現代語訳『海のロマンス』81:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第81回)

(前回までのあらすじ)
日本を出発した大成丸は太平洋を横断し、最初の寄港地、米国南西部のサンディエゴに無事到着した。しかし、航海中に明治天皇が亡くなり、時代は明治から大正へと移り変わった。

サンディエゴでは船長が失踪(しっそう)するなど前代未聞(ぜんだいみもん)のトラブル続きで、代役の船長が就任するまで想定外の長期滞在となった。そして、そのことがその後の大成丸の世界一周のルートにも大きく影響してくることになる。

サンディエゴを出港した大成丸は太平洋を南下し、赤道をこえ、南米大陸最南端のホーン岬をまわり、大西洋に出た。本来であれば、そのまま北上して南半球から北半球へと大西洋を縦断する形で大英帝国の首都ロンドン(当時の世界の中心地)に寄港するはずだったが、日程に余裕がなくなり、また経費も当初の予算を超えたことから、ロンドン行きは中止となり、アフリカ南端の喜望峰にあるケープタウンへと向かうことになる。

ケープタウンでは、テーブルマウンテンに登ったり議会を見学したりして学校行事の一環として見聞を深めていく。

ケープタウン滞在後、大成丸はいったんは大西洋に引き返し、ナポレオンが島流しにされた南大西洋の孤島セントヘレナ島へ向かうことになるが、それまでしばらくはケープタウン滞在記が続く。


連邦下院参観(続き)

とかくするうち、議場正面に向かって右の野党側のフロント・ベンチから、きかん気の面魂(つらだましい)をした髭(ひげ)の濃い一人の議員が立って、とうとうと何事か弁じたてては鼻眼鏡を振り、振ってはまたちょっと気休めに鼻にかけたりしている。座席表(リスト)と照合すると、ケイプ・コロニー出身の下院議員(オノラブル・メンバー)のミスター・ジャッガーとある。

……一例を挙げれば、ケイプ・コロニーは、本来は当然のこととして連邦議会の教育経常費目として計上されるべき教育費にかかる公債を独立して募集し、かつ、その利子を支払っております……その意味で、ケイプ州だけが重い課税を分担しているのです、と論じた。すると、ナタール選出の一人の議員が立って、それは弱い者いじめというものである、そういう論がまかり通るのであれば、ナタールは当然連邦には加入しないと駄々をこね、議場で笑いがおきる。退屈そうに聞いていた議長(スピーカー)はちょっと失礼とばかり中座した。与党のフロント・ベンチから一人出てきて議長を代行する。と、衛視(サージェント・アト・アームス)がさっと机の上の大きな職杖(メイス)を下の壇に下ろした。いちいち厄介千万(やっかいせんばん)なことだ。要らざる儀式だといいたくなる。

先に着いていた学生の二、三人が見たというところを聞くと、午後の二時に、この金ぴかのメイスを大名行列の先頭の飾りをつけた毛槍のように、後生大事に抱えたメイス・ベアラー(サージェント・アト・アームスの異名)に続き、二人の書記官を露払いとして前(さき)に立たせ、各員が起立している間をしずしずと登場してきた議長(ミスター・スピーカー)にはなかなか威厳があったという。

議長(スピーカー)が中座する頃、右手の特別席にいた名誉領事ジェッピーと大成丸の小関船長、英語教官ミスター・フィリップもそろって退場した。たぶん南極点到達で不覚にも二番手となり失意のうちに死んだスコット大佐に弔意をささげる儀式に出席するつもりなのだろう。

政府与党の有力な論客で前回には蔵相の重責をにない、次回の内閣ではまたもや大臣に就任するとの噂があるハル氏が精悍(せいかん)なる顔をクリーム色の洋服から突き出して、力強い反駁(はんばく)をジャッガー氏の負担金を連邦にもお願いしたいという説の上に加える。いわく、この問題の解決はナショナル・コンベンション以来の難事で一朝一夕に論じることはとうてい不可能である。もしも各員勝手にあの下院議員(ジャッガー氏)のように自説に固執(こしつ)するならば、公債証書(ビル)は結局引き裂かれるしかあるまい、などと皮肉って、自党からのヒヤヒヤという喝采を博している。

この喝采(かっさい)なるものがすこぶる難物(なんぶつ)でもある。すこぶる活気のないペースで、いかにも苦しそうに重々しく呻吟(しんぎん)する。ことにオランダ系白人のボーアなまりの激しい英語で発せられる政府与党のヒヤヒヤは賛成しているのか反対しているのか、ちょっと見当がつかない。しかし、こんなに心細いヒヤヒヤでも、それを聞く身になると嬉しいと見え、ハル君のごときは目指す相手に向かって手を振って反駁(はんばく)を加えた後、どうだ、そうじゃないかという様子で振り向いて、自党の陣笠連中を見まわし、ヒヤヒヤの要求をしている。どうも政府与党が優勢のようである。野党の領袖席(フロント・ベンチ)からワルトン卿が立ち、しばらくハル氏を論駁(ろんばく)する。

議長(スピーカー)の上の二階には新聞記者が二、三十人目白押しに並んでいる。セッセと書いている者、あくびをしている者、鉛筆で耳あかの掃除をやっている者など、なかなかにぎやかである。左手の二階には深々とヴェールをかけた淑女の一団がひそひそと何事かささやいている。午前に婦人参政権論者(サフレジェット)が大挙して押しかけたというから、たぶんその名残(なご)りであろう。

とかくするうち、左手のフロント・ベンチの中程から温厚な半白の爺さんが立ち上がる。熱心な拍手が両派から起きる。さてはと座席表(リスト)を見ると、先年、首相候補者として元首相ボサ将軍と共に呼び声が最も高かったメリマン卿(国民党だが英人なり)である。「彼らは地方政務を論議するために理想的な責任分担を行う会議を開こうと努力するようであるが、気の毒にも彼らの努力の結果は議会の私生児というべきものを生み出すにすぎぬだろう」などと、群小の論争を巧みに揶揄(やゆ)してみんなを笑わせる。そして、「もし蔵相および政府与党のハル氏をはじめとする人々が、「海の巨人」の重き桎梏(しっこく)にあえぎあえぎて、ついにその重荷に耐えきれず謀反(むほん)するに至った「水夫シンド・バッド」の寓話を記憶されているならば、現下の重税に苦しむ州民の将来に向けて深慮する必要があるだろう」などと、傑出した例を引きながらの論に満場の喝采を博する。はたして翌日のケイプ・タイムス紙には、メリマン氏の名演説(ブリリアント・スピーチ)として、近来希(まれ)なる大演説であると褒(ほ)めてあった。

やがて空席がチラホラと見えてきて、メッセンジャーの往来も静かになった。それではとばかり、自分も外へ出る。アデレイ通しへ出かかるとき頭脳(あたま)に残っている印象を点検してみたら、「真似の好きな連邦下院」という言葉になった。議場の寸法や装飾はもちろん、正面や最前列の議員席(フロント・ベンチ)のたたずまい、議長や書記以下の衛視や案内係に至るまで服装の細部についても話に聞いた英国議会に酷似(そっくり)である。さらに、その上、無精なヒヤヒヤのかけ声から無作法な居眠りの稽古(けいこ)まで、全部真似ているとは人をバカにするにもほどがあると言わねばならぬ。すべての非常識の礼法(エチケット)と融通のきかない式次第書(リチュアル)とを、そっくりそのままロンドンの空から南アフリカの一角に上陸させたのがこの議会である。

議会内部の雰囲気は、全体に暗く角ばった沈鬱(ちんうつ)な印象を与えるので有名だが、ここでも努めてそういう風に認められたいと希望していると見えて、翌日のケイプ・タイムス紙には「日本の練習生が議場を見学」の項(くだり)に、…… and the white tunic of the young Oriental sailors, lent a touch of relief to the usually somber appearance of the chamber(……若い東洋の船乗りたちの白い上着のおかげで、普段は厳粛な外観を呈している議院にやすらぎがもたらされた)と書かれていた。

※本文中に議会の職杖(メイス)が出てきます。日本では見られない光景なので、参考までに、英国BBCのニュースでご覧ください。英国下院の金色に輝く職杖が動画開始から15秒前後のところで出てきます。

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