米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第159)。
帰山の途
……広い桔梗ケ原(ききょうがはら)*の片ほとりに、幾星霜(いくとしつき)をさびしくたたずんだ村も、今日はさまざまな秋の草花と、歓迎の文字を記(しる)した色とりどりの旗とで、盛装した花嫁のごとく飾られ、軽く喜んでいる村人の心を、さらにはしゃがせるように、さらにそそのかすように、陽気な昼花火が、青い高い秋の空に男らしく砕け散る。
* 桔梗ヶ原 長野県塩尻市にある、奈良井川の扇状地。
古いモーニングを着た村長殿、中尉の制服をいかつく身体にまとった在郷軍人の団長、黒門付(くろもんつき)に仙台平(せんだいひら)の村会議員、タンスの底からいま出したばかりと──その畳(たた)みジワで一目に証明している──とっておきの矢絣(やがすり)を着た、日焼けしている娘たちがみな、一斉に小さな村の停車場(ステーション)に集まる。
四時の時計が、暮れやすい高原の夕景を先導するようにさびしく高く鳴ると、三千の群衆はすわとばかり襟(えり)をととのえる。飯田町(いいだまち)一番の列車が堂々たる様子で構内に進み入って、「万歳」の歓呼(かんこ)のうちに、商船学校の制服を着用した色の黒い、小さな男がプラットホームに出る。 続きを読む