現代語訳『海のロマンス』38:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第38回)
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アメリカの女性たち

一、すれっからしの老嬢

赤旗白旗が雲のように狭い六十余州に乱れ翻(ひるがえ)って、源氏と平家がいやが上にもときめいていた昔の帝(みかど)であった後白河院(ごしらかわいん)は「すごろくのサイコロと鴨川の流れと山法師(やまほうし)だけは私の思うようにならない」と嘆かれたということは、小学校時代に先生から聞いた有名な話である。

難波(なにわ)の葦(あし)が伊勢では浜萩(はまはぎ)と呼ばれているように、日本のカタツムリがフランスはパリでは美食とされているように、ここ南カリフォルニアにおいて不可解とか「厄介(やっかい)」という意味の形容詞をたてまつるべき諺(ことわざ)に「アメリカのオールドミスと排日論者の心」というのがある。

女という存在が厄介(やっかい)な、てこずる者であって、油断できない者であったのはずいぶん古い昔からのことと見えて、現にマルクス・アウレリウスという西ローマ帝国の皇帝は「女子は制御しがたき点において船舶に似ている」と、おっしゃっている。皇帝の発言だけでは納得できないというのであれば、他にも証拠はいくらでもある。

まず世界最古の戦争であるトロイ攻略についていうと、この神人混同の大激戦の原因というのは、パリスという女好きの王子と彼に誘拐されたヘレネという王妃(おうひ)とのいきさつから起こったのである。絶世の美女が国を亡ぼすという実例は、このときからすでに挙がっているということができる。

時代はさがって、シェイクスピアのハムレットは再婚した母に対し「弱き者、汝(なん)じの名は女なり」と嘆息し、仏様(ほとけさま)は仏道修行の妨げになる「内心如夜叉(ないしんりょやしゃ)」*1と喝破(かっぱ)している。これでは、ストリンドベリでなくても女性嫌悪(ミソジニー)を唱えたくなる。ともかくも厄介極まる者である。油断できない者である。これが、いわゆる新しい女なる者がうじゃついている新世界である。さらに、すれっからしの老嬢(オールドミス)がいるわけだ。

*1: 正確には「外面似菩薩内心如夜叉」で、女性は顔は菩薩のように美しく優しいが、心は夜叉(やしゃ)のように残忍邪悪で、仏道修行を妨げるという趣旨。
仏陀がこう述べたという記録はなく、仏教が伝来して以降の日本における造語とされている。

二 夫に離縁を申し渡す

昔から西洋の娘(ミス)と貞潔(バージニティ)とは不可分であるかのように話されていた。ところが実際に来てみると、世の中に誇張の文句の多いのに驚く。ことにアメリカの淑女とされている者の偽善的、仮面的生活に驚く。

彼女たちは男を寝室に連れこみさえしなければ、手に手をたずさえて公園のベンチで夜遅くまで語りあったり、怪しい宿で一夜をすごしても一切おかまいなしという観念を抱いている。しかも、こうした考えが上流社会のお嬢様たちにも浸透していることには吃驚(びっくり)する。未婚者(ミス)はそうであっても、既婚者(ミセス)はどうして……と思うのは、日本人の頭に浮かぶ考えであるが、そこが伊勢の浜萩(はまはぎ)である。不倫は白昼公然と遂行され、イプセンの戯曲の主人公ヘッダ・ガブラーやトルストイのアンナ・カレーニナのような女が億面(おくめん)もなく大きな顔をして歩いている。玄関から夫を送りだして裏口から情夫を迎え入れるのが彼女たちの常であり仲間内の誇りである。

人間、男と生まれてヤンキーとなるなかれである。女房のご機嫌をつなぐために、そのはかなきうわべのやさしさを求め、日夜営々と脂汗(あぶらあせ)を流しても、なお女房の不行跡(ふこうせき)を叱るわけにいかない。たまに発憤して離婚を申請し、法廷で黒白を争っても、判事や陪審員は女性に甘い。十中の八、九は女の勝訴となるばかりか、損害賠償とか名誉回復といった名目で巨額の慰謝料をしぼりとり、反対(あべこべ)に離婚を夫に申し渡して、情夫(じょうふ)の手を握りながら赤い舌をだすという仕儀(しぎ)である。万が一敗訴(やぶ)れても、男の財産の三分の一は巻き上げるように法律ができている。

三 あわれなM氏とコック

ロサンゼルスの名望家で有力者でもあるM.A.氏の家庭に、次のような出来事が起きた。
夫は世間体を考えて女房の不始末については隠していたが、細君の方は遠慮なしの放埓(ほうらつ)ざんまいで、それにたまりかねて、ついに法廷に訴えた。しかし、例のごとく見事に敗訴となった。かくてはついに法律上の夫婦たるにすぎないこととなった。夫はむろん同じ家に住みたくない。細君もまた「こんな女性の権利を無視して迫害しようとする紳士とはいえない男とは同じ屋根の下で寝起きしたくない」とかなんとか別居を申し立てる。そこで判事は、審議の結果、M.A.氏は紳士の名の下においてミセスAに一別荘を与え、毎月その生活費その他の金を仕送りするよう法律の力によって命じた。

以来、M.A.氏はサンフランシスコのミセスAのもとに月々の手当を送金してミセスAの放逸(ほういつ)なる生活費となさしめつつ、自分は妻を失った孤独で味気ない生活を送っているそうだ。

このような例はいくらでもある。サンディエゴ市の片隅に一人の実直な男が住んでいた。派手好きの妻のために日々コロナド・ホテルのコックとして勤務していたが、ある夜、いかなる悪魔(デビル)のささやきに心を奪われたのか、花街として有名なI通り(アイ・ストリート)に迷いこんで二日二夜、家に戻らなかった。きちんとした理由もなく自己の感情をもてあそばれるを拒絶する権利とかを常に主張する例の個性発揮のアメリカ女房である。なんでそのままみすごすものだろうか。たちまち憤然として、夫を訴えた。気の毒なのはコック殿である。例の女性びいきの判事によって、かわいそうに拘留一週間、監視三カ月の宣告を受けた。それ以来、コック殿は酒と聞いても女と聞いてもシャックリがとまるくらいに身震いしてこわがった。夫を訴えて臭い飯を食わせて坊主頭にした女房と、出獄して平身低頭して詫(わ)びをいれたご亭主と、すべてのあばずれ女をかわいがり親切にする裁判官殿と!! いずれも日本では見られぬ、珍奇な三幅対(さんぷくつい)である。

こうした風潮が日本に輸入されたらば大変である。さっそく、元老や大臣、政治家、医師などの花柳界の強者(つわもの)はたちまち格子牢(こうしろう)に入れられて、銀座や柳橋の歓楽の巷(ちまた)はたちまち閑古鳥(かんこどり)が鳴き、ネズミの巣となるだろう。

四 結婚のかけひきと試婚

こうなっては、いかにドル万能、女万能の国柄(くにがら)とはいえ、実ににがにがしい次第だ。中には結婚の駆け引きともいうべき新法をうまく利用した、奇抜なあばずれ夫婦もあった。それは、結婚する前に男女合意の二つの条件を互いに承諾する、というものだ。いわく

一、結婚後といえども、虫のいどころによっては、ときとして接吻(せっぷん)の要求を拒絶することができる。しかし、この拒絶をもって離婚の条件とすることはできない。

二、結婚後、妻の心ときめきたるとき、あるいはもののあわれを感じたとき、勝手次第に夫以外の男性を愛することができるものとし、夫はこれに関して何ら口をさしはさむ権利を持たないこと。

これは、実際にこのごろカリフォルニア州の某地に登場した新しい結婚のスタイルで、この夫婦も酔興だし、ただものではないが、これを認めた裁判官や牧師もまた、さすがさすがと、もっぱらの評判である。

このように、自他の個性を尊重し向上する賢夫賢妻(けんぷけんさい)が出現すると同時に、一方には試婚(しこん)なるものがようやく行われるようになっている。

将来を誓い合い契(ちぎり)を結ぼうと思う若い志願者が二人相談の上で、二、三カ月の間、夫婦見習いのままごと遊びをやってのける。その間に情操の適否や品性の高低はもちろん、浮気性の多少、発情性の寡多(かた)、お尻の軽重、目じりのたれ具合まで観測研究する。かくてうまく納まればおめでたく結婚し、うまく納まらなくても特に支障はない。笑って握手して別れる。さっぱりしたものである。いい度胸である。度量が大きくこだわりがないとは、このことであろう。結納の取り交わしもしないくせに不縁になったといってとりのぼせ、小刀(ナイフ)をいじくりまわしたり泣きの涙で日を暮らすなどという日本の娘に比べては、さすがに大陸的である。またあのミス何々(なになに)は疵物(きずもの)になったからもらうのはいやだなどと、野暮(やぼ)なことをいう殿方もいないのは両者の幸福と言わねばなるまい。

五 壮烈なる女学生

当市の北方の小高いところにハイスクールがある。また西方の郊外に師範学校(ノーマルスクール)がある。どちらも五百人くらいずつの男まさりの女学生を収容している。ハイスクールを見学に行ったときは、花も恥じらう妙齢のお姫様たちが、元気いっぱいに男子生徒と一緒にベースボールをやっているのにちょっと面食らった。

この頃、星条旗を艫(とも)にひるがえした女ばかりの乗組員のボートが、二、三度練習船の周囲を漕ぎまわってハンカチを振ったり、キャッキャッと大声で笑ったりしてさわいだりしているので、あの連中は何だと聞いたら、師範学校の女生徒だとわかって、なるほど壮烈な人たちだと思った。練習船に近く寄ったところを上から見ると、胴と上体部の一少部分をのぞく他は惜しげもなく肉体をひけらかしたジャケットを着た、そのアマゾン的な勇壮活発なる漕ぎっぷりにはまったく参ってしまった。

ある日、五番街(ファイブ・ストリート)の本通り(メインストリート)を散歩していたとき、サンドイッチとブドウと手に持ってほおばりながら歩いてくる女学生の一群に出会った。これも師範学校生であると聞いて、尊敬の念はますます強くなった。かかる優秀で新進の女傑が自由平等の校舎でかたく個性を向上せしめ発展せしめ、確固として抜くべからざる女権拡張、男性卑貶(ひへん)の思想を植えつけられ、さて威風堂々と練りこんでくる以上は、家庭における夫は、妻を楽しませ、妻が贅沢(ぜいたく)する費用を供給する機械(マシン)である。そして、これらの賢妻はおおっぴらに情夫を引きこんだり、愛人をこしらえていたりする。

空が美しいある夜、キリスト教徒の招待会(レセプション)に呼ばれて行ったとき、夜鶯(ナイチンゲール)のように歌い、アポロのように演奏する一人の女流音楽家が大いに聴衆を魅了した。

享楽に酔い、朗々たる美声に酔い、リスのよう鍵盤(キー)の上を飛ぶ白い腕にまとわりつき、さんぜんと輝く黄金(きん)の腕輪(アームレット)に射すくめられた聴衆の多くは、一人さびしく次の間から、衆人にもてはやされている交際女王(ソーシャルクイーン)に強い視線をそそいでいる一人の紳士に気づかなかったらしい。

やがて、この女王(クイーン)がいよいよ引き上げるとき、ちょっと手招きして人々に紹介したので、初めてその夫であることがわかった。

自分はふたたび言う。人間、男と生まれては天才の女房をもらうなかれ、と。

六 赤いスカートの売春婦

もともと米国は少し変わった国で、一つの都市が計画通りに膨張発展するまでは、例外的に公娼(こうしょう)の設置を許可する州法を持っている。サンディエゴは、その歴史上、東海岸のプリマスと共に、欧州文明の曙光(しょっこう)を受けたる第一地で、かの有名な探検家ガブリロや修道士フニペロ・セラなどというスペインの先覚者(パイオニア)が第一に上陸したところであるが、二十世紀的都市の発展上より見ると、悲しいかな第三流以下に位置している。したがって、予定した膨張発展が実現できていないので、いきおい例の公娼の設置がなされている。現に市の東部のI通り(アイ・ストリート)に大きいボンネットに赤いスカートの売春婦が四百人ばかり本隊を構えている。そして、その評判はすばらしく遠近に鳴り響いて、遠くロサンゼルスから百二、三十マイルの長途をことともせず、遠征を企(くわだ)ててくる女好きもあるという。

サンディエゴともあろう都市が、すでに四世紀も前に欧州文明の恩沢を受けながら、なお発展は遅々として進まず、二十世紀の競争における落伍者となったために、おぞましくも西洋ではあまり自慢できない遊郭(ゆうかく)などを押しつけられ、聖(セイント)フニペロの霊地の風紀を汚されている。かてて加えて、東方一小国の無名の船乗りふぜいの筆で、こうしてこと細かに報告され、日本三界まで生き恥をさらしたとは、よくよくの因果であると、ひそかに同情の涙をそそぐ次第である。そのお気の毒の至りであるサンディエゴ市の一市民の心細い凋落(ちょうらく)の事実を書かざるを得なくなった自分の心中(しんちゅう)は、昔泣いて馬謖(ばしょく)を斬った諸葛孔明(しょかつこうめい)の苦衷(くちゅう)にたとえられるべきものである。

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