スティーヴン・クレイン
記者は漕ぎながら、足元で眠っている男二人を見おろした。料理長の腕は機関士の肩にまわされていた。服はやぶけ、疲れ切った顔をしていて、海に迷いこんだ二人の赤ん坊といった風だった。昔話にあった森に迷いこみ抱きあって死んでいたという赤ん坊を、奇怪な姿で再現したみたいな感じだ。
そのうち、彼はほとんど意識もなく漕いでいたに違いない。というのも、いきなり、うなるような波の音が聞こえたと思ったら、波がしらが音をたててボートに崩れ落ちたのだ。救命帯をまきつけた料理人が浮いて流されなかったのが不思議なくらいだった。料理長はそのまま眠っていたが、機関士は上体を起こし、目をぱちくりさせ、新たな寒さに震えていた。
「すまん、ビリー」と、記者は申し訳なさそうにいった。
「いいってことよ、坊や」というと、機関士はまた横になって眠った。
そのうち、船長もうとうとしているように思えた。大海原で、自分ひとりが漂流しているみたいだと、記者は思った。波の上を吹きすさぶ風の声は、なんともみじめな感じをいだかせた。
ボートの後方で、ヒューっと長くつづく音がした。黒い海で、夜光虫の放つ光が溝のように青い炎の航跡となってきらめいている。巨大なナイフで刻んだようだった。
それから静寂があった。記者は口を開けて息をし、海をながめた。
とつぜん、また別の風を切る音が聞こえたと思うと、さっきとは別の青みがかった光がさっと走った。今度はボートと並行に、オールを伸ばせば届きそうなくらいの近さだった。記者は巨大な影のようなひれが、透明感のある水しぶきをあげて海面を切り裂き、きらきら光る長い航跡を残していったのを見た。
彼は肩ごしに船長を見た。顔は隠れていたが、眠っているようだった。海の赤ん坊二人を見た。彼らも眠っているようだった。感情をわかちあう者が誰もいないので、記者は片側に少し体を寄せて海に向かって小さな声で毒づいた。
だが、そいつはボートの近くから離れなかった。船首や船尾にあらわれたかと思うと、右舷や左舷に出没し、その間隔も長かったり短かかったりしたが、きらきらと光る筋がさっと長く走り抜け、黒っぽいひれの風を切るヒューという音が聞こえた。そのスピードとパワーは感嘆すべきものだった。海面を、巨大な鋭い弾丸のように切り裂いていく。
じっと何かを待っているこいつの存在は、遊んでいるときに出会ってしまった人ほどの恐怖を彼には与えなかった。彼はただ海をぼんやり見つめ、低い声で毒づいただけだ。
とはいえ、本音では、こいつと一人で対峙するのは嫌だった。だれか仲間の一人が何かのはずみに目を覚まして、一緒に見守っていてほしかった。だが、船長は水がめにもたれかかって身動き一つしないし、機関士と料理長は舟底で爆睡しているのだった。