現代語訳『海のロマンス』160:練習帆船・大成丸の世界周航記(最終回)

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第160回: 最終回)

土産(みやげ)話

古い言いぐさだが、「なくて七癖(ななくせ)……」という諺(ことわざ)がある。たいていの人は何かしら癖を持っているという。もちろん、ぼくも持っている。しかも毛色(けいろ)の異(かわ)った妙な癖を。

十二、三歳から二十歳(はたち)ぐらいまでの、美しい、従順(すなお)な、かわいらしい娘の多い家庭にお客となって、若い華(はな)やかな雰囲気(ふんいき)に包まれながら、強烈(きょうれつ)なる色彩とかんばしき芳香(ほうこう)とに富んだ若い生を味わいたい――と、これがぼくの癖である。

しかし、何らの野心も、謀反(むほん)も、冒険もない。ただ、そういう華(はな)やかな家庭の空気にふれていればよい。念のため、ちょっと断っておく。

敏(とし)さんと百合(ゆり)ちゃんと武(たけし)君の家庭は、そういう意味から、ぼくの勝手に選定した家庭の一つである。先方(むこう)ではさぞかし有難迷惑(ありがためいわく)であろうが、とんだ者に見こまれたのが災難と、あきらめてもらいたい。

十五ヶ月ぶりで──どうも「十五ヶ月ぶり」が多いようだが、ぼくらのようなコスモポリタンにとっては、誇(ほこ)りと欣喜(よろこび)とを感じるこんな嬉しい言葉はない──勝手(かって)知った玄関口に立つ。敏(とし)さんが、ニコニコ笑って出てこられる。 続きを読む