スティーヴンソンの欧州カヌー紀行 (18)

広く知られていることだが、ロバの尻をたたいて急がせることほど無駄なことはない。ロバの尻をたたいて効果があるかというと、どんなにムチをふるったところで、鈍重なロバという生物がそれに応じて歩を早めることはないと、ぼくらは知っている。しかし、こういう皮をはがれたミイラという、なんとももの悲しい状態では、肉体のない皮は鼓手のバチさばきに応じて鳴り響き、ドンドンという太鼓の音の一つ一つが人の心に、さらには心の奥底にある狂気をゆさぶって、大きく言えば英雄的行為への意欲がかきたてられることになる。それには、生きているときに尻をひっぱたき、こき使ってきた人間に対するロバの復讐といった意味合いもあるのではないだろうか? ロバはこう言うかもしれない。昔から人間は山道や谷間の道でロバを叱咤し酷使したが、ロバとしてはそれに耐えるしかなかった。死んでしまって太鼓の皮になると、そうした田舎道ではほとんど聞こえなかった尻をたたく音が、軍隊の旅団の先頭に立ち、戦意を高揚させる音楽を奏でることになる。ロバの皮でできた太鼓をたたくたびに、人間は自分の仲間が戦闘でよろめき倒れていくのを見ることになるだろう、と。

太鼓の音がカフェを通り過ぎると、ぼくの連れもぼくも眠くなってきたので、ホテルに戻った。ホテルはすぐ近くだった。ぼくらはこのランドルシーという土地にはあまり関心がなかったが、ランドルシーの町の方はぼくらに無関心というわけではなかった。この土地の人々は朝から晩まで雨や風がやむたびに、ぼくらの二隻のボートを見にやってきていたそうだ。町の印象からすると多すぎる気もするが、何百人もの人々が石炭小屋に置いてあったぼくらのボートを熱心に見物していたらしい。ポンにいたとき行商人だったぼくらは、ランドルシーに着くと一晩で勇敢な若者に祭り上げられていた。

カフェを出ると、治安判事だという人物がホテルの前まで追いかけてきた。この役職はスコットランドでいう地方裁判所判事といったところらしい。氏は名刺を差し出し、いかにもフランス人らしく、スマートかつ優雅に食事に誘ってくれた。わが町ランドルシーの名誉のためですと、判事は言った。ぼくらが来たからといって町の名誉になるわけはないと知ってはいたが、これほど丁重な招待を断るのは不作法というものだろう。

判事の家は近くにあった。設備の整った独身者向けの住宅で、壁には古い真鍮の奇妙な暖房用のあんかがたくさんかけてあった。入念に彫刻細工が施されたものもあった。壁の装飾にするとは収集家らしい魅力にあふれた発想だ。これまでにどれほどの数の人が寝るときにこのあんかのお世話になったのだろうと思わずにはいられなかった。どんないたずらがなされ、キスがかわされたりしたのだろう。さらに、死の床でどれくらい無駄に使われてきたのだろう、と。こうしたあんかが口をきけるとすれば、どれほど滑稽で、どれほど不作法で、どれほど悲劇的な場面が繰り広げられたかを語ってくれるに違いない。

ワインはおいしかった。ワインを褒めると、判事は「まあまあですかね」と言った。イギリス人はいつになったら、こういう洗練されたもてなしができるようになるのだろうか。こうしたもてなしの心が日々の生活を豊かにし、なんでもない瞬間に彩りをそえるのだから、学ぶ価値がある。

その場所には判事の他にランドルシーの住人が二人いた。一人は忘れてしまったが何かの徴収官で、もう一人はこの土地の公証人会の会長だそうだ。だから、ぼくら五人は多かれ少なかれ法律に関係する立場だということになる*1。となれば話が専門的になっていくのは避けられない。ぼくの相棒は救貧法について偉そうに論じた。その少し後で、ぼく自身は私生児についてスコットランドの法律の話をするはめになった。自慢じゃないが、それについては知識がまるでないのだ。徴収官と公証人はどちらも既婚だったので、そんな話題をもちこんだことで独身の判事を非難した。フランス人もイギリス人も男は皆そうなのだが、判事はそれについて、いかにもうれしそうに自分のことじゃないよと言った。男という者はすべからく、気を許している仲間と一緒のときに、ちょっと女にだらしないと思われたがるというのは、なんとも不思議なことだ!

夜がふけるにつれて、ワインはますますうまく感じられてきたし、蒸留酒はワインよりもっとよかった。この人々は親切だったし、ぼくらのカヌーの旅全体を通しても最高の瞬間でもあった。結局のところ、判事の家に招待されるということは、それなりに公的なものではないだろうか? 加えて、フランスがなんとも偉大な国であるということに思いをいたせば、遠慮なく飲み食いさせてもらってもかまわないというものだ。ぼくらがホテルに戻ったのは、ランドルシーの町が眠りに落ちてからずいぶん経ってからで、城壁の番兵はすでに夜明けに備えている時刻だった。

脚注
*1: スティーヴンソンはエジンバラ大学で土木工学を学んだが、途中で専攻を法律に変えて弁護士となった。

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