第3章
冒険
いや、冒険は死んではいない。蒸気機関やトマス・クック・アンド・サンのような旅行会社ができる世の中であっても、だ。スナーク号の航海計画が公表されると、年配の男女は言うまでもなく、「放浪気質」のある若い男女たち大勢が志願してきた。ぼくの友人たちに、少なくとも半ダースは自分が現在は結婚して家庭を持っていることや結婚が目前に迫っていることを悔いていた。おまけに、ぼくが知っているあるカップルの結婚生活は、スナーク号のせいでうまくいかなくなってしまった。
「息苦しい町」で窒息しかけている志願者の手紙が殺到した。二十世紀のユリシーズは、出帆前に応募者に返信するため大量の速記者が必要になりそうだった。いや、たしかに冒険心というものはまだ死に絶えてはいないのだ──少なくとも「ニューヨーク市に住む一面識もない女ですが、このような心からのお願いについて……ことは疑いようがありません」というような手紙が届くうちは。さらに読み進めると、この見知らぬ女性の体重は九十ポンドしかないが、スナーク号の給仕役を志願しており「世界の国々を見てみたいと切望」しているのだ。
一人の志願者は、放浪を求める心中を「地理学に対する情熱的な愛情」と表現した。別の者は「私はずっと常に移動していたいと思ってきました。だからこうしてあなたに手紙を書いているのです」と書いてよこした。最高なのは、旅に出たくて足が鳴る、というものだった。
自分は匿名で、友人の名前を示し、その友人が適格者であると示唆しているのも何通かあったが、その類の手紙には何か腹黒い思惑があるように感じられて、その手の問題には深入りしなかった。
二、三の例外を除き、スナーク号のクルーを志願した何百人もの連中はすべて真剣だった。多くは自分の写真を同封していた。九十パーセントはどんな仕事でもいいと言ったし、九十九パーセントが給料はいらないと申し出た。「あなたのスナーク号の航海や」と、一人は書いている。「それに伴う危険のことを考えると(どんな役割でも)ご一緒することが自分の野心のクライマックスになるでしょう」 野心で思い出したが、「十七歳で野心的」で、手紙の最後に「でもどうかこの気概を新聞や雑誌には書かないでください」と書いてよこした者もいる。まったく別に「死に物狂いで働き、一銭もいりません」と書いた者もいる。連中のほとんどすべては、自分の志望がかなえられたら受取人払で電報を打ってほしいと望んでいた。多くの者が出帆日にはきっと行くと誓っていた。
スナーク号でどんな仕事をするのか、はっきりわかっていない者もいた。たとえば、ある者は「貴殿と貴殿の船の乗組員の一人として出かけ、スケッチや絵を描いたりすることが可能なのか知りたく、失礼ながらこの手紙をしたためさせていただきました」と書いてきた。スナーク号のような小さな船でどんな仕事が必要なのか知らず、何人かは「本や小説のために収集された資料を整理するアシスタントとして」お役に立ちたいと書いてよこした。それが多作の作家の流儀というわけだ。
「その仕事の資格を与えてください」と書いてきた者もいる。「ぼくは孤児で叔父と暮らしていますが、叔父は怒りっぽく、革命を目指している社会主義者で、冒険に赤い血をたぎらさないような男は生きているだけの布きれみたいなものだ」と。「俺は少し泳げるけど新しい泳法は知りません。でも泳法より大事なことは、水は俺の友達のようなものだということです」と書いてきた者もいる。「もし私が帆船で一人にされたら、自分の行きたいところにどこへでも行くことができるでしょう」というのが、志願者たる資格として三番目のものだった──とはいえ、次の資格よりはましだろうか。つまり「漁船が荷を下ろすのを見たことがあります」というのだ。とどめは、こいつにすべきだろう。こいつは世界や人生をいかに深く知っているかを遠まわしにこう伝えてきたのだ。「長く生きてきてもう二十二歳になります」
それから、単純かつ直截で、素朴で飾りっ気のない、表現の巧みさとは縁のない、本当に航海をしたいんですという手紙を書いてきた少年たちがいた。こういう連中の志願を断るのが一番つらかった。断るたびに、ぼくは自分がこの若い連中の顔をひっぱたいている気分になった。連中は本当に真剣に行きたがっていたのだ。「ぼくは十六だけど年のわりに大きいです」とか「十七歳ですが、体は大きく健康です」など。「少なくとも自分くらいの体格の平均的な少年くらいの強さはあります」と、明らかに体の弱そうな子が書いていた。「どんな仕事でもかまいません」というのが連中の多くが言っていることだった。金がかからないというところが魅力だったが、一人はこう書いてよこした。「ぼくは太平洋岸までの旅費は自分で払えます。だから、そちらにとっても受け入れやすいのではないでしょうか」と。「世界周航こそは私がやりたい唯一のことです」と一人が言ったが、同じ思いの者が数百人はいると思われた。「自分が出かけるのか気にかけてくれる人もいません」というのは、かわいそうな感じがした。自分の写真を送ってきて「私は地味ですが、いつも外見が大事だとは限らないでしょう」というのもいた。結局、ぼくは次のように書いてきたやつなら大丈夫だろうと確信した。「十九才ですが、かなり小柄な方なので場所をとりません。でも悪魔のようにタフです」 実は十三歳の応募者が一人いた。チャーミアンとぼくはその子が一目で気に入ったので、断るときには胸がはりさけそうだった。
志願者で最高の冒険者