現代語訳『海のロマンス』147:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第147回)

フリーマントル
一、暖かき泊地の灯

八月二日の深更当直(ミッドナイト・ウォッチ)に立った三十人の船乗りの心は、ただもう、らちもなくはしゃぎきって、晴れやかな軽い、喜ばしい情緒は、穏やかに伸びた眉のあたりにはっきり示されている。

寒い、辛い九十日の大航海の後、安らかな泊地に入るという嬉しい期待は、人々が描いている美しい想像をさらに美しく描く。

煌々(こうこう)と眉に焦げつくように、右舷(うげん)船首(バウ)近くで光っているロットネス島の灯台を見ては、喜びの情は目にも輝き、静かなる湾内の水を染めては、かのなつかしい、豊かな、暖かい港の灯(ひ)が、紅(あか)く、青く、紫(むらさき)に映(うつ)りあう様(さま)を見ては、思わず、

妖女(ようじょ)の叫喚(さけび)ものすごき!
「カボ・トーメント*」の冬の夜(よ)や!!
災禍(まがつみ)の雨よ、怪異(ふしぎ)の霧!
自然の暴威(あらび)、世にも怖(おそ)ろし!
四季の色なす花の雲、
匂(にお)うは甘き潮(しお)の香(か)よ、
舟歌のせて我が船は、
今日の泊(と)まりに急ぐなる。
藻(も)の花しづく、華(はな)やかに、
荒(すさ)みし心、ひきたつる、
紅(あか)き暖かき、泊(と)まりの灯(ひ)、
アルハンブラの夜(よ)はふくる。

* カボ・トーメント  アフリカ大陸・喜望峰の旧称(「暴風の岬」)

と口ずさむ……。静かに、嬉しき胸を抱(いだ)いて。 続きを読む