現代語訳『海のロマンス』111:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第111回)

五、怪物は風のごとく

日となく夜となく百尺(約三十メートル)の高きに登って風に吹かれ雨にたたかれ、南蛮(なんばん)鉄のごとき抵抗力を充溢(じゅういつ)せしめている彼らの体躯(からだ)は、かねて音に聞いた不死身(ふじみ)とやらを想像させるほどで、彼らにとっては些々(ささ)たる石炭粉ぐらい、どうということはないのだろう。一向に平気であるに違いない。

だれか、この際(さい)、外部から刺激し交渉してくれる者がなければ、そのまま粘液質的*に納まり返っているだろう。彼ら自身では積極的に面白い場面(シーン)の展開を呼んで来そうもない。ここにおいて、ぼくは心の底から外部に向かって何らかの低気圧が起こってくれとひたすら願った。

* 粘液質的: 医学の父と呼ばれる古代ギリシャのヒポクラテスの体液説に基づく気質の分類で、感情の起伏が少なく粘り強い気質を指す。

ところが、至誠(しせい)はこれ天に通ずとかで、それからわずか三十分も経たないうちに、ぼくの注文通りにうまく事件が寄り集まってきたのには、自分ながらその真摯(しんし)な思いがこれほど早く効果を生じたのには感服した次第である。

一時間の英語学習も今は残り少なになって、教科書の主人公の生まれ故郷たるデボンシャーの絵のごとき風景を描写するキングスレイの、いわゆる言葉の絵画が今やようやく佳境(かきょう)に入らんとするころ、ふと食堂兼教室の扉(ドア)の隙間(すきま)から外をのぞいたぼくの目に、ピカリと光るものが二つ見えた。

と、続いて四つ、六つ、八つ!! はてな?! 光るものがようやくその数を増して扉(ドア)の外の形勢(けいせい)ただならぬと思うころ、閉ざされた扉(ドア)が自ずから開いて、二つの光り物は風のごとく魔のごとく、スーッと六間(ろっけん)に余る(約十メートルほどの)教室を縦にあっという間に迅速に通り抜けた。

驚かされたのは、ぼくばかりではなかった。

ウーと口ごもりながら黙ってしまった英語の先生は、あっけにとられて、しばし目を白黒させていた。

下のバンカー(貯炭庫)で、今まで石炭の移動に励んでいた学生は、その汚れきった身体(からだ)の塵(ちり)をぬぐうべく、真っ黒にこびりついた肺と気管との黒粉を洗濯すべく、この際ぜひとも下甲板の洗面所に駆けつけなくてはならなかった。

ところが、彼らが石炭艙(せきたんそう)の出入口から上に登って洗面所へ到達するには、二つのルートがある。

一つは艙口(ハッチ)からまっすぐに上へ、まず厨房(ギャレー)へ出て、上甲板から再び下甲板に下がって洗面室に達するコースで、他のルートは直ちに食堂を横切って、そのまま洗面所へと直行するものである。

前者は後者に比してはるかに距離が長くなるのみならず、アラビアンナイトに出てくるような異形の半裸体の風体を人目にさらす空間(スペース)が多い。

さりとて、後者をとるには、蛇蝎(だかつ)のごとく裸体を憎む一人の外国人と六十人の同輩と、さらに三匹のカメレオンが駐屯(ちゅうとん)している食堂を通るという大英断が必要になる。

ここにおいて、約二十人の、身体は真っ黒に、目は物凄(ものすご)く白く、口は鮮やかに紅(あか)い化け物どもが食堂の前にひそかに集まって謀議(ぼうぎ)に時をこらした。

しかし、いつまで経(た)ってもみな尻込みして、自分から先陣をつとめようとする者がない。が、それでは時間の推移がこれを許さない。身内に毒虫のごとくわだかまる不快な感覚がこれを許さない。さらにはこの事件を叙述するぼくの筆がこれを許さない。

ついに、前述した通り、一人の化け物がたまりかねたと見え、なるだけ素早く通り抜けて視界を通過する時間を縮めて網膜に投影される自己の姿の「総面積」を最小におさえようと、天狗のごとく走り去って、満場をアッと言わせた。

これが成功したとみるや、他の化け物どもも我も我もと、あるいは疾風(しっぷう)のごとく、あるいは天狗(てんぐ)のごとく走り抜ける。

驚いたのは食堂にいた連中である。

なかでも教官はよほど肝(きも)をつぶしたと見え、キングスレイもデボンシャーもそっちのけで、ただ呆然(ぼうぜん)と走り抜けた通路に残された、黒い粉が舞ったまま旋回している大気の渦流(かりゅう)を見つめている。

なかには、どうせ正体がわかった以上はと、いやに落ち着きはらって両手を振って悠々と歩み去るものもある。おかしな身振りをして「深川踊り」*を踊りながら行く道化(どうけ)た男もいる。

ああ、ついに、「こんな青二才どもに教えてもしょうがない」とでもいうように長嘆息した英語の先生は、「まるでモグラ(モール)のようだ」の一語をあとに退却してしまった。それから二、三日は、これが船内の唯一の笑話(しょうわ)となった。

* 深川踊り: 江戸時代から明治にかけて流行した「かっぽれ」風の滑稽な踊り。

なんだ、そんなことが驚天動地(きょうてんどうち)の大事件かと笑う人があったら、その人はたしかに、ちょっとしたことでゆれ動く人情や心理の機微(きび)についてきちんと認識していないことを示している。

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