ヨーロッパをカヌーで旅する 62:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第62回)
今回から第十一章になります。
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第十一章

ライン川はスイスのバーゼルを過ぎると、あらゆる意味で、川の様相を一変させる。ここからは急激に西向きから北へと流れる方向を変え、川沿いの風景も、高い土手のある斜面から、数多くの川が流れこむ幅の広い水系となり、無数の中洲が入り組んだ状態で、両側に果てしなく続く屏風(びょうぶ)のような二つの山脈にはさまれた広大な谷を、前方へ、北へ、海へと流れていく。ここからは、どの方向にも新しくスタートを切ることができる。ぼくはこの段階ではまだどのコースを進むか決めていなかった。ソーヌ川やドゥー川経由でローヌ川まで行って、そこからマルセイユまで南下し、さらに地中海沿岸の街道にそって進み、ジェノアでカヌーを売ってしまうか、あるいは──今となっては愛着が湧いて別れがたいロブ・ロイ・カヌーを売却せずにすむ、もっとましな代替案はないか──となれば、フランスを通って元のコースを引き返すしかあるまいが。

どうするか決めたのは、ライン川をゆっくりカヌーに乗って下っているときだった。というのも、運河があるとわかったので、最後の最後まで、ゆったりと心地よい運河の流れから離れないようにしようと思ったのだ。バーゼルで購入した何枚かの新しい地図をじっくり調べてみたのだが、それによると、ライン川と並行して運河が北に流れているではないか。ところが、地図ではライン川の近くにあるとされた場所が、そばまで行ってみても見つからなかった。というか、高い柳の木が生い茂っていて、その下を分岐したたくさんの細流が曲がりくねって流れているため、自分が目当ての場所の近くにいるのかすらわからないのだ。木々が密集しているので、数メートル先も見えない。とはいえ、例の運河沿いに植えられている高いポプラ並木はときどき見えたりしていた。それで考えを変えた。透明な清流に乗って曲がりくねって進みながら、やっと遠くまで見晴らしのきくところに出た。これまでの経験からして、ここで大きな声で歌ったり指笛を鳴らしたりすれば、近くでそれを聞いた人が柳の林から姿を現すのではないかと思った。で、実際にやってみると、まもなく茂みの切れ目から女性が顔を出した。彼女はカヌーの運搬を手伝ってもよいと申し出てくれたが、こちらとしては女性に汚れる力仕事をしてもらうわけにはいかない。すると、彼女は男手を見つけてきてくれた。彼と二人でぼくらは生垣や草藪や土手や溝を乗りこえ、丈の高い草が生い茂った平地を横断し、カヌーを運河まで運んだ。カヌーはまた安全に水面に浮かんだ。

手伝ってくれた男性に二フラン渡すと喜んでくれた。まあ、ぼくの下手な音楽を文句も言わず聞いてくれたお礼だ。カヌーは運河に静かに浮かんだまま、諦観したように、また動き出すのを待っている。ぼくはといえば、これまでの行程を振り返ってため息をつき、バイロンの一節を口にした。

さらば、別れだ、うるわしのライン! 
旅人、いかに喜びて、永らくこの地にとどまったことか!
つれのある者も、孤独な者も共に、この地を喜んだ、
荒鷲がたえず自らをさいなむ、この自責の念から
逃れるとすれば、ここだろう、
ここでは、自然は陰鬱(いんうつ)あまりに深からず、
太陽の輝きもあまりに激しからず、
荒(あら)けれど粗(そ)にあらず、威(い)ありてあまり猛(たけ)からず、
大地に対し比べれば四季に対する秋に似たり。

再びラインよ、別れを告げよう! 告げるのも空(むな)し!
この川の光景に別れを告げることはできない、
あらゆるお前の色によって、私の心は染められている。
心ならずも私にとっても他の者にとってもなつかしき眺望を
うるわしきラインよ、お前の上に捨てるとすれば、
別の讚美みちわたる感謝の思いを持っていてこそ
更に大いなる郷があるだろう、更に輝く郷があるだろう、
されど一つのなつかしき迷路としてまとめることはできぬ
輝けるもの、美なるもの、柔かのもの ─ 過ぎし栄光 。

散漫として偉大なるもの、はたまた来たる豊穣の
しるしの花、ましろき都市のきらめく姿、
流るる大川、絶壁の暗、
森のしげり、 その間に見えるゴシック式の壁、
人間の芸術を冷笑し、塔の形とる荒き岩、
これらと共に更にまた風景に似た
楽しき面影示す人々。
ここのゆたかな恩恵はお前の岸に湧きいでて
すべてに及ぶ — もろもろの帝国、そばに倒るるも。

とはいえ、これらは遠ざかる、アルプス今たつ、わが頭上、
正にこれ自然の王宮、その大いなる城壁は
雲中に雪の頂をあげ、
冷めたき崇高の氷の館に
永遠を祭り、そこには起りまた降る吹雪
雪崩──雷鳴と電光。
霊魂を広くし、しかも驚かすもの
これらの山頂のめぐりに集り、示すに似たり、
大地が空を貫きて、虚栄の人間を下に残すを。

 『チャイルド・ハロルドの巡礼』(バイロン著、土井晩翠訳)第三巻より

※ 土井晩翠訳は原作(物語詩)の雰囲気を伝える格調高い名訳ですが、現代の読者にはわかりづらいところもあるため、「現代かなづかい」に直した上で、漢語に由来する表現は、必要に応じて、バイロンの英文に即して理解しやすい表現に改めました。これに伴う責任は、すべて当文庫にあります。

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