米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活
(連載の第137回)
ブラジルの移民事情が詳細に語られていますが、内容は、これまであまり報じられていない初耳のことも多いですね。
ブラジル滞在編は12月までです。
来年(1月1日)から、
リオを出て地球の反対側からオーストラリア経由で帰国する航海が再開されます。
五、移民優待法
移民は──自由移民か契約移民かに関係なく──すべて、いったんリオ市、あるいはサントス港の移民収容所に引きとられ、各耕地あるいは各州での需要や注文に応じて、沿岸航路船または鉄道の便によって移送される。
これらの汽車賃または汽船賃はむろん無料で、移民収容所内にある初めの一週間は、居住や衣食に必要なものはみな州庁から支給される。耕地に到着した後は、政府支給の仮小屋に居住し、農具は一切貸与され、すべての種子(たね)は支給され、数年間は無料にて医師の診断を受けることができ、薬代も一年間は無料など、各種の恩典がある。
それで、州政府は、一人一口(ひとくち)の割合で、河沿いの地は一口二十五ヘクタール(二十六町歩)を、その他の平原地方は、一口五十ヘクタールの開墾地をすこぶる廉価で払い下げ、その代金は独身者に対しては即金、家族の者は年払いで徴収される。これに対し、政府からは中央政府の役人が奥書きした地券を交付することになっている。
また、州政府が植民地を設置する場合には、中央政府の認可を得て着手し、その経費は州政府が負担し、植民地の規則もまた各州政府の手によって作られる。しかし、鉄道や電話、電灯等の施設の設置、植民地を開墾(かいこん)する費用の二割五分は中央政府で支払うことになっている。
で、ここに記載したものは農作用の耕地に向けた植民に関するものであるが、サンパウロ州を中心とする珈琲(コーヒー)園の植民については、日本からブラジルに向かう移民にとっては交渉ごとが非常に多いため、以下に詳細に記載するとしよう。
サンパウロ州政府と中央政府との便宜提供の関係はほぼ前記と同様であるが、植民に関する規則は大きく異なっている。
すなわち、サンパウロ政府は汽船会社、船主、移民会社、植民会社、あるいは一個人に対し、適法な移民規則に基づき、その数に応じて、また毎年の輸入移民の契約数を超過しないときは、その性質が自由移民か契約移民かに関係なく、一定の補助金を与え、入国を許可する。
この補助金額は、日本移民に対しては一人毎年七十円で、四月に来るとすれば十月に、政府は一口六十円ずつを在ブラジルの移民会社(現在は東洋移民会社と竹村植民会社)の代理人に交付し、その年の終期に残りの十円ずつを支給するようになっている。
日本からの移民に対する契約は、サンパウロ州政府と前記の両会社との間に、その年の移民の数と一人当たりの手当てについて契約が結ばれ、会社の方は、サンパウロ州が設立したコーヒー農園、あるいは個人でありながら州政府と特別契約がある私有の農園(ファゼンダ)に一カ年の期限で労作するという条件で、移民を募集する。
しかし、一人九十円の金額を(渡航費の一部として)持参する必要がある。
というわけで、会社の利潤となる金額は、移民輸送の実費(三等客として、食料は会社が提供し、調理などは自炊)および輸送船の借約金を合計した額と、前記百六十円との差額であるが、たいした利益は出ないとのことである。
この他に、会社は州政府から一人につき一〇円ずつの報酬をもらうようになっている。
こうした移民はサントスに着くと移民収容所に収容され(六日間は政府支給で無料宿泊)、その間、会社の代理人が、政府または耕主と交渉して、各移民の働き先を定める。
しかし、サントス港には前記の移民収容所以外にも、各種の移民組合が連絡し特約した移民専用の旅宿があって、低廉(ていれん)に移民を宿泊させ、各耕地に行く汽車賃は、やはり無料となる。
コーヒー農園における待遇は他の農地とほぼ同じで、その住居のごときは広壮なレンガ造りの長屋で、これを前後左右の四軒に分かち、すこぶる健康的だという。
労働時間は朝の四時から午後五時までの、十時間ないし十一時間で、さして過重(かじゅう)ではないが、コーヒー農園主(コアゼントロ)の小作人として契約されるため、土地を所有することができないのはもちろんである。
自由移民のうち、「家族同伴」でブラジルに渡る者も、その渡航費は駐日ブラジル国領事、サントスの官僚、移民収容所所長等の証明があれば、一年後に政府からこれを返還する定めになっている。とはいうものの、手続が面倒なので、サンパウロ州政府との契約移民として渡航するほうがすべて好都合であろう。
下から16行目の「*円ずつ」は原書では「10円ずつ」のようですが。
また蛇足ですが135の表の下の文「最近における……入国民の」が重複になっています。
福谷さん、いつもありがとうございます。135の重複箇所は削除しました。
ここで「*円ずつ」については、確認をお願いしたいのですが、
こちらの資料(原著が傷んでいるため各ページをスキャンしてpdfファイルにしたもの)でみると、
どうしても「〇円」にしか見えません。
仮に「一〇」とすると、一がまったく見えず、当時の鋳造活字で「一」を入れるスペースもないように思われます。
原著の表記では一〇は「十」とするのが常で、たとえば493頁に「一口六十円」とか「残りの十円」という表記があります。
そのため「一〇の一が欠けた」とも考えにくいため、苦肉の策で「*円」にしてあります。
該当する文字部分の図を用意したのですが、コメントには挿入できないようなので、言葉で説明しましたが、まわりくどいですね。
そちらの本では「一」は見えているでしょうか。見えている場合は、テキストをすぐに変更いたします。
古い活字からの翻訳は大変なお仕事と存じます。なにか理由があってのことかと思いましたが、私の手元の誠文堂新光社(昭和26年刊)の302ページ13行目には「一人につき、十円宛の報酬」となっております。
ご教示、ありがとうございます。
修正しました。
海洋冒険文庫