スナーク号の航海 (92) - ジャック・ロンドン著

だが、しばらくすると、イチゴ種にもなれてきた。この文章を書いている時点で、ぼくは腕に五つ、むこうずねに三つのイチゴ種があった。チャーミアンは右足の甲の両側に一つずつできている。タイヘイイは自分のイチゴ種に半狂乱だ。マーティンのむこうずねにできた最後のやつは、それ以前のイチゴ種を侵食し圧倒していた。ナカタにもいくつかできていたが、彼は無造作に皮膚をはぎとったりしている。ソロモン諸島でのスナーク号の歴史は、初期の冒険者たちから連綿と続いている、すべての船が体験するものだった。「水路誌」から引用してみよう。

ソロモン諸島に相当の期間を滞在する船舶の乗組員は、傷や擦過傷が悪性潰瘍に変化するのを知ることになる。

水路誌では、発熱に関する問題もやっかいだとされている。

新しく到着した者たちは、遅かれ早かれ、発熱に苦しむことになる。原住民も同じ症状を呈する。一八九七年、白人五十人のうち九名が死亡するにいたった。

そうした死には偶発的なものもあった。

スナーク号では、ナカタが最初に発熱し倒れた。ペンデュフリンでのことだ。ワダとヘンリーがそれに続いた。その次はチャーミアンだ。ぼくは二カ月なんとかしのいだが、結局は倒れてしまった。その数日後、マーティンも続いた。ぼくら七人のうち、発熱しなかったのはタイヘイイだけだったが、彼は熱よりも故郷に戻りたいという望郷の念にかられていた。ナカタは例によって治療に関する指示を忠実に守り、三度目の発熱がおさまるころまでには、この病気にかかっても二時間ほど汗をかき、キニーネを三、四十粒も飲むと、それから二十四時間後には、十分とはいえないまでもまずまずの回復をみせるまでになった。

だが、ワダとヘンリーは患者として扱いにくかった。まず、ワダはひどくおじけづいていた。もう自分の運はつきて、ソロモン諸島に骨をうずめることになると思いこんでいた。自分の人生はつまらなかったと、くよくよしていた。彼はペンデュフリンで赤痢にかかり、さらに不運なことに、一人の犠牲者が、棺ではなく地面に埋葬されるのでもなく、ブリキ板に乗せられて運び出されるのを目撃してしまったのだ。誰もが発熱し、誰もが赤痢にかかった。皆、いろんな病気にかかった。死は日常に存在した。今日でなければ明日、というわけで、ワダはとうとう死ぬ日がやってきたと信じきっていた。

ワダは潰瘍には無頓着で、昇こうをかけるのを忘れたり、むやみにかきむしったりしたので、潰瘍が体全体に広がってしまった。発熱時も指示に従わず、その結果、一日で十分に治るはずのところが五日間も寝たきりになったりした。ヘンリーも同じようにひどい状態だった。キニーネははっきりと拒絶した。その理由というのが、ずっと前に熱をだしたときに医者がくれた薬とぼくが出した錠剤の大きさと色が違っているというのだった。というわけで、ヘンリーもワダと同じ道をたどった。

しかし、ぼくはこの二人をだまし、彼らに必要な治療を施した。つまり信仰療法ってやつだ。連中は自分がまもなく死ぬというのを恐れていた。ぼくは大量のキニーネを二人に無理やり飲ませて体温を測った。このとき薬箱にあった体温計を初めて使ったのだが、何の役にも立たないとすぐにわかった。それなりの商品ではあるのだが、現実の役には立たないのだ。つまり、この二人の患者に体温計の数字をそのまま告げたら、二人はやっぱりなと思い、そのまま死んでいただろう。彼らの体温は華氏百五度(摂氏四十度)もあったのだ。ぼくは二人に体温計を使い、ほっとしたように体温は華氏九十四度(摂氏三十五度弱)だよ、笑顔で言ったのだ。それから、またキニーネを飲ませ、気分が悪かったり体がだるかったりするのはキニーネのせいで、じきによくなると告げたのだ。すると、二人ともよくなった。ワダは自分は死ぬと思いこんでいたが、そうはならず回復した。人が誤った思いこみで死ぬことがあるとすれば、誤った思いこみをさせて生き続けさせるということがあってもよいのではないだろうか?

スナーク号での体験に基づくと、気概とか生き残るという意思の強さという点では白人に軍配があがりそうだ。スナーク号の二人の日本人のうちの一人と、二人のタヒチ島人は恐怖にかられていたので、背中をたたいて激励し、無理にでも生き抜くようしむけてやらなければならなかった。チャーミアンとマーティンは苦痛もどこか楽しんでいたし、自分のことはさておき、冷静に自分の生き方を信じていた。ワダとヘンリーはもう死ぬと思いこみ、タイヘイイにいたってはもう葬式しかないという雰囲気で、悲しげに祈り、何時間も叫んだりしていた。その一方で、マーティンは悪態をつきながらも回復し、チャーミアンは苦痛にうめきながらも、治ったらあれもやりたいこれもやりたいと計画を立てたりしていた。

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