ヨーロッパをカヌーで旅する 88:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著


現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第88回)
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翌朝、気分もすっかりリフレッシュし、また川にカヌーを浮かべた。今日も長時間の川下りに備えておく。川の水は透明で、水中では濃い緑の草が優雅な曲線を描いてなびいている。川が湾曲し影の差した水域に小さな中洲が点在しているが、それによって周囲の景色が変化する。こんな風にカヌーに乗って旅をする者にとって、景観には目に見える三つの領域がある。まず大きなアーチを描いている空だ。それから周囲の陸上風景。川の縁まで迫っている木々や花々。そうしたものすべてが川面に美しく映っている。川には驚くほど深くなっているところもある。川とその周辺の生き物や岩場や低湿地、低い川岸にある花々や苔なども目にすることができる。

運河の水門が開いているのが見えた。ためしにカヌーで漕ぎ入れてみる。やがて暗渠(あんきょ)が見えてくる。その手前に大型のボートが係留されている。無人だ。ボートは水路の中央に置かれているが、幅は水路とほぼ同じだ。乗員たちは食事にでも出かけているのだろう。それで、ぼくはまずそのボートを引っぱって位置をずらしてからカヌーを進めた。この水路は今はぼくが独り占めだ。暗渠(あんきょ)とはいうものの、陽光が降りそそいでいる。戦争で吹き飛ばされたのだ。ラニーというところで朝食をとることにして、人のよさそうな老人にカヌーを預けた。その老人はナイトキャップにメガネという恰好で釣りをしていたのだが、二時間くらいなら見ててやるよと請けあってくれた。ところが、食事をすませて急いで戻ってみると──近道をするために水車小屋を通り抜けて粉まみれのなって袋詰めした人たちを驚かせてしまったりしたのだが──誰もいなくて、カヌーだけがぽつんと浮かんでいた。見張っている者がいない「無防備な状態」でカヌーが放置されていたのは、これが初めてだった。

川がくねくねと曲がりくねっているので、そこから逃れようと別の水路に入った。水深は三十センチほどだった。水は透明で、快適に流れている。ついていた。そこから数マイルほどは、次にどうなるかまったくわからない状態を楽しみながら川を下っていくことができた。進むにつれて草が増えてきた。大きなしげみもたくさんあり、藪(やぶ)や樹木が生い茂ったところもある。川面には水草が繁茂している。しまいには、草が非常に密集し、前方はずっと広大な干し草畑になっているようだった。草丈は四フィート(約一・二メートル)ほどもあり、すべて刈り取られるばかりなのだが、そういう草の海を漕いで行くのは単調でうんざりしてくる。風がなく暑い日だった。両側がさえぎられ、先のほうの景色が細く長く見えているが、あたりには人や人家などの気配もなく、気力もくじけそうになるほどだった。とはいえ、名誉の撤退と称して引き返すにはあまりに奥まで入りこみすぎていた。日照りが続いた夏だけこうなるらしいのだが、この新しい障害物となった草の海を力任せに押したりかき分けたりして数マイルほども進んだろうか。やっとまた無事に川に出ることができた。

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こうして悪戦苦闘している途中に、橋があった。カヌーで接近すると、たまたま橋を渡りかけている人が二人いて、彼らはすぐに近所の人たちを呼び集めた。見物人がどっと押し寄せてくる。イギリスと違って、フランスでは、難儀している外国人を見て嘲笑したりする者は一人もいない。このフランス人気質はよく知られている。草が密生したところを何マイルにもわたってカヌーを漕ぐ男という、なんともお馬鹿な光景は、礼を失しないようどれだけ我慢強くなれるかを判断するのには格好の材料ではあった。もっとも、カヌー乗りとしては、こういう低湿地を通り抜けるために必要な労力は、場所のイメージから想像されるよりはずっと少なくてすむと言わなければなるまい。カヌーの鋭くとがった船首は草を押し分けてくれるし、なめらかな舷側は水性植物が密生していても引っかからずに通り抜けてくれる。すべてが終わってみれば、全体として、こういう場所でのトラブルや筋肉の酷使は、風のない運河での退屈な帆走よりはずっとましではある1

原注1: この後、ロブロイ・カヌーでダマスカスの東にあるアバナ川(現在のバラダ川)も下ったが、その河口にある広大で草が生い茂った湿地帯でも問題なく通り抜けることができた。

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