現代語訳『海のロマンス』 5: 練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著


夏目漱石に激賞された商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第5回)。


練習帆船・大成丸は品川埠頭で抜錨し、東京湾を南下して横浜に到着し、歓迎の式典を迎える。


夜光虫の燐光は青い瑠璃(るり)色となって砕け流れて、夏の夜の海は涼しくも美しい。

午前中に甲板を洗い、オーニングを張り、万国旗を飾って、ほっとした気持ちで林逓信大臣の一行を待っていると、午後一時頃に来船された。

「……長い航海をすると、朝に夕べに、目に見、耳に聞くものがしごく平凡単調なものですから、船乗りの心はおのずとすさんでくるということですが、諸君は上の者も下の者も互いに尊敬し、同胞(どうほう)互いに助けあって、楽しく有益にこの壮大な使命を果たされるよう望みます……」

大臣の訓示は、今や微に入り細にわたって教えさとすような調子で、さながら自分の子が鹿島から洋行するのを見送る老父のような熱情を示している。林大臣、小松次官、湯河船舶局局長、石原商船学校長などの一行は二時には練習船を離れ、やがて「総員上へ! 出港用意!」という命令が下った。

二時半頃、ミズンマストに高々とJNGHの船名旗を鮮やかにひるがえした大成丸は、松本教頭や古谷大佐、高柳幹事の諸氏が分乗する四隻の小型船に伴走されて静かに港口に出た。防波堤にひたひたと寄せては返している大海原からの青い波は、この練習船に乗っている未来のマゼランやキャプテン・クックを歓迎しているようだった。

船路安かれと祈る見送りの人々と、今日を限りと名残おしげに顧みる船上の乗員との間には、言葉では言い表せない共通したデリケートな情緒が通いあい、人々が無理して浮かべている笑顔は、悲しくもまた苦しい心の努力を示していた。

三声(さんせい)の長笛で別れを告げ、針路を南微東*1に館山に向かった練習船は、午後四時ごろ浦賀沖に達した。右まわりに大きな円を描きながら、船首を羅針盤(コンパス)*2の三十二方位に合わせ、次々に船首が各方位を向いた時間とそのときの太陽の方位角とを測定し、それぞれ三十二点で生じる羅針盤上の自差(ディビエーション)を調べた*3

一般に、船には標準となる羅針盤(スタンダード・コンパス)をはじめとして、次位の羅針盤、航法用の羅針盤など大小およそ約十五、六の方位磁石が用意されているが、そのうち、その構造がすぐれていて器差(きさ)*4や自差(じさ)などが最小のものをスタンダード・コンパスと呼び、船の針路や星や太陽、月の方位観測などにはこれを使い、他の羅針盤はこれと比較してその自差の量を減少させるものである。本船には後部ブリッジ*5に標準の羅針盤が設置され、前部ブリッジに次位の羅針盤が備えつけられている。今日やった自差補正は、主として標準羅針盤の三十二方位に生じる自差の量を確かめ、それと同時に次位の羅針盤の自差の量を標準のものと比較研究したのである。

船はぐるっと大きな円を描いて一回転し、元の針路に復帰し、迫りきたる黄昏(たそがれ)をついて鏡ケ浦に向かおうとしたが、そのとき、紀洋丸と思われる一隻の船が前方からやってきて「我は汝を見るを喜ぶ」の万国信号に続いて、TDLの信号を掲揚した。すなわち「安全なる航海を祈る」というのだ*6。本船からはただちにXORの信号旗を掲揚して海上の友の好意を謝した。そのとき後甲板にいた信号手が、その船のはるか後方で別の汽船一隻がTDL旗を掲揚しているのを認め、ただちに信号を送ってその船名旗を見れば第二遼陽丸だということがわかった。こうして波静かにしてイルカが眠っている水道の夕暮れを直進し、南路で館山に向かった練習船からは、七時に太房(だいぶさ)岬をまわって北条(ほうじょう)の灯火が見えた。


脚注
*1: 南微東(なんびとう) - 東西南北の全方位(360度)を32等分したとき、「真南からやや東」を指す。やや(微)は11.15度で、真南と南南東の間。


*2: 羅針盤 - 羅針儀、方位磁石、コンパスともいう。原文では「羅針器」という言葉が使われているが、一般的な表現に直した。


*3: 自差(じさ) - 方位磁石は船の金属等の影響を受けて誤差が生じる。自差は、船ごとに、また方位磁石の設置場所ごとに微妙に異なるため、本文にあるように、山の頂上など陸地で見分けやすい二つの物標の見通し線や太陽の位置から割り出した確実な方位を基準にして、船を実際に旋回させながら各方位で誤差を測定する。


 現代のヨットでも、正確なナビゲーションのため、コンパス(方位磁石)やオートパイロット(自動操舵機)について、下図にあるような自差表を作成して用いる。

deviation_01

上図は『アナポリス式シーマンシップ』(鯨書房)より


*4: 器差 (きさ)- 測定器固有の誤差。


*5: ブリッジ - 船の高い位置にあり、船舶で操船の指揮をする場所。船橋(軍艦では艦橋)ともいう。


*6: 安全なる航海を祈る - 船舶では、アルファベットや数字にそれぞれ固有のデザインの旗を割り当て、それを組み合わせて信号として用いる。


現在の国際信号旗は、1969年刊行の国際信号書(国際海事機関)による。


この世界一周航海が行われた1912年~1913年当時とは異なり、「安航を祈る」はUとWの旗を使う。


U旗U_flag-code    W旗W_flag-code


それぞれ単独では、U(あなたは危険に向かっている)、
W(医療援助がほしい)だが、
2文字を組み合わせることで「安航を祈る」になる。

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現代語訳『海のロマンス』2: 練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼたちお)著

[著者 はしがき の続き]

   (三)

『海のロマンス』には、これぞと思う取り柄(とりえ)がない。

ただあるとすれば、米の値段を知らない風来坊が、浮き世となんら関係のない極端な非人情のことを長々とのんきに書きまくった、その気楽さを味わうくらいである。二つの世紀と三つの内閣とを送迎した日本の「陸の人」から見れば、実にふざけた戯言(たわごと)であるかもしれない。しかし、僕はこれが『海のロマンス』の取り柄であると思う。読む人が、うらやましくて、ついよだれがという、そういう境遇ではあると思う。

百二十日、ほぼ四ヶ月の間、口から空気と麦飯とを放り込んで、手にブレースたこ*1をこしらえる以外に、浮き世の規範も情実も義理もヘチマも度外視した無刺激な生活!! 金の「か」の字も心頭にのぼってこない気楽な生活!! いまから考えてみると、こんな月日は二度と世界のどこにも、一生涯のどこにもあるまいと思う。

(四)

東西の両朝日新聞*2に掲げられた断片的な『周航記』が一つのまとまった『海のロマンス』となったのは、まったく先輩の薄井秀一氏の友情ある犠牲的努力によるので、十月十八日に下船して、さらに十一月十六日に横須賀の砲術学校に派遣される……などと大騒ぎにせわしなかった自分のみであったならば、とうていこんな単行本はできなかったことと、心より感謝の念を捧げる。

(五)

また、この機会を利用して、序文をくださった夏目漱石先生、渋川玄耳(しぶかわげんじ)先生、鳥居素川(とりいそせん)先生、杉村楚人冠(すぎむらそじんかん)先生に甚大なる謝意を表する*3。

横須賀楠ケ浦寄宿舎において

米窪太刀雄(よねくぼたちお)

大正三年一月中旬

脚注
*1 ブレースたこ: 帆船で横帆をつるす帆桁(ほげた)をヤードと呼び、ブレースはその両端につけたロープを指す。
このブレース(ロープ)を引いて帆の角度を調節するため、手にたこができる。

 

*2 東西の両朝日新聞: 明治12年(1879年)に大阪朝日新聞が創刊され、その後、東京にも進出して東京朝日新聞が発行された。両者が「朝日新聞」として統合されたのは昭和15年(1940年)。

 

*3 序文: 連載1で、漱石の序文のみをご紹介しましたが、渋川、鳥居、杉村の三氏も当時の著名人で、序文を書いています。
この三氏の序文は、連載の最後に掲載する予定です。

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新連載 現代語訳 『海のロマンス』 練習帆船・大成丸の世界周航記

今年はじめの新連載として、口語訳『海のロマンス』(米窪太刀雄著)をお届けします。

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この本は、商船学校の学生だった米窪太刀雄(よねくぼたちお)が商船学校の練習船・大成丸に乗船し、二年間をかけて世界一周したときの航海記です。

これはまず朝日新聞に連載され、夏目漱石が激賞したこともあって、出版されるやベストセラーになりました。

とはいえ、賞賛すると同時に、漱石は自分が『吾輩は猫である』を書いたときの文章に似て作者が悪達者にも思えるので、あまり「玄人っぽくなりすぎないように」と親身な忠告も与えています。

著者の簡単な紹介は末尾に記載します。
まずは、夏目漱石の愛情あふれる序文からお読みください。

現代語訳『海のロマンス』  1

米窪太刀雄 著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活文

夏目漱石の序文

 あなたの回航日記は、海を知らない人にとって、興味の深いものであります。また有益なものであります。私は『海のロマンス』という表題の下にこの回航日記が公にされるのを喜んでおります。

 概していうと、文筆は陸の仕事です。陸にいて海を書くコンラッドのような人はありますが、船にいて海の生活をその日その日に写していった人はあまりないと思います。それも暇のある人が道楽にならやれるかもしれませんが、あなたのように練習に忙しい身で、朝夕仕事に追いかけられながら、疲れた手にペンを持つことを毎日忘れずに何百日もやりとおすということは、とうていできる業ではありますまい。この点において、あなたの文章は他の人のそれよりもはるかに骨の折れた努力を示しています。この点において、たしかに世間に紹介される価値があると思います。

 あなたは普通の人にできないことをなすったのです。おかげで普通の人に知れないことを公にする機会を得たのです。今度の帆走は約四百日で三万六千海里(約6万4千キロ、地球を一周半できる距離)を走ったのだそうですが、この未曾有の回航中に含まれている暴雨だの時化(しけ)だの、波の山だの、雲の塊だの、陸では百年たっても見ることのできないものが、ただあなたの忍耐で握られたペンの先からのみ湧いて出たとすれば、あなたも嬉しいでしょう。陸にいるものも嬉しいのです。島国と名はついていても海の生活を知らない日本人はいくらでもいます。知らないで知りたがっている人もたくさんあります。あなたは、そういう人にケープタウンや、リオ・デ・ジャネイロやフリーマントルから、よい土産を携えて帰ってきたといわなければなりません。

 あなたの文章は才筆です。少しのよどみもなく、お手際はほとんど素人(しろうと)らしくありません。よくあの忙しい練習船のうちで、このくらいに念入りの文章が書けるかと思うと感服せずにはいられません。しかし、そこにあなたの弱点の潜んでいることを忘れてはなりません。あなたの筆は達者すぎます。あなたは才にまかせて書きすぎました。素人らしくないと同時に、少し玄人(くろうと)くさくなりました。私はあなたの文を読んで、なにゆえ延ばす一方にのみ走らないで、縮める工夫に少し頭を使わなかったかを遺憾に思うのです。あなたの文章は、私がむかし書いたものの系統をどこかに引いています。それが、私にはなおさら辛いのです。人の文章が自分の文章の悪いところに似ている。私にとって、これほど面目のないことはありません。私は「猫」を書いて何遍か後悔しました。そうして、その後悔の過半は「猫」らしい文を読んだときに起こったのです。あなたが私の文章を真似たといっては失礼です。しかし、私の文章の悪いところがあなたの文章にもあるということは疑いもない事実です。私はその後、自分の非を改めたつもりです。あなたも今度第二の『海のロマンス』を書くときには、どうぞ私の忠告を利用して、素人離れのした、しかも玄人じみない筆づかいで純粋なものを書いてください。

大正二年十二月二十日

夏目漱石

太刀雄 様

はしがき

(1)

今年の秋十月、ともかくも無事「世界周航」なるものをすまして帰朝したとき、一人の男がたずねて、
「君はあんなものを書いたが、いったい船乗り生活が面白いのか」と。
たずねた男の鋭い眼光には「やせ我慢はゆるさないぞ」という閃きがあった。

ぼくは当惑した。大いに当惑したぼくは、
「いや大いに不平がある」を答えざるをえなんだ。
そうして黙っていればよいのに、生意気にも、
「船乗りは嫌いだが、海洋(うみ)は好きだ。人間は嫌いだが自然は好きだ。白いきれいな雲の往来と赤い雄々しい太陽の出没とを眺めくらして、蒼茫(そうぼう)たる大洋(うみ)の真ん中に首だけ出して見ていたい」
などと古くさいことを長々と付け足した。

こしゃくな! とばかりに、その男はカラカラと笑った。口が干上がるのをおそれながらも、なおデイドリームにあこがれエヤキャッスルを築く*1笑止な男だと心ひそかに笑ったのか、嘘をつけ、いまの船乗りの意識と情操とを濾過(ろか)してくる海洋(うみ)の景象に、海のロマンスというべきものがあるのかと笑ったのか、いまだにそれはわからない。

このはしがきを読んで、その男は今頃どこやらで、またはカラカラと声高く笑っているだろう。その笑い声を聞きたいようでもあり、また聞きたくないようでもある。

(2)

『海のロマンス』は、商船学校練習船大成丸乗り組みの一学生が、明治四十五年七月から大正二年十月にわたる十五ヶ月、三万六千海里の大航海の間に、感じたこと、見たこと、聞いたことを、船務の余暇にそこはかとなく書きつづったものである。
その昔ただ海洋美とか、雲濤美(うんとうび)とか、または海洋精気(オーシャンスピリット)とかにあこがれて美しい着物を着て喜ぶ小児のようにただわけもなく、うっかり入校したその男は、船乗り生活の苦しいつらい非情緒的現実的の将来を覚知すると同時にそろそろ不平や悲観や失望を味わうようになった。

この心理は彼が練習船の人となって二年間の海上生活を送るようになったときに至るまで、この正直な男の頭脳(あたま)を悩まし、心にたたった。

このとき、この男の手元へ一本の手紙がとびこんだ……船乗りは最も男らしい生業だとか……今度の航海は空前無比の世界的大航海だとか……いろいろの扇動的辞令があった。

「正直な男」は首をかしげて「なるほど、そんなものかなあ」とつぶやいた。そんなに偉い生業なら悲観するにもあたらない。そんなに偉い航海なら、こいつを一つ新聞に書いてさらにほめられてやろうとと決心した。

『周航記』が東京朝日に現れたのは、こんなつまらぬ動機からである。
「彼」とか「その男」とかいうのは、かく申す拙者(せっしゃ)である。

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脚注
*1: デイドリームは白日夢や空想、エヤキャッスルは空中楼閣を意味する英語で、いずれも現実離れをしているという意味が込められています。作者はしきりに横文字を使いますが、よくいえば血気盛んな若者の意気込みの表れ、悪くいえば漱石のいう「達者すぎる/才にまかせて書きすぎる」ことにつながるのかもしれません。

米窪太刀雄(よねくぼたちお): 本名 米窪満亮(よねくぼ みつすけ)
1888年(明治21年)~1951年((昭和26年) 労働運動家で政治家
長野県生まれ。東京高等商船学校(東京海洋大学)卒業。在学中、訓練航海について書いた『大成丸世界周遊記』が朝日新聞に連載され、『海のロマンス』として単行本化されベストセラーに。日本郵船に入社。船長等を経て、船舶業務に従事する者の待遇改善運動から政治の世界へ。労働省の初代労働大臣。

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著作権について
2018年12月30日に環太平洋連携協定(TPP)が発効したことにより、日本の著作権保護期間は50年から70年に延長されました。

単純に考えると、「保護期間の50年は経過しているが、まだ70年にはなっていない2018年12月30日より前に著作権が切れていた」著作物はどうなるのかが問題になりますね。

有名な青空文庫などでは、半数近くがこれに該当するので注目されていましたが、結局、

この保護期間延長は、TPP11の発効日以降に50年の保護期間が切れる著作物にのみ適用され、発効日前にすでに著作権が切れていた著作物の「権利が復活することはない」ようです。

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