スナーク号の航海(23) - ジャック・ロンドン著

第五章

陸地初認

「海じゃ退屈するなんてことはないぜ」と、ぼくはスナーク号の乗員たちに保証した。「海には生き物がいっぱいいるんだ。数が多くて、毎日、新顔が現れてくれるんだ。ゴールデンゲート・ブリッジを通過してすぐ南に向かうとするだろ、そしたらトビウオが飛びこんでくるのさ。フライにして朝飯に食おうぜ。カツオやシイラも取れるだろうし、バウスプリットから丸い顔をしたイルカだって突けるぜ。おまけにサメも──サメは無限にいる」

ぼくらは実際にゴールデンゲート・ブリッジを通過して南へ向かった。カリフォルニアの山々が水平線に没し、太陽は日ごとに暖かくなった。だが、トビウオはおろか、カツオもシイラもいなかった。大海原から生き物が消えていた。ぼくはこれほどまでに見捨てられ荒涼とした海を航海したことはない。これまではいつだって、この緯度あたりまで来るとトビウオに遭遇していたのだ。

「がっかりするな」と、ぼくは言った。「南カリフォルニアの沖まで待ってようぜ。そうすればトビウオが捕まえられるから」

南カリフォルニアの沖、カリフォルニア半島南部、メキシコの海岸沖まで来たが、トビウオはまったくいなかった。何もいなかった。動いている生物がいないのだ。生物を見ないまま航海日数を重ねていくのは異様としか言いようがない。

「がっかりするなよ」とぼくは言った。「トビウオが飛びこんでくれば、他の魚もみんなとれるようになるはずだから。トビウオは海にいる他の生き物すべての生命の糧だから、トビウオさえ見かれば、他のもどっと登場するだろうよ」

ハワイに行くにはスナーク号の進路を南西に向けるべきだったが、ぼくはまだ南下を続けた。どうしてもトビウオを見つけたかったのだ。ぎりぎりのところまで南下し、どうしてもハワイに向かわなければとなったら、進路を南ではなく真西に向ければいいと思っていた。北緯十九度まで来たところで、最初のトビウオを見た。一匹だけだ。ぼくは確かに見た。他の五人は目を皿のようにして、一日中、海を見張っていたというのに何も目撃しなかったらしい。トビウオは非常に少なくて、最初の一匹目を見つけるまで一週間かかった。シイラやカツオ、イルカや他の生物群にいたっては皆無だった。

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北東の貿易風を受け、ヒールして帆走

サメのあの不気味な背びれすら海面には見当たらなかった。バートはバウスプリットの下からステイにぶら下がって海水浴をした。そして泳ぎながら流れていくものを観察していた。というわけで、海の生物についてのぼくの面目は丸つぶれだった。

「サメがいるとしたら」と、やつは言ったものだ。「なぜ姿を見せないんだ?」

ぼくは、お前が手を離して流れていけば、連中はすぐにやってくると請け合った。これは、こけおどしだった。自分ですら信じていなかった。こんな状態が二日続いた。三日目に、風が落ちて凪になり、非常に暑くなった。スナーク号は時速一ノットほどで動いていた。バートはバウスプリットにぶら下がっていたが、異様な気配を感じて神経質にきょろきょろしていた。ぼくらは大海原を二千時間も航海してきて、一匹のサメも見なかったが、バートが泳ぐのをやめてから五分もしないうちに、サメの背びれがスナーク号の周囲の海面で円を描いてまわりだした。

だが、そのサメについては何か妙なところがあり、それが気になった。陸の近くにいるはずの種類が、こんな沖合にいるのは変だった。考えれば考えるほど、わからなくなった。しかし二時間後に陸地を視認したので、この不可思議な現象の謎が解けた。やつは何もいない深海からではなく、さっき見えた陸地から来ていたのだ。陸地初認の予兆、陸からの使者だったというわけだ。

サンフランシスコを出てから二十七日目に、ハワイのオアフ島に到着した。早朝に潮流に乗ってダイヤモンドヘッドをまわると、ホノルルの全景が飛びこんできた。そうすると、大海原にふいに生き物があふれ出てきた。トビウオはきらきら輝きながら編隊となって宙を切り裂いた。五分もしないうちに、それまでの全航海で目撃したより多くを見た。さらに大きな、さまざまな種類の魚たちもしきりに跳ねた。海にも陸にも、いたるところに生命があふれていた。港には帆柱や蒸気船の煙突が見えた。ワイキキのビーチにはホテルや海水浴客も見えたし、パンチボウルやタンタラスなど、火山から連なる斜面の高いところにある住宅からは煙が立ち上っていた。税関のタグボートはぼくらの方に突進してくるし、大量のイルカが舳先の下にもぐりこんで跳ねまわった。港の修理業者の船がやってきて料金を請求し、大きなウミガメが海面に甲羅を出したまま、ぼくらを眺めいたりした。これほど生命にあふれていたことはなかった。スナーク号の甲板には見知らぬ連中があふれ、聞きなれない声が飛び交った。世界中のニュースを満載した今朝の朝刊も持ちこまれていて刺激的だった。偶然にも、ぼくらはスナーク号の記事を目にしたのだが、それによれば、乗員全員が海で行方不明となったそうだ。スナーク号は耐航性のない船だということが実証された、とも。ぼくらがこうした記事を読んでいる間にも、ハレアカラ山頂では、スナーク号が無事に到着したことを告げる無線電信が受信されていたのだった。

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航海に出て最初の寄港地に停泊するスナーク号

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