ヨーロッパをカヌーで旅する 47:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第47回)
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ロイス川は険しい岩山を流れ落ちているため激流で滝も多い。ルツェルン湖に達するまでの高低差は六千フィート(約二千メートル)もある。それでも、この湖自体がまだ海抜千四百フィート(約四百二十六メートル)の高地にあるのだ。

湖の端に向かうゆるやかな流れは、橋の下へと向かっていた。そこからまた川として流れていくのだが、最初のうちは穏やかなので、この先がごうごうと音を立てる激流になっているとはとても思えない。数マイル進んで森に入ると、まったく一人きりになった。地図を見ると、ロイス川はアーレ川に合流するようだ。とはいえ、どっちがどっちなのか、ぼくにはまったく判断がつかない。詳しい人なら「ロイス川の方が急流だ」と言うかもしれないが、数年前、ある男がボートでアーレ川に乗り入れたところ、警察に捕まって処罰されたことがある。何の罪かというと、自分の命を危険にさらしたことらしい。真偽は不明だが、それほどの急流ということだ。話がとんでもなく誇張されているとしても、こうした話から推測すると、スリルのある川として、すべてが満足のいくもののように思えたので、ぼくはそのままカヌーを乗り入れることにした。イギリス人の友人たちが橋の上に集まり、笑顔を浮かべている。ぼくは黄色のパドルを振って挨拶を返した。それから、パドルを漕いで街に入る。いい雰囲気の街並みを通り抜けると、またもや爽快な川下りが始まった。

まもなく、お遊びはここまでとばかりに穏やかな流れが終了し、「ビジネス調」の急流となった。川は林や干し草畑やブドウ園の間を縫って曲がりくねりながら流れていく。普通の川のさらさらといった音ではなく、朝の新鮮な輝きをあびて、明るく浮き浮きと歌っているような調子だ。流れのない、のろのろしていた湖とは明らかに違って、ロイス川の急流はぞくぞくするようなスリルを味わせてくれた。ロイス川は、多くの場所で、シャフハウゼン付近のライン川と同じくらいの川幅があった。荒々しく流れも速いので、どこをどういう風に通ろうかと思案する暇もない。両岸には集落も見当たらなかった。他に船も見えない。両岸は人気(ひとけ)のない、未踏の地といった雰囲気の森に包まれていて、川面から眺めると、ひどく荒涼としていた。

数マイルの間は、川下りも楽だった。水深が二フィート(約六十センチ)を切ることはほとんどなく、尖ったりギザギザした危険な岩があるところは川の水が泡立って渦ができているので、簡単に見分けることができた。平らで丸みをおびた岩の上を水がスムーズに速く流れているようなところほど、実は油断できない。というのも、そういう岩の周辺で生じる水しぶきは、普通の波と違っていることが多いからだ。ところどころ、すごい急流もあった。その日はまるで風がなかったのだが、麦わら帽子が吹き飛ばされるんじゃないかと心配になったほどだ。流速がとてつもなく速いため、それによって生じる風もすごいことになってくる。

そういった急流が連続し、身体の能力をフルに使った川下りというものは、一歩間違うと危険な遊びにもなりかねない。朝の川の魅力的な輝きに包まれている間、ぼくは仕事をしているときの生活や日々の業務のことを思い出したりもした。ぼくらがキリスト教の戦士だとすると、戦って守るべきロンドンの病院や悪臭ただよう路地にひしめいている貧しい人々、青白い顔でぼろ服を着た子供や売春婦たち、悲しみ、苦痛、貧困などのことを考えると、「こんな風に自分だけ楽しい思いをして美しい景色をながめ、健康そのものでいてよいのだろうか」と、自問せざるをえなかった*1。思索したり運動したりするためでなければ、意欲を高め、感謝の念を強くし、さらに愛情を注げるようになるためでなければ、そうして熱意をもって役に立てる状態で現場に戻るためでなければ、自分だけこうして楽しんでいるのは正しいとは言えないのかもしれない1





原注 1: ぼくはこれまでの冒険航海の後、「ヨルダンでのロブ・ロイ・カヌー」について八十五回の講演を行い、「地下の冒険」などに関して四十三回の講演を行った。それで得られた利益は一万二百ポンドになったが(1889年1月現在)、すべて英国の学校や病院、教会、保護施設その他の施設に寄付した。


訳注 *1: ジョン・マクレガーは法廷弁護士のかたわら、自設計のロブ・ロイ・カヌーでヨーロッパや中東の川や運河を長期にわたって航海したパイオニアだが、慈善活動にも熱心に取り組んだ。

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