現代語訳『海のロマンス』130:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第130回)

大統領の製造者(プレジデント・メーカー)

生糸が日本の対外貿易で大きな割合を占めるように、ブラジルは珈琲(コーヒー)を唯一の国富の源泉としている。そして二つの国が、その内国の製造工業の隆盛ならざるは共に軌(き)を一(いつ)にしている。

日本が二十何億の国債を有して、しかも自ら極東の盟主をもって任じているのは、ブラジルが四十億の借金にあえぎながら、しかも南米の盟主を気どっているのと一対である。

日本の国民道徳がいまだ過渡期にあるのは、ブラジルの思想界が動揺的であるのに対するもので、日本が目下(もっか)盛んに新奇の欲求に渇(かつ)えているのは、ブラジルが英語に憧憬(しょうけい)し、パリ型(スタイル)の流行を追っているのに似ている。

まがいものを好むにおいて、両国民は申し合わせたるごとく、歩調を一にし、虚栄心、装飾性、贅沢(ぜいたく)欲においてほとんど同典型に入らんとしている。

軍人を尊敬し、異人種を畏敬(いけい)し、重き関税政策をとることができる。政治家が料亭や珈琲店で国政を料理している。外見(みかけ)は堂々たる予算を立てて、巧みに帳尻をあわせる。魚売りや籠売りが天秤棒をかたげたところまで、見事に類似せる東西の両新興国よ。

ここに最もおかしきは、立憲帝国と威張(いば)っている日本に、元老という特殊な一階級があって、国政を独占し、閥族(ばつぞく)を作って非立憲的な暴政を敢行(かんこう)する、「大臣の上の大臣」があるのに対して、ここ自由共和国のブラジルにも、歴代の内閣には、いわゆる「大統領の製造者」なる黒幕(ワイヤープラー)がいて、巧みにその黒幕が大臣や宰相という立派な人形を傀儡(かいらい)として動かしていることである。

この権威ある「大統領の製造者(プレジデント・メーカー)の称号を戴く者に、前(さき)にマーシャード・フォンセカあり、後に海軍大将インデイアナ・ド・ブラジルがある。

一八八九年の十一月十五日を一期としてドンビードロ王のブラジル帝政が倒れて、かのマーシャード・フォンセカが初代大統領となってから、元帥(マーシャル)フロリアーノ、元帥(マーシャル)プルデンテ・デ・モラエス博士、カンポス・サーレス博士、アフォンソ・ペナ博士と六代の大統領*を送迎して、今日(こんにち)の元帥(マーシャル)エルメス・ダ・フォンセカ閣下に及んでいる。

* ブラジルの歴代大統領の現在一般的な表記   初代 デオドロ・ダ・フォンセカ、第二代 フロリアーノ・ペイショット、第三代 プルデンテ・デ・モラエス、第四代 カンポス・サーレス、第五代 ロドリゲス・アルヴェス、第六代 アフォンソ・ペナ、第七代 ニロ・ペサニャ、第八代 エルメス・ダ・フォンセカ

この七代のうち、二代以下五代までの大統領は、例のデオドロ・ダ・フォンセカ(マーシャード)の代官同様であって、後の二代はインディアナ・ド・ブラジルの傀儡(かいらい)である。彼らは擁立(ようりつ)してくれた者の意思の下に動く、一種の人形であって、施政方針、国是、国家統治の根本はもちろん、教書の内容まで、この黒幕の指図を受けるところは、ちょうど目白台*の内命が永田町の官邸会議の権威をなすと同じようである。

* 目白台  東京・文京区の高級住宅地。明治の元勲・山縣有朋(やまがたありとも)の邸宅(椿山荘)など有力な政治家や華族の屋敷があった。

今のフォンセカ将軍は例の「大統領の製造者」だったマーシャード将軍の甥(おい)で、前内閣には陸相(りくしょう)として徴兵制度を実施した功労もある人であるが、その選挙のときは、前内閣の副大統領にして蔵相を兼任したライバル、ボテという男と激烈な競争で、さすがの名望と功労とをもってもなお危うかったのを、インディアナ・ド・ブラジルの口利きやジェネラル・ボシャダの尻押しで現在の栄誉ある地位を勝ち得たので、擁立してもらい主従関係にあったという弊害は、昨日のごとく今もなおやまぬという。

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