米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第95回)
ミセス・プリッチャー
はじめのうちは、ちょっと物知りそうに見える男をつかまえては、まず試験的に、今からちょうど五十年前にこの島を訪問した日本のサムライが立ち寄った家というのを知っているかと尋(たず)ねてみたものだ。
しかし、どれもこれもちょっとまごついては、やがて恐(おそ)ろしく思慮(かんがえ)深(ふか)そうな顔をして、じっと考えこむ様子を見せるのだが、まるで「年譜(ねんぷ)や記録じゃあるまいし、そんなことまで知るものか、しかし、先方は外国人のことだし、できるだけ同情した風な表情を見せてやれ」くらいの了見(りょうけん)で、苦しいながらもさも親切な風に見せようと、なんとか努力をしているのだと知れたので、罪なことだと、それ以来、聞かぬことにした。実際、そのうちの一度のごときは、十五、六の子供に五十年前の古くさい歴史を尋(たず)ねたのであるから、豆鉄砲をくった鳩のように、目ばかりパチクリさせていたのはまったく不憫(ふびん)であった。 続きを読む