:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第60回)
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ラインフェルデンの町が見えてきた。ファウフェンブルグからぼくが跡を追う形になっている例のイギリスの五人組のボートは、ぼくがたったいま通過したこの激流の瀬をどうやって下ったのだろうかと気になった。後になってわかったが、この漕ぎ手四人の五人乗りのボートが瀬にさしかかったときは増水していて、岩が露出していなかったらしい。上流側の水深のあるところで川の水が渦を巻いているのはぼくも見たが、そういった渦に遭遇しただけらしかった。それで、連中はバーゼルまで一気に漕ぎ下ったのだという。バーゼルのホテルで関係者から聞いたところによると、五人のイギリス人たちは服も荷物もびしょぬれの状態で到着したそうだ。ウェイターはにやにやしながら、洗濯係をしている女友達が一晩で二十七フランも稼いだらしいと教えてくれた。

話を戻すと、ぼくはある大きな建物があるところにカヌーを寄せた。その建物の前はなだらかな小石の浜になっている。ラインフェルデンは内陸にあるが塩水浴のできる、病気とか障害のある人に人気のリゾート地だ。地下の岩塩から地上の泉に塩分が溶け出しているのだが、八パーセントの真水を足してはじめて、医学的に問題のない塩水浴が可能となる。ちなみに、この泉から湧き出ている水をコップにくんで少し塩を足してみても、その塩は水には溶けない。というのは、泉の水そのものがすでに飽和食塩水になっているためだ。この水が一滴でも服についたとすると、それが乾いた後には小さな塩の結晶による白いシミができる。実際、ここの水は海水の十倍の塩分濃度だという死海の水よりはるかに塩からい気がする。死海近郊にあるエリコは嫌な臭いが充満し、暑く、死の雰囲気に満ちた谷で、そこの水を顔につけてみたことがある人は誰でもそのすごさを実感しただろうが、ここの水はその死海よりも濃い、いわば塩そのものだ。

ここの岸辺は雰囲気もよく川も穏やかだ。到着したとき、ぼくが上陸するところを見てくれる人が誰もいなかった。これまでも述べたように、不審者扱いされないために、カヌーで到着するときには誰かに目撃しておいてもらいたいのだ。この日の午前、立派な風采のドイツ人が、自分は列車でレインフェルデンまで行くつもりだし、カヌーをちゃんと保管できるようにするから、「激流の瀬を抜けた」ところで会おうと申し出てくれていた。後になって本人が述べたところでは、彼は友人たちと一緒に予定の場所に行ってずっと待っていたが、ぼくが待てど暮らせど来ないので「行方不明」になったと判断してあきらめたらしかった。待ちぼうけをくったあと、仕事を中断して同行してくれた友人たちをがっかりさせた言い訳に困ったに違いない。

とはいえ、カヌーを着けた場所からそれほど遠くないところに、川で洗濯している質素な身なりの女性がいた。シャツのボタンをたたき割るつもりじゃないかという勢いで男物の服を手でたたいたり洗濯用の木の棒で打ったりしている。そばに八歳くらいの利発そうな男の子がいて、彼がめざとくカヌーを見つけてくれたので、ぼくはすぐにそこまで行って上陸した。疲れ切っていた。ずぶ濡れで生暖かく、日焼けした旅行者といった風情だった。

その子はどんな大人よりも役に立ってくれた。ものおじせず気がきいていた。ユーモアのセンスもあったので、とてもありがたかった。帆をひろげて乾かし、靴下や靴も日光に当てた。スポンジで船内の水を拭きとり、土手の高いところまで引っ張り上げた。そこで、運のよいことに、何に使うのかわからないが、一本の車軸にタイヤ二個がついた台車のようなもの見つけた。棒切れを見つけてハンドル代わりにその台車に取り付け、カヌーを載せて引いていくことにした──母親からきちんと許可をもらうと、ぼくとこの少年は急ごしらえの台車を引いてガラガラと音をたてながら通りを進んだ。旧市街のゲートを抜け、さらにホテルの前まで運んだ。その子にご褒美のお駄賃をやるとびっくりしていたが、すぐにすました顔になった。他の子供たちが何十人も集まってきたので、彼はさきほどの武勇伝を何度も繰り返して語り、手にした宝物をかざして見せながら「というわけで、これをもらったんだ!」と述べて話を終えた。

宿泊したクローネ・ホテルは非常にきれいなところにあった。ホテルは大きな建物で、川を一望できるバルコニーがあり、川に沿った庭では、大きな噴水が水音をたてていた。ホテルの前の川の流れは速く、上流の激流のなごりがこのあたりにもまだ残っていた。屋根のついた木造橋のアーチの下も一気に流れていくので、せせらぎの小さな川音などはない。とはいっても、川に岩や渦はあるものの、じっと五分くらい眺めて、どこをどう通ればよいかを頭の中で地図を描いて整理しておけば、ここを通過するのはそうむずかしいことではない。いろんな経緯でカヌーが到着したことを知った例のドイツの友人は大喜びしてくれた。彼が正しかったことが証明された。今日一日ずっと彼の約束は破られっぱなしのように思えていたが、最後にすべて実現した。

この友人は上背はないものの恰幅がよく愉快な人で、ドイツの友人たちに誇示するように英語をペラペラと大声で話すので、皆からうらやましがられていた。スケッチブックを広げると、彼が友人たちに説明してくれる。ページごとにとんでもない誇張がまじったりもしていた。でも、彼のおかげでホテルの予約もできたし、部屋も快適だった。丸一日苦労した後では、彼には感謝してもしきれないくらいで、とてもありがたかった。夕方になると音楽もやみ、少し離れている急流の水音が子守歌のように聞こえてきて、そのまま眠りに落ちた。

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