ヨーロッパをカヌーで旅する 56:マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第56回)
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カヌーを載せた牛車の行進はまもなく小さな町に入ったが、地名はわからない。通りに敷いてある大きな丸石を乗りこえながら、荷馬車ならぬ荷牛車がガタゴト音を立ててゆっくり進んでいくと、昼間で人の気配がなかった窓から、たくさんの人が顔を出した。ぼくらをのぞき見て、なんだか面白そうだ、もっとよく見ようと家から飛び出してくる。立派なホテルの入口まで牛が小舟を引いていくのは、確かにめったにお目にかかれない珍光景には違いない。主役となった殊勲の四つ足動物の名誉のために言っておくと、この牝牛はここでは由緒正しい淑女のごとき振る舞いをしてくれた。

行きかういろいろな人々が、このカヌーの名前を発音してみようとする。船首に青い塗料で船名が書いてあるのだ。ロブ・ロイを「ロード・ロー」と読む人もいれば、「ルブリー」と呼ぶ人もいた。しまいには、メガネをかけた人がわかったぞと叫んだ。「そうか、そうか、ヴァルタレスコートだ!」 残念ながら、わが母国スコットランドの作家で海外でも人気があるウォルター・スコット卿の歴史小説は、この地では読まれていないらしかった*1

*1: ウォルター・スコット(1771年~1832年)はスコットランドの歴史小説家。
スコットランドのロビンフッドとも呼ばれる義賊のロブ・ロイ・マクレガーを主人公にした『ロブ・ロイ』と題する歴史小説も執筆している。
本書の著者であるジョン・マクレガーが自設計のカヌーをロブ・ロイと名づけたのは、自分と血縁のあるこの母国の英雄にちなんでのことである。

ライン川はこのあたりではドイツとスイスの国境にもなっているのだが、川幅は狭くなっている。川にかかっている橋からラウフェンブルクの滝3がよく見えた。轟音をたてて流れ落ちる白い瀑布を眺めていると、丸太をたばねたイカダが流れてきた。むろん、人影は見えない。この巨大で頑丈な構造物は、滝に近づくにつれて静かな流れが少しずつ早くなっていくことに怒っているようにも、また悪いことが起きることを予感して引き返そうとしているようにも見えた。

3: 「ラウフェンブルク」の文字通りの意味はラウフェン城(スイス領にある)だが、「ラウフェン」の滝のある町一帯を指す。転じて、米語のローファー(浮浪人)はドイツ語で歩るきまわる人という意味の語句(herum laufer)に由来しているかもしれない。

この滝の写真はこちら
https://goo.gl/maps/VANWecuHSH9UKPwE8

結び目がすべてぶち切れ、巨大で頑丈な丸太が薪(まき)のように飛び跳ねながら真っ逆さまに音をたてて白濁した水塊に突っこんでいく。それを見ていると、こんな冷たく煮えたぎっているような大釜の中にあの華奢なカヌーで突っこんでいたらどうなっていただろうかと、いまさらながら考えざるをえない。ここまでやっとの思いで遡上してきたサケたちも、この滝には当惑していることだろう。で、何百匹ものサケが岩から吊り下げられた大きな鉄製のカゴにとらえられていく。ライン川にはこれと同じタイプの漁場が他にも何か所かある。そうしたところでは、杭(くい)を打ち込んだ上にステージを造り、横木(ビーム)が渡されている。そいつが頑丈な網を支えているのだ。歩哨(ほしょう)の詰め所のような小屋では、男が一人、黙って座っているのが見える。手には一ダースほどの紐を軽く握っている。で、これらの紐は網の端に結びつけられていて、魚がだまされて網に捕らえられるか、急流で混乱して迷いこむと、網の小さな振動が紐を伝って見張りの男の手にまで届く。すると、見張りの男は巨大な横木(ビーム)を上昇させて一網打尽にするという仕組みだ。

滝の手前でぼくに警告してくれた若い友人は、カヌーを運ぶために牛を見つけ、サケ漁を見せてくれた。それで、ぼくは彼を朝食に誘った。すると、彼はにわかに注目を集め、人命救助者という、ちょっと発音がむづかしいドイツ語が意味する行為に関して、集まっていた人々の質問攻めに会った。ここでは、四本オールのボートに乗った五名の英国人の噂もまた耳にした。そのボートは、ロンドンからシャフハウゼンまで陸路で送られたものだった。そのボートの連中はとんでもない速さでライン川を下って行ったのだが、このラウフェンハウゼンにも六週間ほど前に立ち寄ったのだという。ぼくと同じように天候に恵まれていたら、つまり、ヨーロッパ中央のドナウ川の水源からイギリスのウェストミンスター宮殿まで一度も夕立ちなどに遭遇していなければ、さぞや爽快な川下りになっているだろうとうらやましく思った。

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