現代語訳『海のロマンス』126:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第126回)

リオ市民の虚栄
一、両手に八個の指輪

もともとリオ人は最も宝石を愛玩(あいがん)する国民として世界に有名である。

ちょっとした中流家庭の主婦でさえ必ず両手に八個の指輪をはめている。スカートには単に桃色の木綿の布を身につけ、垢(あか)じみた足には怪(あや)しげな木靴(トマンコ)をはいている洗濯女にいたるまで、一日に二度の食事をやめてまで指にまがいものの宝石の指輪を並べたがるほどである。

この虚栄的趣味は、ただ婦人間のみにとどまらず男子にまで及び、一国の宰相とか南米の富豪とかいう輩(てあい)までが、その夫人が夜会に招かれるような時は、高い金をかけたせっかくの自慢の指輪が隠れるのを悲しんで、冬でも決して手袋をはめさせないとのことである。

というわけで、リオ市で最もにぎやかで最も人出の多い例のオビドールの両側に並んでいる店は、珈琲店(カフェー)でなければことごとく宝石商で、間口(まぐち)二間(にけん)足らずの小さい店舗(みせ)の窓飾り(ウィンドショウ)に、一個七千ミル(四千五百円)、八千ミル(五千二百円)などのダイヤ入りの指輪が無造作(むぞうさ)に陳列されているのは珍しくもない。

今、試みにブラジル輸入品の重要なる品目を調べると、機械製造品、食料品、贅沢(ぜいたく)品の三種である。一九〇七年の統計によれば、金や銀、白金の製作品はその輸入額千九百万円に達している。これに絹物を加えると、優に二千二百六十万円余で、当時の総輸入額四億五千万円に対して四分(しぶ)の割合(四パーセント)を占めている。それなのに、ブラジルは同年に四百万円の金鉱(ミナスジェライス州)と一千万円の金剛石(バイーア州)と若干額の他の種類の貴金属とを輸出している。

そうやってブラジルにおける豪華者(しゃれもの)の贅沢(ぜいたく)熱を満足させている本家本元は、四千六百万円の輸入額を有するフランスで、ブラジル人が炎熱や伝染性の風土病と戦ってセッセと輸出する鉱石は、輸出先で巧みに加工されて逆輸入され、さかんに馬鹿者や虚栄の動物を誘惑しているのだ。

二、 二千万円の市立劇場

リオにある有力な二、三の大劇場のうち、市立劇場はブエノスアイレスのコロン劇場と並んでフランス一流の俳優仲間に「演劇界のメッカ」と呼ばれている。

ところが、ここにいう「メッカ」の意味は、珈琲やゴムの栽培で巨利を得た「にわか成金(なりきん)」からしぼりとった安くない観覧料から配当された浪費的給金の潤沢を指すのである。

有名な奴隷解放の銅像を前景に、美術館と並んで立った純ルネッサンスのすらりとした市立劇場の建物は、パリの「オペラ劇場」に擬(ぎ)して二千万円の建築費を投じて一九〇四年に完成したもので、観覧席はわずかに七百にすぎないと聞く。

しなやかな、すらりとした大理石の柱頭(カピタル)に、音楽(ミュージック)と詩(ポエム)と、戯曲(ドラマ)と歌劇(オペラ)と喜劇(コメディー)と悲劇(トラジェディ)との六つを象徴する銅像が、バルコニーやドームを飾っている。ところが建造費が巨額になってしまったため、それに応じて興業費が膨れ上がり、その結果はただちに観覧料の高額化につながった。そのため、開場されるのはわずかに春秋二期に限られている。

かくして、リオ市民はなけなしのその財布をはたいて、かく法外の入費(ものいり)の俳優を養ってやりつつあるのに、一年(ひととせ)リオに来たフランス役者がパリの座頭(ざがしら)に報告した言葉によれば、「自分の会心の台詞(せりふ)や得意の所作(しょさ)は彼らに諒解(りょうかい)されず、思ってもいないところで観客が拍手喝采したりするので、とても趣味が高級とはいえない」と、暴露したらしい。

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