ジョン・マクレガー著
現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第9回)
ライン川では、若者も少年たちもとても泳ぎが上手で、その多くは飛びこみもうまかった。ところどころに似たような構造の女性用プールもあった。水遊びするときは口数も多くなるので、そういうところでは、うるさいくらい元気な歓声が聞こえてきたりする。
川の近くにある駐屯地の兵士たちも規則正しく行進して水浴びに来ていたが、ある日、ぼくらは大勢の若い新兵が水浴びするために集まっているのを見た。
水につかっている者もいれば、射撃訓練で的を狙っている者もいた。的は三個あって、それぞれ厚紙でできていた。垂直に立てた板に取り付けてある。記録係は防弾用の盾で安全に保護されてはいたが、三つの的すべてがよく見えるように、的から非常に近いところに配置されていた。射撃する側は一人ずつ、それぞれの的に対峙して銃を撃つ。弾丸は厚紙を貫通して丸い穴を残し、弾丸自体は背後の地面にめりこんだ。掘り出してまた使うことができるわけだ。イギリスでは鉄製の的を使うので、弾丸は破裂して四方に散らばってしまい、記録係や周囲の人間にとっては危険きわまりない。
そんな感じで三人が射撃すると、太鼓と旗とラッパの合図で射撃がやむ。と、記録係が防弾用の盾から出てきて、それぞれの的にできた弾丸の痕を示し、紙を貼って穴をふさいだ。記録係が防弾盾の背後に戻ると、射撃が再開される。この安全な射撃訓練のやり方は、イギリスで最近まで軍隊の訓練で用いられていた方法に比べると、ずっとよかった。このフランス流の方法は、射撃の腕前がはっきり示されるという点でも非常に効果的だ。
川で、ある湾曲部を曲がると、牛の大軍が群れをなして川を渡ろうとしているところだった。ぼくはカヌーに乗ったまま、そのど真ん中に入り込んでしまい、牛が闖入者(ちんにゅうしゃ)にどのように反応をするのかを身をもって知るはめになった。ナイル川でカヌーを漕いだときに、朝や晩に黒い牡牛が川を泳いで渡るのを目撃したことがあるのだが、それは川から這(は)い出てくる「牝牛」についてエジプトの王が見た夢の一つを思い出させるものだった*1。創世記に出てくるこの逸話には子供心にも当惑したが、実際に川を渡る牛に遭遇してみると、そうおかしな話でもない。聖書は、牛が川を泳ぐということを明確に示した本でもある。真実は目ではっきり見たときに、より本当らしく思えてくるものなのだ。
夕方になって長い影ができるようになったころ、ぼくらはオランダのマーストリヒトの町の近くまでやって来た。ここには、ヨーロッパでも最も強固な要塞が築かれている。つまり、町は一世紀も前のアームストロング砲やホイットワース小銃に抗するため、まっすぐな高い壁に囲まれていた。
川は深くて流れは速かったが、暗くなってから近づいたのに、どこにも街の灯が見えなかった。林を抜けて、町の真ん中あたりまで来たはずだったが、家々の灯がどこにも見えないのだ。この町の家には窓がなく、明かりもつけず、ロウソクをともすことすらないのだろうか? そう、一つの明かりも見えないのだった!
川の両岸には巨大な高い壁が続いていた。右岸を調べたが門や港のようなものを見つけることはできず、この奇妙な場所の左岸沿いは崩れていた。
後でわかったのだが、交易や往来する船はすべて、そこからぐるっと回って、この古くて荒廃した要塞の上へと続く運河に向かうことになっていた。そのため、両岸の無愛想なレンガ造りの壁がぼくらを取り囲み、脇道にそれないようにしているわけだった。そのまま進んでいくと、闇の中で、頭上に橋がぼんやり見えてきた。そこに到着すると、橋の上にいたオランダの悪ガキどもが小石を雨あられと降らせて、ぼくらを歓迎してくれた。ヒマラヤスギの傷がつきやすいデッキの上で、小石は情け容赦なくぱらぱらと音を立てた。
ようやく壁をよじ登れそうな場所を見つけた。がれきが積み重なり、ちょっとした坂のようになっていて、そこには何もないのだが、そこからカヌーをなんとか堅固な要塞の上まで引き上げることができそうだった。そうやって、この眠ったような町にカヌーを運び入れた。門番がぼくら二人の顔をランプの光で照らし、いぶかしむように凝視したのも無理はない。灰色の服を着た二人のやせた男が運んでいるものは、二つの長い棺桶のように見えただろうから。門番氏は驚いていたが、話のわかる人で、ぼくらをホテルまで、暗くて人気のない通りを歩いて案内してくれた。
脚注
*1: 川から這(は)い出てくる牛 - エジプトの王(ファラオ)が繰り返し見たという、最初は丸々と太った牝牛七頭が、それからやせこけた牝牛七頭が川から出てきた夢のこと。
旧約聖書の創世記によれば、ユダヤ人の祖であるヤコブの子のヨセフが、その夢は「七年の豊作と七年の凶作が続く」ことを示す神のお告げだと預言したことから、ヨセフは王に重用され、イスラエル人をその後の飢饉から救うことになったとされる。
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