ヨーロッパをカヌーで旅する 53:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第53回)
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とはいえ、ここで合流したアーレ川は、カヌーにとってそれほど危険というわけではなかった。川が大きくなってくるにつれて激流も穏やかになるし、あちらこちらで暴れまわった後、少し落ち着いて安定し、堂々とした河になりつつあった。だが、このあたりでは、カヌーでの川下りの旅につきものの流木が多く、あちこちに引っかかっている。川底につかえた状態で先端が浮いたり沈んだりしていて、川の水もひどく濁っているため、流れてきた倒木の危険性は高い。油断せずしっかり見張っていなければならない。

前にも説明したが、身振りに加えて英語を大声で叫ぶというマクレガー流の「川の言語」は、このように川幅が広いところでは厳しい試練を受けことになる。たとえば、百ヤード(約九十メートル)ほども離れた川岸にいる人と、次のようなやり取りをするのに、ジェスチャーと彼らにとっては外国語の英語だけでどうやってうまく意思を伝達できるだろうか?

「あの岩のところまで行って中洲の左側を通った方がいいですか、それともこの辺で上陸し、カヌーを引きずって迂回(うかい)してから、また水路に戻った方がよいですか?」といったようなことだ。

とりあえずほっとするのは、ぼくの言う意味を相手が理解したらしいときだ。相手が「え、何?」と聞き返したりしないので、それとわかる。だが、たとえ相手がぼくの言ったことを正確に聞きとったとしても、双方が同じ言葉を使えるのでない限り、それ以上のことは期待できない。

ところどころに水車があった。いくつかは川に水車が置かれているというだけだったが、なかには洪水や渇水期の水面の高さに応じて水車の軸を上下に動かせるような仕組みになっているものもあった。台船を浮かべて、それに水車が設置されているのもあった。川の一部を斜めに横切るように小さな堰(せき)が作られているところもある。そういうところでは、最適なコースを選択できるように堰(せき)をじっくり観察し、どちら側を進むべきかを知ることも重要だ。ところによっては、また異なる構造物が設置されているところもある。川幅の半分ほどの低い堰(せき)が二つあり、川の中央部に向かって徐々に狭まり、Vの字のようになっている。狭い開口部を通り抜けると、一段下の広い水面では波が立ち騒いでいたりするわけだ。こうした場所では何度か「急流下り」をしなければならなかったし、前にも説明したように陸上を迂回(うかい)したこともある。

あるとき、ぼくは不注意から考えられない失態を犯してしまった。川の水が滝のように流れ落ちている低い堰(せき)の縁まできたのだが、いつものようにまず水深を調べるということをしなかった。魔が差したのだろうが、いちかばちか、そのまま進んでしまえと思ってしまったのだ。

基本的なこととして、カヌーは船体全体が水につかっている状態であれば、わずか三インチ(7.5センチ)の水深でも水に浮かんでいることができる。これは知っておいてほしい。堰(せき)の上流側では、それだけの水深があれば十分だ。で、カヌーがその堰(せき)までやってきたとき、カヌーの先端部分、つまり、カヌーの前半部分の六フィートか七フィートが堰(せき)を超えて空中に突き出してしまった。カヌーの先端が水から出てしまい、カヌーを支えていた水の抵抗が減ってしまった。となると、カヌーの中央付近では船底が六インチから七インチ強ほど沈んでしまうことになる。そして、その場所の水深がそれより浅ければ舟底が堰(せき)の上端に乗り上げて、カヌーは動けなくなる。そうなると、よほどうまくやらなければ、そのままぐるっと回転し、横向きに落ちていくはめになる。

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こういう状況は以前にも一度あった。またも、同じ窮地に陥ってしまった。今回はカヌーの先端が堰(せき)の底部にある岩の下にもぐりこんでしまったので、もっとひどいことになってしまった。カヌー本体が堰(せき)の縁(ふち)にひっかかった状態で、にっちもさっちもいかなくない1。こういう状態になってしまうと、カヌーから脱出するのも難しい。というのは、足から飛び降りようとすればカヌーが壊れてしまうし──上体を下に向けて落ちるように脱出しようとすれば頭が岩に激突してしまう。

原注1: 急流での危機的状況は焦りから生じることが多いが、このときの危機的状況はうっかりミスの結果だ。というのも、こういう場所を通過する際は、もっと時間をかけて地形を調べておけば十分に回避できるからだ。ぼくがこんな目にあったからといって、ロイス川の川下りをやめる人がいないことを願う。カヌーでの川下りには申し分なく適した川だし、回避できないような危険は存在していない。

なんとか脱出しようと試みたが、そのたびにカヌーの船体がよじれ、結局は、乗っている自分もろとも横向きにひっくりかえってしまった。奇跡的に下の水面に無傷で着水した。この件はとても自慢できることではない。こういう体たらくになってしまったのは乗り手のせいで、これほど遠くまで何の問題もなく運んできてくれたカヌーに対しては、言うまでもなく恩知らずの行為であるといえるだろう。

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