ヨーロッパをカヌーで旅する 28:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第28回)



いつもならどこかの村か、少なくとも人家を一軒見つけて十分な食事をとるのだが、ドナウ川のこのあたりは人家がなく、食事は木陰の静かなよどみでのんびりしながらカヌーに乗ったまま持参した食料ですませるのがよさそうだった。この川で他の舟や船に遭遇することは稀だったが、そんな風にくつろいでいるとき、その稀な一隻と出会った。その舟には、少年が一人乗っていた。自作したらしいその舟は、三枚の板を鉄くぎで固定した、喫水の高い、なんとも不格好なものだった。彼が手本にした舟は流線形のロブ・ロイ・カヌーとは対極にあるものだったらしい。ポールが一本あり、スコップも持っていた。スコップをパドル代わりに使うのだ。ぼくは彼にパンを差し出して話をした。バターとチーズも提供した。彼はワインは受けとらず、濡れた上着からたばことマッチを取り出し、なれた仕草で火をつけた。馬やヨットやラクダなど互いにちょっと変わった流儀の一人旅をしている者同士でよくあるように、ぼくらはすぐに仲良くなった。話があい、談笑しあった。本が読めるとわかったので、ぼくは赤い縁どりのドイツ語で書かれた紙片を彼に手渡した。彼はすらすら読み、嬉しそうにポケットにしまった。ぼくに同行したいという思いで、彼はスコップを使って必死に漕いでついてきていたのだが、急流にさしかかると、ボートの性能の差はいかんともしがたく、残念ながらぼくは彼をはるか後方に置き去りにして進まざるをえなかった。そのときの悔しそうにつぶやく低い声と悲しそうな視線は忘れられないだろう。

この川には大小の魚の群れをなしていたが、釣り師はあまりいなかった。十日間で、釣りをしている人は十人もいただろうか。とはいえ、小さくてかわいいカワセミがせっせと魚を捕っていた。ぼくとカヌーがそいつの縄張りに侵入すると、抗議するように一声鳴いて飛び去った。その青く丸い背中が陽光を受けて輝いた。太陽が頭上にあるときは、ミツバチが羽音を立てていた。日が沈むと、ブヨがせわしなく飛びまわり、朝に生まれて夜に死ぬという、一日限りの複雑な踊りを舞っていた*1。

ドナウ川は岩礁によって流れが左右に分かれているところがある。どちらを通っても再び合流するまで数日はかかったりした。そういうところでは、川と岩場による奇妙な悪ふざけが見られたりもする。

まず左右の岸が三十メートルほど隆起した直線の岩場になり、それから、あちこちで崩れた崖になっていたり、隆起したり陥没したり、深い裂け目にかかる橋状になっていたりする。

巨大な歯のように尖った岩が水面のあちこちで斜めに突き出している。前方にノミで削ったようになめらかな垂直な壁があり、それが中央で川を分断している。そういう場所に差しかかると、川のどちら側を進めば出口が見つかるのか判断するのはまったく無理だ。で、間違えて行きどまりの方に入り込んだこともあった。

他にも、ドナウ川の川幅がハングルフォード付近のテムズ川くらいあったものが、いきなり六フィート(約1.8m)ほどに狭くなり、音を立てて流れ落ちているところがあった。そんな場所でも、ロブ・ロイ・カヌーに乗っていると、歓声を上げながら下っていけたりしたが、最大の難所というようなところでは、いきなり突っ込まず、まず上陸してコースを下見することにしていた──こういうとき一人きりというのは、なんと心細いことか!

それよりもっと厄介なのは、川が一ダースもの細流に枝分かれしていて、それぞれが小さな滝のように流れ落ちているところだ。通過できるのは一箇所しかないか、まったくないこともあった。こうした水路を見つると、調べて試してみて、失敗したり、成功したりしたが、それも一興で、楽しみがつきない。一マイル進むごとに面白いできごとが起きて、そうした最後にさっき述べた岩場が登場するわけだ。

そして今、ぼくら(つまり、ぼくとカヌー)は大平原にさしかかっている。川は蛇行し、無数の中洲や渦や「沈木」や水中に突き刺さった流木の間を縫って急な流れが続いている。この迷路のような川で最も重要な地点を、ぼくらは帆走しつつ、ものすごいスピードで突っ走っていった。が、いきなり川が枝分かれしていた。二つある水路のうち、一方は木が枝を伸ばしていて、マストが当たりそうだった。それで、ぼくはすぐさまもう一方の水路にカヌーを向けた。と、一人の男が立ち上がり、そっちはボートでは無理だと叫んだ。危機一髪だった。ぼくはすぐに帆を下ろしてマストを倒し、急流と強風のなかを必死に漕いで引き返し、通過可能だという水路に入った。それまで何時間も人影を見なかったのだが、この警告が耳に届いたのは幸運だった。



訳注
*1: ブヨ - 川辺では朝夕にブヨが発生する(羽化して成虫になる)のはよくある。しかし、成虫になってからの寿命が一日だけということはないので、この部分の記述はカゲロウなどと混同しているのかもしれない。

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