それから、南にはアトナム島が海から突き出し、北にはアニワ島、正面にはタンナ島があった。タンナ島を見誤る可能性はなかった。火山の煙が空高く立ち上っていたからだ。四十海里離れていたが、ずっと六ノットの速度を維持していたので、午後にはさらに接近した。山ばかりで、もやもかかっていたし、海岸線に進入できそうな開口部があるとは思えなかった。ぼくはポート・レゾリューションを探した。港として機能しなくなったとは聞いていたが、泊地にできればと準備をしていたのだ。火山性の地震のため、過去四十年間で海底が隆起し、かつて大型船が錨泊していたあたりは、最近の報告では、スナーク号くらいの船でやっと停泊できるくらいの広さと水深しかないという。最後の報告以降に、港が完全に封鎖されてしまうような天変地異でもあったのだろうか。
海岸に切れ目はない。接近してみると、貿易風を受けて押し寄せた波が岩場に砕け散っていた。双眼鏡で遠くまで調べてみたが、進入口は見つからない。ぼくはフトゥナ島とアニワ島の方位をとって海図に記入した。二本の方位を示す線の交わるところがスナーク号の位置になる。そこから、平行定規*1を使い、スナーク号の位置からポート・レゾリューションまでを結ぶ線を引いてみた。この線の方位角を偏差と自差で補正して甲板へ出た。が、その針路が示す方向に目をやっても、海岸に打ち寄せる波はどこまでも続いていて、切れ目は見えなかった。船を海岸から二百メートルまで近づけたので、ラパ島出身のクルーが不安がっている。
「ここに港はないよ」と、彼は頭を振りながら言った。
しかし、ぼくはコースを変え、海岸と平行に走らせた。舵はチャーミアンが握っている。マーティンはエンジンのところで、いつでも始動できるよう待機していた。いきなり狭い開口部が見えた。双眼鏡で調べると、そこにだけ波が入りこんでいる。ラパ島出身のヘンリーは当惑しているようだった。タハア出身のタイヘイイも同様だ。
「通路なんてないよ」と、ヘンリーが言った。「あそこまで行ったら座礁するよ、必ず」
白状すると、ぼくもそう思った。だが、進入口のところで白波が切れていないか探しながら、そのまま走らせた。すると、そこにあった。狭いが、そこだけ海面が平らだった。チャーミアンは舵を切り、進入口に向けた。マーティンはエンジンを始動させた。他の全員で帆をとりこんだ。
湾曲部に一軒の交易商人の家が見えた。百ヤードほど離れた海岸では間欠泉が海水を噴き出している。小さな岬をまわると、左手に伝道所が見えてきた。
「三尋(ひろ)」*3と、測鉛線で水深を測っていたワダが言った。
「三尋」「二尋」と、すぐに続いた。
チャーミアンが舵を切り、マーチンはエンジンを止め、スナーク号は投錨した。錨はがらがら音を立てて三尋の海底に落ちた。ほっとするまもなく、大勢の黒人が姿を見せ、船に乗りこんできた。ニコニコした野性味丸出しの連中で、髪は縮れ、困惑したような目をし、切り込みを入れた耳にはピンや粘土の輪をつけている。それ以外は素っ裸だ。その夜、全員が寝ているときに、ぼくはそっと甲板に出た。そして静かな風景を満足して眺めた──そう、満足して、だ──自分の航海術に。
大挙して乗りこんできた連中
脚注
*1:平行定規は海図に引いた線を、角度を維持したまま平行移動させるためのもの。日本では大きな三角定規を二枚使って平行線を引くことが多い。
*2:尋は水深の測定単位で六フィート(大人が両手を広げた長さ)。尋は英語のfathomの訳として使われるが、どちらも人体の部位に基づく単位なので、語源は違うのに結果として長さがほぼ等しくなるのが面白いところ。似た例として、船の大きさ(長さ)を示す単位の尺とフィート、さらに寸とインチも手指や足の大きさに由来し、洋の東西を問わず、ほぼ同じ長さになっている(国や時代によって正確な長さは変化してはいる)。
*3:測鉛線は長いヒモの先端に錘をつけたもので、長さの目印として途中に色をつけたり布片を結んだりしてある。これを海中に投じて水深を測る。錘の先端に凹みがつけてあり、ラードなどの獣脂を詰めておくと、海底の様子(砂か泥かなど)がわかる。