現代語訳『海のロマンス』127:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第127回)

三、リオ雑感

リオですぐ目につくのは、魚売り、籠売り、ホウキ売り等が天秤棒*を用いることである。しかし、彼らはその歩きぶりといい、腰の振り方といい、はるかに日本の者より下手で、いかにも苦しそうである。その他、洗濯女が木靴(トマンコ)を履いて、自分の身体の二倍もある品物を頭に載(の)せて歩くのも、なかなか珍しい。

* 天秤棒(てんびんぼう)  長い棒の中央を肩にのせ両端に物を吊るして運ぶ道具。洋の東西を問わず、ヨーロッパなどでも使われていた。

Water Vender(Harunobu)

鈴木春信の浮世絵(東京国立博物館所蔵)

リオの電車は、その踏み段がすこぶる高い。しかして、その理由がしごく面白い。それは肥満した淑女やボンネットの大きな「リオ娘」は、これによって相当の「乗車技量」を養成して身体の運動となるがためだという。こんな理由をまじめに言うところがリオ人のリオ人たるところだ。電車の車掌(しゃしょう)はそろいの制服(ユニホーム)と大黒帽であるが、運転士は背広に中折れのやつ、モーニングに鳥打ちのやつなど雑多である。たいていはムラータと呼ばれるアフリカ系とヨーロッパ系の混血の人がなるそうだ。

リオの謝肉祭(カーニバル)は、パリと同じくラテン・アメリカだけあって、なかなか盛んなものだ。当夜は市内の紳士淑女は総出で、三日も前から市内の至る所にコンフェット(紙吹雪)を売る店ができ、当夜使用の馬車の借用賃一両百円に上がり、セルペンチン(たいまつ)は一本四円にもなるそうだ。で、翌朝は投げ合いをしたコンフェットが雪のごとく、紅黄紫白(こうおうしはく)と降り積もって情趣ある心ゆかしき景色を示すという。

リオでは往来をちょっと歩くと、分別盛りの立派な紳士同志が互いに抱擁(ほうよう)して背中などを軽くたたき合っているのを見うける。激しいやつになると、男同士で接吻(せっぷん)するのさえある。華美(はで)好きな、虚栄心の強い、アジアから来た者からするとちょっと戸惑う面を有するリオの人同志の大仰な社交には驚かされる。

ブラジルはいまだに工業の発達しないのを補充するため原動力としてさかんに水力電気を奨励した。その結果、リオでは電力が実にぜいたくに使われている。山といわず野といわず埠頭(はとば)といわず、いたるところにまぶしいばかりの強い白熱灯が灯(つ)いている。その費用は一九一一年に百四万円にのぼり、ガス灯まで合わせると、ちょうど二百万円にのぼるそうで、リオ人は、ニューヨークの電灯が大空に向けて発する光輝の視距離がわずかに二十マイルであるのに比べてリオは四十五マイルに及ぶといって、くだらないことを威張って自慢にしている。

四、ブラジルの国名

ブラジル人は北米合衆国が癪(しゃく)にさわるといっている。
なぜかと聞いたら、現今「アメリカ」といえば、たいていの人は北米合衆国のことだと思う。それが癪(しゃく)にさわるのだ……という。

そうさ……それでいいかじゃないかと言ったら、それがけしからんと息巻く。

まあ静かに静かに……とだましつすがしつして聞いてみたところ……

小学校の児童(こども)でも知っている通り、「アメリカ」という国名は例のアメリゴ・ヴェススプッチ*に由来するが、これは一五〇二年にはじめて今のブラジルに命名されたもので、それが南米全体に普及し、次に全米国一帯の名となったのを、合衆国が横からちょっと「元祖」をちょろまかしたのである、という。

* アメリゴ・ヴェスプッチ(1454年~1512年)  イタリア・フィレンツェ生まれの探検家で地理学者。
カリブ海からブラジルを含む南米大陸の東岸を航海し、アジアとは別の「新大陸」だとする論文を発表した。
ドイツの地理学者ヴァルトゼーミュラーが出版した本にその論文が収録され、付録の地図にアメリゴにちなむ名前が記載されたことから「新大陸」がアメリカと呼ばれるようになっていった。

その憤慨(ふんがい)もちょっとは聞こえたが、とはいえ、ブラジル人、君らこそ全体よくないぞ……いやさ、ブツブツ言わずにようく承(うけたまわ)れ。

そもそものはじめ、ブラジル植民地創設の頃、この地に渡航してきた人間に二種類あった。

何っ!! そんなことは俺に言われんでも承知している!!

それはそうだろうが、マアマア、よく聞け。

一方は、すなわち例のジェスイット派の僧侶で、他は欲に目のない植民地特有の投機業者であったが、さて国名を……という話になったとき、坊さん達は十字架と、南半球の聖十字星とからもじって Cross と命名しようとしたものさ。

それを毛嫌いしたのが君らの先祖だ。箸にも棒にもかからんその当時の植民地ゴロ*であったのだ。その植民地ゴロは当時、海岸地方からさかんに出た「ブラジル」という香染木(こうせんぼく)が取引で莫大(ばくだい)な利益を与えるのをみて、たちまちBrajil (Brazil) というとてつもない名前をつけたのだ。自分らに都合のよい世俗的な、勝手な名前をつけて、坊さんの意見を葬(ほおむ)ったついでに、かけがえのない America という結構な名前を捨てたとは、よくよく残念なことをしたといえる。

こういう経緯があるわけだから、いかほど北米の連中に威張られても君らは一言もないわけだ。どうだ。これで合点がいったろう。

* ゴロ  ゴロは、ごろつき(ならず者)から。

Brazilwood tree in Vitória, ES, Brazil
ブラジルという国名の由来となったブラジルウッド Brazilwood tree (マメ科の常緑高木)。

ヨーロッパに輸入されて染料としても使われたが、堅いのでバイオリンの弓の材料としても使われている。

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