オープン・ボート 2

この救命ボートに乗るのは、ロデオの暴れ馬に乗っているようなものだった。馬とボートを比べても、大きさにたいして変わりはない。ボートは馬のように跳ねたり船尾を下にして立ち上がったり、海面に突っこんだりした。波が来るたびにボートは高く持ち上げられ、とんでもなく高い柵に突進するようにも思えたが、こうした海水の壁を登っていく様子は神秘的でもあった。波の頂点は白濁した泡になっていて頂点から崩れ落ちていくので、そのたびにボートは宙を飛び、海面に激突しては水しぶきをあげながら滑り落ちていくのだが、次の脅威となる波の前で武者震いするようにまた揺れ動くのだった。

海で特筆すべきことは波に限りがないということだ、波をうまく乗りこえてもすぐにまたボートを沈めようとたくらんでいる次の波が押し寄せてくるという事実がそれを示している。長さ三メートルのちっぽけなボートに向かって波が次々に押し寄せてくるのを見ると海の資源にはきりがないことを痛感させられるが、こういうことを小さなボートで海に出たことのない普通の人々が経験することはあるまい。灰色の海水の壁が迫ってくるたびに、ボートに乗っている人間の視界から他がすべて遮断され、こんなにひどい波はこれが最後かなと、つい思ってしまうほどだ。波の動きには非常に優雅なところがあって、巻き波が頂点に達して崩れ落ちるのをのぞけば、音もなく迫ってくるのだった。

青白い光を受けたボートの男たちの顔は灰色だったに違いない。視線はたえず船尾の方向に向けられ、異様な光をやどしていたことだろう。その様子を高いところから眺めていれば、そうした光景は全体として疑いもなく絵のように美しかっただろう。だが、ボートの男たちにはそれを眺める余裕はなかったし、かりにあったとしても、心はそれ以外のことで占められていた。太陽はたえず空を背景にゆれていたし、海の色が灰色からエメラルドグリーンに変化したので夜が明けたことを知ったのだ。黄金色の光の筋が走り、泡は雪のように舞っていた。夜が明けていくんだなという認識はなかった。自分たちに向かってくる巻き波の色がそれに応じて変化したことに気がついただけだ。

コックと記者は互いにかみ合わない言葉で海難救助の詰め所と避難小屋の違いをめぐって言い争った。コックは「モスキート湾の灯台のすぐ北に海難救助の詰め所があるんだ。俺たちを見つけてくれればすぐに船を出して拾い上げてくれるぜ」と言った。
「誰が俺たちを見つけてくれるって?」と記者。
「詰め所の連中さ」とコックが言った。
「避難小屋に詰めてる人間はいないぜ」と記者が言った。「俺の知る限り、船の難破に備えて服や食料が保管されているだけさ。スタッフが配属されてるわけじゃない」
「いるんだよ、本当に」とコックが言った。
「いるわけねえだろ」と記者が言った。
「おいおい、俺たちはまだそこに着いたわけじゃないんだ」と、船尾の機関士が口をはさむ。
「そうだな」とコックが答えた。「俺のいうモスキート湾の灯台の近くにあるっていうのは避難小屋じゃないんだ。海難救助の詰め所のほうなんだ」
「だから、そこまでまだ遠いんだって」と船尾の機関士が言った。

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