ヨーロッパをカヌーで旅する 7: マクレガーの伝説の航海記

ジョン・マクレガー著

現代のカヤックの原型となった(帆走も可能な)ロブ・ロイ・カヌーの提唱者で、自身も実際にヨーロッパや中東の河川を航海し伝説の人となったジョン・マクレガーの航海記の本邦初訳(連載の第7回)


美しくて幅も広い川で、流れも早く水深もあり、しかも追い風が吹いているという状況では、帆走も楽ちんだ。通りすがりの小型の蒸気船に近づくと、舷窓ごしに小銭をくれたり、コップについだビールを差し入れてくれたりした。乗客たちはぼくらに驚き、笑ったり、あれこれ言いあったりしていたが、なかには、この、どうみても惨めな英国人を見て「笑ったりするのは不作法では?」と懸命にしかめっ面をしている人もいた。

今度の航海では、こうしたかぞえきれないほどの、ちょっとした出来事が次々に起きた。そういうことはすべて、岸辺での出会いとはまるで違っている。ウイという地名の砦まで来たところで一日目の予定が終了したのだが、絵に描いたような、まったく新しい体験はこうしてはじまったのだった。

カヌーは夜間には馬車置き場に保管してもらった。翌朝見るとカヌーに問題はなく、馬具をかける釘に引っかけて干していた帆はまだ半乾きだった。が、厩務員やその仲間の連中がどこにもいなかった。皆、ある偉大な音楽家の長い葬列に参加していたのだ。その音楽家の名前も、ウイという地名についても、それまで聞いたことがなかったのだが、死んだ音楽家はウイに住んでいて、五十歳だったという。ウイについては、巻末の地図に掲載してある。

はじめての川をのんびり下っていく楽しみというのは、なんとも独特で魅力的なものだ。少し進むごとに新奇なものが見えてくるか、わくわくするようなことが始まるのだ。こっちでツルが舞い上がったかと思うと、向こうではアヒルが羽をばたばたさせていたりする。カヌーの脇でマスが跳ねて水しぶきをあげたりするし、川の湾曲部を曲がるときには、岩場を流れ落ちる水音が用心するよう警告してくれる。いきなり水車用の水路が出現することもある。こうしたことすべてが――風景や川沿いに住む人々や天候に加えて、難所に出くわしても何とか先へ進もうと決意したり、カヌーを無人の原野に放置できないので、なんとか暗くなる前に人家のあるところまでたどり着こうと思ったり、昼食を入れるはずのバッグはずっと空っぽだったりという――こうしたことすべてが、馬車にゆられて百マイルの旅をしているときには居眠りしていびきをかいていたはずの旅人の心に緊張感をみなぎらせてくれるのだ。

人生という旅と同じように、悩みや困難も、それ自体がそれぞれ人生について教えてくれる。人生がすべて、一直線の運河で曳航される船に乗っているようなものだったら、どうしたって緊張感も失われるし、ボーッとしたまますごしてしまうだろう。カヌーの旅では、浅瀬や岩場や渦が魂をゆさぶるような試練となって襲いかかるので、波を受けて激しく上下動したりすることのない大型帆船の旅では、小さなカヌーでなんとか無事に港までたどり着けたときの、あの、ほっとした気持ちを半分も味わえないだろう。

川の流れはすぐに早くなり、生命があるようにリズミカルになった。必死で漕いだので、お腹もすいた。いきなり木々が前方に出現し、どんどん高くなってくる。が、実際には、ぼくの方から林に向かって突っ走っているのだ。川岸では、感じのよい村々が、ぼくに会いに来るように、ゆっくり動いている。夢のなかの絵のように、すべての生命が一つになって穏やかに滑っていく。はるか遠くで何か音がしているが、気になるほどではなく、ごみごみもしていない。突然に何かが起きたり、けたたましい物音が聞こえたりすることもない。自分が動いているのではなく、つねに他の物が動いているようだった。州都のリエージュに近づくにつれて、さすがに街の喧騒が聞こえてきた。そこでは高速船スラン号を見た。両舷で水をかいて推進していた。その蒸気船の引き波で、カヌーは激しくゆれた。その波は船着き場の中まで追いかけてきた。着くとすぐにカヌーを陸揚げし、庭のようなところに置いた。夜間はそこに保管するのだ。

リエージュは、いたるところ銃だらけだった。この地では、だれもかれもが銃を作ったり携帯したり発砲したりしていた。背中にライフルを背負った女性さえいたが、ライフル一丁の重さは十ポンドもある。市場にはたくさんの果物が並んでいたし、訪ねてみる価値が十分にある教会も存在しているものの、この地のイメージは結局は銃だった。

だが、旅で目撃した町々の様子をこと細かに表現することがぼくの目的ではない。リエージュについては何年も前に訪ねたことがあるし、実際にこの航海記で取り上げる町のほとんどは、はじめての場所ではない。だから、今度の航海の魅力がどこにあるかといえば、知らない土地に行くことではなく、すでに知っている土地を新しい視点で眺めてみるというところにあるのだ。

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2 thoughts on “ヨーロッパをカヌーで旅する 7: マクレガーの伝説の航海記

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