ヨーロッパをカヌーで旅する 59:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第59回)

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カヌーの運搬では自分たちを雇えと言外に示唆しているのかを確かめるため、ぼくは二人に、万一に備えてそっちの船でついてきてもらえませんかと聞いてみた。彼らは相談していたが、この提案には乗ってこなかった。それで、問題の激流の瀬を通過するためのベストなコース選択について聞いてみた。彼らは砂の上によくわからない絵を描き、かなりこみ入った指示を授けてくれた。が、それを実行するのは無理だった。で、ぼくは静かに頭を下げ、砂に描かれた絵を足でもみ消し、何も聞かなかったことにして行き当たりばったりでいくことにした。まあ「知らぬが仏」というが、実際に行ってみないとわからないとも思ったのだ。進むべき道は自分で見つけるという高揚した意気ごみと、それを自分で見つけたときの満足感は、そのためにした苦労には十分報いてくれる。それだけの価値がある。山岳地帯を旅しているときもそうだった。単に足の筋肉を動かして景色を見るためだけに行くのであれば、ガイドを三人ほども雇い、互いに身体をロープで結びあってガイドの後を黙ってついていけば成功するだろう。だが、頭を使い、気を配り、判断するのはガイドの役割で、案内される側はただその尻を見ながらついていくだけだ。

だから、ヨーロッパ・アルプスの最高峰モンブラン(4810メートル)に登頂したときも、身体をロープで結びあい、従来の登山ルートを先導してくれたガイドに従っただけだった。登攀路を自分で見つけることには特有の喜びがあり、モンブランほど標高のない山で誰の指示も受けず単独で自分で道を探しながら登ったときに比べると、モンブランに登ったとはいえ、そこから得られる喜びは少なかった。

下流にあるという激流の瀬の近くまでくると、ぼくはカヌーを岸に寄せて上陸し、川岸を半マイルほど歩いて地形や状況をじっくり調べた。片側の浅い方を進むのが現実的に思われたので、そのコースを行くことに決めた。カヌーを陸に上げての迂回はしないということを前提にすると、こういう場合は一番やさしいと思われる方法をとるのが賢明だ。で、このときに用いた方法はカヌーの新しい移動法とでもいうべきもので、自分でも面白かったし、すごくうまくいったと思う。

問題の激流は、広大な水域全体がくだけ波におおわれていた。中央付近の波はかなり悪い。そのため本流には近づかないよう用心して端の方を進んだが、それでも流れは非常に速かった。ぼくはカヌーの船尾に近いところに両足でカヌーをまたぐようにして座り、船首を水面上に浮かせた状態で岩の上を通過させた。カヌーが岩盤と接触しそうになると足を水中に突っこみクッションにして船体に対する衝撃をやわらげた。水深がないところではカヌーは膝の間にはさまれた状態で下がるので、岩盤の上に両足で立ち、カヌーを膝ではさんだ状態でまた深くなるところまで押し出したりした。十分な水深があるところでは元のようにカヌーのデッキに座った。

厄介なのは、カヌーが勝手に流れていかないよう保持した上で、確実に岩と岩の間の水路を通るようにしなければならないということだ。さらに、パドルはしっかり持ったまま、ゴロゴロ転がる石の上でひっくり返ったりしないように注意し、また深みにはまって水に腰の上まで入りこんだりしないように──こうしたことを、同時に、それぞれに注意しながらやってのけなければならない。

深いところはカヌーに乗って渡り、浅瀬では歩いて渡渉しつつカヌーを押したり引っ張ったりと、そういう作業を連続して行いながら、なんとかラインフェルデンの下流側にある急流部を損傷を受けずに通過することができた。

ブレームガルテンの急流のところでも説明したが、ライン川にはこの二か所に激流の瀬がある。こうしたところで深刻な問題が起きるのは、事前に時間をかけて陸上を歩いて偵察したりせず、何の情報も持たずやみくもに突っこんでいくときだ。準備さえ怠らなければ、何もかもが新しい体験になるので、激流下りの楽しみが倍増する。とはいえ、ただ通過しさえすればよいという人は別にして、他の人が簡単だと思うようなところでも、技量は人によって異なるので、自分で自分に適したコースを見つけるほうがよい1

原注1: この後、何人かのカヌーイストがラインフェルデンの激流部を下っているが、たいてい一度は転覆している。
ロブ・ロイ・カヌーでは、急流で知られるカナダのセントローレンス川のラシーヌ瀬でも問題なく通過できているし、近年(本書が刊行された1892年当時)は、日本の急流でも二艇が川下りに成功している。
判明している限り、英国のロイヤル・カヌー・クラブで六百名いる会員のうち、カヌーの航海中に溺れ死んだのは一人だけだ。

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