ヨーロッパをカヌーで旅する 69:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第69回)
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左手を上ったところは巡礼者が集まる聖地になっている。毎年何千人もの人々がやってきては、新鮮な空気を吸い、山を歩いていい汗をかいている。フランス人たちは、運動や娯楽のためというより、信仰心にかられて、こんなところまで登ってきているようだ4

原注4: 有名なフランスの「聖地」としては、他にもグルノーブル近郊のラ・サレットの山がある。ここでは一日に一万六千人もの巡礼者が登ってきて、聖母マリアが時代を超えて出現し、羊飼いたちに語りかけたとされる場所を訪ねるのだそうだ。ぼくも実際に訪ねたことがあるのだが、そのときは聖なる水をレモネードのビンに詰め、それを荷かごに載せて運んでいる何頭かのロバと出会った。山のふもとに住んでいた僧侶が自家用ポンプを設置するまで、この聖水はヨーロッパ中でビン一本につき一シリングで販売されていた。現地で読んだ報告書によれば、聖人のふりをするために雇われた女がその手口を告白したので裁判沙汰にまでなったそうだ。イギリスでも、ローマカトリック教会の新聞は、この言語道断な詐欺行為を立証するための興味をそそる記事を掲載したりしていた。とはいえ、聖母マリア出現の目撃談における真実性と善良性については、バーミンガムのローマカトリックの司教がローマ教皇の承認を得て書いた本でも熱心に支持されている。


ぼくが思うに、ごく普通の人生という道の上を丈夫な靴をはいて真実かつ正直な生活を送るより、鋭い石の上をはだしで百マイル行進する方がやさしいのではあるまいか。

イギリス人の友人が合流し、ぼくの馬車に乗ってきた。モーゼル川の様子を調べるため、ぼくらは本通りを離れて、ビュッサンの町の方へ少し進んだ。この美しい川は、山頂の傾斜がゆるく丸みを帯びたバロン・ダルザス山(1247m)から流れ出しているのだが、四、五本の細かなちょろちょろした水の流れはバスタブほどの大きさの泉に流れこみ、そこで合流していた。その泉からあふれた水は山道に流れ出て、指を広げれば橋がかけられるほど小さな川の赤ちゃんとなっていた。このぶくぶくと涌き出している流れこそは、ぼくの興味をそそるものなのだった。というのも、今はまだ、かわいらしい小さな音をたてて草むらをちょろちょろと流れているだけだが、ぼくはこの冷たく透き通った流れがカヌーを浮かべられるほど力強い川になるまで追いかけていくつもりだからだ。

こうした大河の源流を実際に目撃すると、ロマンティックな空想癖のある者が興奮しないわけはないし、詩人は感情が高まり心がゆり動かされるはずだ。偉大な思想というものにはすべて、その源流というか萌芽というものが存在するに違いない。後世に大きな影響を与えるような偉大な考えというものが、一人の天才や戦士や賢者や政治家の頭の中でどのように誕生し、どのように脳を刺激したのかを知ることは興味深いだろう。源流の存在に加えて、思想というものにも、それぞれさざ波や深い淀(よど)みや周囲の美しい景観というものを伴った流れが存在している。気高い考えの者もいれば、視野の広い考えを持つ者もいるし、まっすぐ直接的なものもあれば、遠まわしなものもある。急流もあれば、静かで円滑な流れもある。すみきっていて、しかも深い、という流れは、ごくわずかしかないが。

とはいえ夢見心地で現実を見ずに出発するわけにはいかない。といって、ボージュの居心地のよい集落でいつまでもぐずぐずしているわけにもいかない。カヌーを浮かべられる本物の川があるところまで、冷静に状況判断しながらとにかく進むしかない。ぼくらは、川を浮かべられる川を探しながら峠を下った。うっそうと茂った木立のあちこちに、星のようにきらきらする光が見えている。湧き水がたまって陽光を反射しているのだ。そうした水たまりはから本物の川が流れ出しているはずだ。薄暗いなかで、カヌーが浮かべられるか否か、ぼくは小さな沼の一つ一つをチェックした。

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カテゴリー:読み物
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現代語訳『海のロマンス』54:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第54回)

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赤道通過(クロス・ザ・ライン)

一、海神ネプチューン

練習船大成丸は十一月七日、初夜当直(ファーストウォッチ)の一点鐘(いってんしょう)、午後八時半*1
に無事に赤道を通過した。

  *1:大成丸の当直は、夕方の四時から翌日の朝の八時まで、
    四時間ごとに分担がなされていた。

     午後四時から午後八時まで: 薄暮当直(イブニングウォッチ)
     午後八時から深夜零時まで: 初夜当直(ファーストウォッチ)
     深夜零時から午前四時まで: 中夜当直(ミッドナイトウォッチ)
     午前四時から午前八時まで: 黎明当直(モーニングウォッチ)
    
      担当する四時間を三十分ごとに区切って合図の鐘を鳴らすが、
    鐘をつく数を順に増やし、
     それぞれ一点鐘、二点鍾、三点鍾~八点鍾と呼んだ

科学万能で神秘的なものを排する「散文(プローズ)の世の中」である。自分ばかりは旧式なロマンチックの帆船に乗って、非人情や無刺激な生活を送っていると思っても、それも結局は主観的観念に過ぎなかった。

二十世紀の赤道の海には、海神(かいじん)ネプチューンの威霊(いれい)も現れなかった。世が世ならば……とホロホロと大きな涙をこぼして海神も嘆息されたろうが、一方、ぼくらも、品川を出帆して以来、期待し憧憬(しょうけい)した赤道通過祭が、オジャンになって少なからず落胆したしだいである。

海洋の神秘があざけられ、オーシャン・スピリットがその権威を失い、大洋の情趣や景勝が忘れられていくのを見ているネプチューン殿もつらかろうが、かのアホウドリと共に阿呆(あほう)といわれ馬鹿にされ、世間からは時代遅れの余興のように見られている帆船乗りも、また情けなく、つらいことではある。

船が利口になって帆船は汽船となり、人が利口になって船乗りが海員となり、茫漠(ぼうばく)とした大海の上から「帆とロマンス」とを払い去った現世で、古きにあこがれ新しきを呪(のろ)い、夢のごとくおぼろげな過去の愉悦(ゆえつ)と追憶に生きうる者は、かくいうぼくと、ネプチューン君、君との二人である。さらばネプチューン君!! 君の権威と威力(ちから)と慈悲とを祝福せんかな。

  一、その一挙手は大波をゆるがし、
    その一投足は陸と人とをふるわす。
    わがネプチューンのその権威、
    わがネプチューンのその威力(ちから)

  二、その殿堂たる大洋に大河は朝貢(みつぎ)し、
    その懐(ふところ)に魚類が楽しむ。
    サンゴの宮、瑠璃(るり)の花園(にわ)、
    われはたたえん、その得と威と力。

  三、踊れるトリトン/ネプチューンと、歌える海の妖精(フ)、
    声うるわしく人を魅了(みする。
    かのサイレーン(海の精)こゆ、
    千尋(ちひろ)の底の常春(とこはる)の楽土(くに)。

二、五目飯とカステラ

十一月七日正午の観測によれば、船は今夜の八時ごろに赤道を超える(クロスする)という。
船長の考えで、赤道祭(せきどうさい)などというお祭り騒ぎは止して、ごちそうを食べ、のんびりくつろぐだけの休日になる。海上生活の情緒的な行事として長い間、人々に想像され期待されていた赤道祭は、ウヤムヤに逓信省(ていしんしょう)所属の練習船・大成丸の甲板上から消え去った。したがって、白いひげを生やして、片手に三叉槍(さんさそう)、片手に地球をささげた海神から、「南半球の鍵」をもらう荘厳なる儀式もなく、トリトンや海の妖精(シーニンフ)や海の精(サイレーン)等の従者たちの扮装(ふんそう)も見られなかった。

ごちそうが出る休日として、正午(ひる)に五目飯(ごもくめし)、卵とじ、吸い物、きんとんという贅沢(ぜいたく)な献立を頂戴したぼくは、おやつに、カステラを肴(さかな)にサイダーの祝杯をあげた。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 68:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第68回)
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鉄道は緑の山々を縫って曲がりくねりながら走っている。あちこちの村に「工場」があり、夜になると、無数ともいえる窓の光で山の中腹の斜面が照らし出される。こうした工場群は、女性が大好きな──買うのはその夫たちだが──流行のフランス製のショールやスカーフを作り出しているファッション業界の拠点でもあるのだ。ここで図案化されたデザインは、一流の名人の手になる油彩画のように高額で、フランスでは、一つの図案を彫るごとに、イギリスの製造業者が支払う金額の三倍のお金が支払われているらしい。

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現代語訳『海のロマンス』53 :練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第53回)
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アホウドリを釣る

一、彼らはおそれ、彼らはおどろき、
  彼らはうらみ、彼らはののしった。
  生暖かい鳥の首をキューキューと、
  こともなげに俺が絞めたとき。

二、何という無残なしうち?!
  おそろしい悪魔の心!!
  手前が鳥を殺した故に、
  海が時化(しけ)たらどうするつもりだ?

三、見ろやい、祟(たた)りがもう現れた、この外道(げどう)め、
  無辜(むこ)の鳥を殺した報いは、
  マストにうなる強い風となったわ。
  と、震えながら彼らは吠えた*1

*1: イギリスの作家、コウルリッジの幻想的で怪奇な長編物語詩『老水夫行』に、アホウドリを殺したために船が呪われて……という、ほぼ同じような一節がある。

バタバタと甲板を駆ける靴の音がしたと思ったら、「釣った、アホウドリを釣った」という、浮世離れしたユーモアに富んだ声が、人々の心のどこやらに必ずひそんでいる、子供のごとき好奇的欲求をけしかけるように、けたたましく甲板に響く。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 67:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第67回)eyecatch_2019

第十二章

カヌーで航海するときはいつも小さな旗を揚げているのだが、それは荷馬車で運ぶ時も同じだ。ゆっくり歩いていく。目的地には少しずつ近づいてはいる。夕方になると、美しいボージェの山々から涼しい風が吹いてきて、旗も生き返ったようにひらめいた。トゥーア川が道をさえぎるように流れていて、そこを渡らなければならない。とはいえ、日照りが続いていて水が少ないので、渡渉は簡単だった。ぼくらの荷馬車の行列は、やがてタンというかわいらしい町に入った。御者はこのまま自分が定宿にしているホテルまで行こうと言った。ぼくとしては、その宿を見た瞬間に、この規模の町でこれが一番ということはないなと、すぐにわかった(何度も経験しているからね)。それで、ぼく自身が手綱(たづな)をとって引き返し、もう少しましな宿を探した。

見つけた宿の主人はぼくのカヌー旅の記事を読んでいたそうで、大歓迎してくれた。最高だったのは、なんでも自由にできるということだ。夕方、集まった地元の人々を楽しませるため、マグネシウムのランプを点灯してみせた。大勢の人が道路にあふれている。摘みたてのブドウを満載した大きな樽を載せた荷車を牛にひかせて家路に向かうところなのだ。花束を振りまわし、花の冠を高く掲げ、踊ったり、しわがれ声で歌ったりしている。朴訥(ぼくとつ)な感じではあるが、ブドウの豊作を祝っているのだ。国境を超えてフランス領に入って気がつくのは、フランス人は歌が下手だということだ。そういうのを聞かされると、すぐにドイツ人の上手な歌がなつかしくなるから不思議だ。このあたりの農民たちの言葉はまだドイツ語で、気質もドイツ的なのだが。

夜になると、火事を消す実験があるというので、それを見物しにいった。市場に大きなかがり火がたかれていた。新しい装置の発明者が前に出てくる。背中に水を入れた容器を背負っている。炭酸ガスで大気圧の六倍の圧力がかかっているらしい。細くなったホースの先端を火に向ける。かがり火は驚くほど短時間で消えた。大成功だ1。この発明家と町の頭のよい人たちは、その後で、ぼくのカヌーを見物しにきた。例によってスケッチブックを広げて楽しんでもらい、気持ちよく一日が終わった。この日のはじめは苦労の連続だったが、一日の最後ですべて逆転した。にぎやかな町ではあるものの、本屋は一軒しかなく、品揃(しなぞろ)えも貧弱だった。一人の神父と修道女二人が、そこで本を買っていた。活字がびっしり詰まった本より絵や図入りの本の方がよく売れているようだ。

原注1: この発明(消火器)はロンドンでもよく知られているし、非常に価値のあるものだと思う。

翌朝、新しい鉄道を利用してカヌーを丘陵地帯まで運ぶことができた。鉄道の係はカヌーを別便で送るように言った。つまり「貨物」専用の汽車に載せろというわけだ。このカヌーは自分にとって、いわば「女房」のようなもので、それと別々の汽車に乗るなんてできないと、ぼくの方も説を曲げなかった。彼らは額を寄せ、知恵をしぼり、五種類の書類に何やら書きこみ、二倍の料金を請求した。とはいえ、ぼくが払った費用は全部で九ペンスだった。まったく、フランス人は相も変わらず書類仕事が好きで、臨機応変ということを知らない。

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現代語訳『海のロマンス』52:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第52回)

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二、副直勤務

夜明けの当直の副直(サブワッチ)に立つ。十一月五日。

暗い海から涼しい風が吹き上がって、睡眠(ねむ)りたりない顔にいくぶんの爽快味を与える。うす暗い羅針盤(スタンダード・コンパス)のランプで、針路が南南西になっているのが照らし出される。

例の季節風(モンスーン)のため、したたか悩まされた練習船はついに十一月三日の午後四時に総帆(そうはん)をたたんで機走に移った。北緯八度四十分、西経百二十四度。

暑さはいくぶん減ったようだが、赤道無風帯(ドルドラム)に特有の威嚇的な空と、悪性な海の揺れ方はまだ直りそうもない。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 66:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第66回)
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日曜は散歩したり本を読んだり、のんびりとすごした。宿の気持ちのいい離れで、ミュルーズから釣りに来ていたイギリス人一家と一緒に食事をした。娘の一人が深い池に落ちておぼれかけた。叫び声が聞こえたので、すぐに駆けつけて引き上げた。

このイギリス人の英語には、ちょっと外国人風のアクセントがあった。もうフランスに六年もいるのだそうだ。とはいえ、故郷のランカシャーなまりは会話の随所に出ていた。彼は「マンチェスターの新聞で、ちょうどカヌーについての記事を読んでいたところなんだよ」と語った。その日の朝、子供たちは日曜学校に行き、それから汽車でここまで来たらしい。英国北部の、およそ上品とはいえない彼の所作と、「小さな紳士淑女」たる子供たちのお行儀のよさは対照的だった。その上品な子供の一人であるフィリバートは非常に利口で、一時間か二時間、ぼくの話の相手をしてくれた。仲良くなり、その子はイギリスやアメリカについて、ありとあらゆることを質問しまくった。挿絵の入った本を渡すと、大喜びでフランス語の本を父親に読んでやっていた。その本では、ナポレオンと元帥が、島流しにあったセントヘレナ島でキリスト教の信仰について語りあったりしている、ちょっとびっくりするような本なのだ。フランス語を解する者にとっては、読む価値のある本だ。

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現代語訳『海のロマンス』51:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第51回)

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無風帯(ドルドラム)

一、風神の横神破り──南西の季節風(モンスーン)

十一月二日、北緯八度五十二分、西経百二十四度二十一分。

昨日からなんど風向(かぜ)が変わって、何度「帆の開き(タック)」が変わったかわからぬ。しかも、風力(かぜ)といえば、子供の髪をそよがすほどの力もない。いよいよ船はソロリソロリと例の赤道無風帯(ドルドラム)へと忍びこむらしい。

暑い。苦しい。じっとしておっても身体の肉が溶けて流れ出すかと思うほどに、気味悪い脂汗(あぶらあせ)が毛穴をつんざいてスラスラとあふれ出る。

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ヨーロッパをカヌーで旅する 64:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第64回)
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しばらくすると、運河はイル川に流れこんだ。この川はフランスのボージュを通ってライン川に続いている。長さはあるが、流れはひどく遅い。というか、いたるところによどみがあって、単なる水たまりが延々と連なっているみたいで、水面も煮汁のあくのような膜でおおわれていた。となると、この川に長居はしたくない。で、また運河に入り直した。そこで、一人の若者と知り合いになった。本を片手に散歩していたのだ。彼は偶然にもアメリカのカヌーの冒険の本を読んでいたようで、ぼくたちは話をしながら川と岸辺を並んで進んだ。ロックでは、手を貸してくれた。ぼくは、こうやって実際にカヌーで旅をしているのと、本で読む冒険に満ちた物語とはえらい違いだろうと言ったりした! 彼は自分の世界を広げようとしていた。外国を旅したい、特にイギリスを見てみたいと語っていた。それで連れだってレストランまで行き、彼にワインをおごった。料金は二ペンス半だった。若者と別れたときにはもう暗かったので、ぼくはカヌーを水門管理人の家に預けた。そこの息子がイルフュートの村まで連れて行ってくれた。近くに鉄道の駅もあるのだが、背後の丘にはブドウ園が広がり、なんとも牧歌的なところだった。暗闇のなかでも、最高の宿とされた家を見まちがうことはなかった。白い馬という名の宿で、泊まれますかときくと、「個室は無理だけど、三人の相部屋でよければ」という返事だった。

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現代語訳『海のロマンス』50:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第50回)

二カ月近く滞在したサンディエゴを出帆。いよいよ最大の難関の一つ、南米ホーン岬へ向かう航海がはじまります。

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さらば麗しきポイント・ローマ

沿岸風より貿易風帯へ ── 上 再び「痛快味」を感ず

さっそく最初の夜、当直に立つ。サンディエゴを出帆した十月十七日の夜である。南カリフォルニアの沿岸風は、都合よくも北から吹いている。

一年余も航海しなかったような気がする。なんとなく新しい心持(こころもち)で、ハッチの周囲(まわり)に集まった当直員の胸には、不思議なほどこんがらがった思いがそれからそれへと走馬灯のように伝わる。

船長の不祥事、三等航海士の客死(かくし)など、考えてみても嫌になるほど、暗い、いたましい、情けない回想は、軽い華やかな明るいカリフォルニアの大気の下でただ享楽と若き生の躍動にのみ生きている美しい人と共に遊んだ追憶と、何の躊躇(ちゅうちょ)することもなく同居している。

今朝、桟橋でホラハン奥さんに泣かれたときは、さすがに悲しかった。ポイントローマの下で「金色のベスト」を来た同胞に別離(わか)れたときも、さすがに悲しかった。しかし、それからわずか十時間とたたぬ現在(いま)では、「胸中なんの不安もなし」である。何らのわだかまりも何らの未練も何らの心残りもない……といったら、さすがに跳ねっ返りのアメリカ女も「ずいぶんだわね」とか「薄情な方ね」とかなんとか驚くであろうが……

船乗りのせわしない稼業では仕方がない。五十余日の悲しい回想も、楽しい追憶も、一切のことすべてがぼんやりとして、夢を見ていたような気がする。

すべての過去を、すべて夢のごとく忘れ去ったとき、人々の心には、ただ心細い前途が残った。さびしく長く苦しきものと想像する、青い海の旅が残った。

「いよいよ今日から四カ月の重禁固かなあ……」と、娑婆(しゃば)に未練を残す者。

    白帆(しらほ)の翼高く展(か)け
         われ行かんかな広き海洋(うみ)

と、非人情、無刺激な大自然の懐(ふところ)にいだかれて、新しい世界に飛び出したことを喜ぶ者。

強い北の順風を受けて、船は景気よく南へ南へと走るせいか、さかんに縦振動(ピッチング)をやる。横振動(ローリング)をやる。波に持ち上げられること(ヒービング)もある。五十余日のサンディエゴ停泊にすっかり気を許して、やれやれ安心と、どっしり尻をおろした神経中枢が突然グラグラと不意打ちをくらう。不意打ちをくった神経中枢は、これはというタイミングで、すべての意識と慣習と性格と心頼みとに、狼狽(ろうばい)と同士討ちを持ちこんでくる。さかんに酔っぱらって、さかんに苦しい「痛快味(つうかいみ)」を感じる。

しっかと甲板を直角に踏みしめたつもりでいるのは、ただ本人だけである。両足を踏ん張る直線運動が上下に働いているうちに、メタセンター*1を中心として、船の動揺(ローリング)が孤形運動をなしつつあることを知らぬとは、ずいぶん甘い、虫のいい話である。

*1: メタセンターは船が傾く前の浮力の作用線と、傾いた後の浮力の作用線の交点。
つまり、傾きの中心で、船の安定性の目安になる。

力強くおろした踵(かかと)が、揺れる甲板にスポッと斜めに当たるとき、腰から腹へかけて胃の腑(ふ)のあたりにはびこる底力(そこじから)が意気地なくスーッスーッと頭のてっぺんから蒸発していく。腰がふらつき、目がくらみ、こめかみがズキンズキンと痛む。いよいよ本物になりそうである。

「船暈学(せんうんがく)」、つまり船酔いに造詣(ぞうけい)が深い長谷川如是閑(なせがわにょぜかん)先生は「胸がムカムカして気持ちの悪いのは、周囲の動揺が神経中枢の統一作用を攪乱(かくらん)して、それを不安定な平衡状態に置くからだ」と言われた。

ところが、ぼくの眩暈(めまい)ときては、ずいぶんずうずうしい横着な種類(たち)で、いかに胸がむかつこうが、いかに統一作用が攪乱(かくらん)されようが、ないしは周囲の景色がケンケンで踊りを踊ろうが、食卓のごちそうは一通りは必ず平らげる。食卓に向かうときに限って神経中枢は巧みに統一され、動揺せる不安定な物象を超絶した立命の地が平然と出現するように思える。

こういう神経中枢の狼狽(ろうばい)と、前夜の夜更かしによる睡眠不足とがもたらす不自然なる神経系統の緊張から、さすがに海洋(うみ)に慣れたるぼくといえども、今度という今度は「頭ズキズキ」「胸ムカムカ」となった。船乗りとして恥ずかしい次第である。

こういう気分に襲われたのを「大成丸語」では、「痛快を感じる」という。悲痛壮快なる情緒の攪乱(かくらん)が立て続けに頭痛として沸き起こるからだという。ところが、始末におえないのは、この「痛快味」がマストの上でタールや塗料を塗っているときに、ヤッコラサと奇襲してくることである。尾籠(びろう)な話だが、あるときはメイン・マストのバックステイに飯粒のまじったタールが塗りつけられてあったり、百尺(約三十メートトル)の空から麦飯やみそ汁の雨がときならず降ってきたりしたという笑い話が残っている。

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