天測航法 2ー天測って何?

まず、これだけは押さえておこう(基本の原理)

天側航法/天文航法とは、天空を動いている天体(太陽や月、恒星、惑星)の位置を測定することで地球上での自分の位置を知り、それに基づいて航海することをいう。

地球が完全な球で、自転の軸(地軸)が地球と太陽を結んだ線に対して垂直で、きっちり24時間で一回自転し、太陽のまわりを正確に365日かけて円軌道を描いて公転しているのであれば話は簡単だ。

まず、これを前提にして、太陽の高さと真南に来た時の時間でなぜ自分の位置がわかるのかについて説明する(今回は緯度、次回が経度)。

その後で、実践編として、緯度の計算で必要な補正(天測では改正と表現する)の理由と具体的な手順について説明する。

なぜ数値の補正(改正)が必要なのかというと、地球は、実際には球体(ボール)ではなく、しもぶくれの洋ナシのような、いびつな形をしていて、表面のふくらみにも差があるからだ。

それに、地軸は太陽に対して斜めに傾いているので、季節によって太陽の高さは違ってくるし、1日の長さも24時間ちょうどではなく、公転している軌道も真円ではなく楕円形をしている。さらに天体の見え方も気温や海水温によって密度が異なるので光の屈折率が違ってきて……と、理由は山ほどあるが、誤差の範囲という点から考えれば、補正すべきポイントは限られてくる。

世界一わかりやすい、といいながら、めんどうくさい理屈になりかけたが、実際には決まりきったルーチンの作業を機械的にやっていくだけなので、そうむずかしく考えることもない。

とはいえ、基本の考え方がわかっていれば、仮に間違っても自分で気づいて後で修正ができるので、これから述べることくらいは理解しておこう。

なお、原理とか理論といっても、直角は90度、平行線の同位角は等しいということを知っていれば、そうむずかしくはない。

天測術の本を開くと高校で習うサイン、コサインといった三角関数を使った、むずかしそうな計算式がずらっと並んでいたりするが、ここで紹介する計算では、そういうものは、まったく必要ない。

なぜ太陽の高さを観測すると自分の位置(緯度)がわかるのか

丸いボールの形をした地球は、北極から南極を貫通した線(地軸)を軸にしてコマのように回転している。
これを地軸に垂直な平面で輪切りにすると、この輪切りにした円の一番大きいところが赤道になる。この輪切りにした円の円周を緯線という(図はダブルクリックすると拡大します)。

図1-1
f1-1_latitude

緯度については、赤道を基準の0度とすると、北に90度まで(北緯)、南には90度まで(南緯)。北緯はN、南緯はSで示す。

また、北極点から南極点までを結ぶ地表で最短距離の線(経線)は無数に引ける。任意の場所を通るものを子午線という。
図1-2
f1-2_longitude

いろんな歴史的経緯があって、現在、イギリスの首都ロンドンのケンブリッジ天文台跡を通る経線を経度0度とし、東に180度まで(東経)と西に180度まで(西経)進むと地球の裏側で出会い、そこが日付変更線になる。東経はE、西経はWで示す。

地球上の場所はすべて、将棋盤や碁盤の目のように、この経線と緯線の組み合わせで表すことができる(北緯30度、東経150度のように)。

とはいえ、地球は大きいし、緯度も経度も「度」という単位だけではおおざっぱすぎる。もっと小さい単位が必要になるので、時間と同じく60進法が採用され、度の下の単位が分、分の下の単位が秒になる。

1時間=60分        1分=60秒

時間の場合は、時間(h)、分(m)、秒(s)で表す。
2時間5分30秒 => 2h、5m、30s

緯度・経度の場合、度()、分( ′)、秒(″)で表す。
135度15分25秒 => 13515’25″

図1-3は、昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日の正午における、北極点と赤道での緯度と太陽の高度の関係を示している。
注: 太陽までの距離は地球の大きさに比べて、とても遠いので、地球のどこから見ても、太陽の方向は同じ(平行線)とみなしてよい。
図1-3
f1-3_basic

図でわかるように、太陽の水平線からの高度は、赤道では90度(真上)、北極では0度になる(水平線と重なる)。

図1-4は、同じ日の、北半球の任意の地点●における緯度 ℓ と太陽高度 a の関係を示している。
図1-4
f1-4_basic2

緯度 ℓ は「平行線の同位角は等しい」ので ℓ1と同じになるため、緯度 ℓ と太陽高度 a を合わせたものが90度になることがわかる。

つまり、 ℓ(緯度)+a(太陽高度)=90(度)、これから ℓ = 90 -a が導かれる。
この関係は、図1-3の赤道と北極点に当てはめても成り立つ(赤道の緯度は0度、北極点は90度)。
前にも述べたように、地軸は太陽に対して傾いているため、春分の日と秋分の日をのぞけば、太陽は北に動いたり南に動いたりする。太陽が赤道からどれくらい南北に動いているかを示すのが赤緯(せきい)で、d で表す(赤緯は天測暦に掲載されている。赤緯の調べ方は実践編で具体的に説明する)。ここでは、まず基本的な原理を理解しておこう。

図1-5は、太陽が赤道から北に移ったとき(北半球の夏)を示している。
図1-5
f1-5_latitude-d

図1-4との違いは、 ℓ+a が90ではなく、赤緯 dの分だけ重複していることだ。
つまり、ℓ+a-d=90、これを整理すると ℓ=(90-a)+d になる。
春分や秋分の日の計算に赤緯の分だけ足せばよいわけだ。

図1-6は、逆に、観測者はそのまま北半球にいる状態で、太陽が赤道から南に移ったとき(北半球の冬)を示している。

図1-6
f1-6_latitude-s
図でわかるのは、z+a=90 ① ℓ+d=z ②
①と②から ℓ=(90-a)-d となる。

図1-7は、1-5と1-6の中間、つまり、観測者は北半球にいるが太陽の赤偉よりは南(赤道に近い方)にいる場合である。観測者は太陽を北側に見て高度を測ることになる。

f1-7_latitude-ns
このとき赤偉と緯度の差をzとすると、図からd=ℓ+z ①、a+z=90 ②
②をz=90-aと変形して①に代入し、整理すると

ℓ=-(90-a)+dになる。

北半球にいると想定した例を示したが、南半球の場合も同じである(図は上下逆さになるだけ)。

要するに、緯度(ℓ)は(90-a)とdの組み合わせ(ℓ=±(90-a)±d)という形になるのだが、プラスとかマイナスの符号がつくため、海の上で船酔いした頭で考えていると、どっちがどっちだかわからなくなってしまったりするので、次のように単純化して整理しておこう(次に示す青文字のところだけ覚えておけばよい)。

正午に太陽の高度(正中時の視高度という)を測定して緯度を求めるには


1.    太陽を南に向かって測定した場合、(90-a)の値にNという符号をつける
2.    太陽を北に向かって測定した場合、(90-a)の値にSという符号をつける
3.    天測暦で赤偉(d)を調べる
(赤偉には必ず赤道より北か南かを示すNかSの符号がついている)

●    (90-a)とdの符号が同じならば(NとN、SとS)、両方を足してその符号をつける。
●    (90-a)とdの符号が異なる場合(NとS、SとN)、
値の大きいほうから小さい方を引いて、大きい方の符号をつける


これだけ

仮に南に向いて観測した太陽の高度aが65度で、赤緯dがN10度30分だとすると、
(90-a)もdも同じNになるので、

緯度 ℓ     =北緯(N)(90-65)度+10度30分
=北緯(N)25度+10度30分
=北緯(N)35度30分 (N3530’)

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天測航法 1─はじめに

はじめに

カーナビはいうまでもなく、道に迷ったらスマホに内蔵されているGPSを使ったナビ・アプリで道案内してもらえばいい時代には、六分儀を使った天文航法による位置測定は、旧世紀の遺物、ほこりまみれの骨董の世界のように思える。とはいえ、大航海時代の探検家や帆船に乗った海賊、ヨットの冒険家が六分儀で太陽を観測して自分の位置を調べたりするのは、ちょっとかっこよかったりする。

実際問題として、二十一世紀の現在、大海原で自分が乗っている船の現在位置を正確に知るには、人工衛星を使って位置を表示するGPS受信機と紙の海図か電子海図があれば十分だし、そうしたものを丸ごと一台に組み込んだGPSプロッターも普及しているので、それがあれば世界一周でも用は足りる──

筆者も実際のヨット遊びでは、GPS内蔵のスマホやタブレットで電子海図に現在位置を重ねて表示させて、カーナビ・アプリのように使っているので、利便性について異論はない。

こういう電子機器は電源がなくなれば無用の長物になってしまうため、「バックアップとして旧来の道具や手法も必要」という人もいる。それはその通りだ。

とはいえ、紙の海図とコンパス(方位磁石)は現在でも必需品だとは思うが、率直に言って、六分儀まではいらない気もする。

今どきのヨットで、こういう小さな電子機器の消費電力も確保できないという状態は、転覆でもしない限り考えにくいので、バックアップが必要ならば、予備の携帯用GPS受信機と電池をタッパーウェアなど水の入らない容器に密封して積んでおけば足りるだろう。

しかし、利便性とか効率だけで測れないのが人間というやつで、そもそもヨットなんてもの自体が効率とはかけはなれたものだし、エアコンやラジオもないビンテージのクラシックカーに大金をつぎこんでいる人や、オートマ全盛で、コンピューター制御の自動運転車が現実に道路を走る時代にも、マニュアルのクラッチ操作にこだわる人がいるのも事実だし、そうした人々をマニアと呼んで、ひとくくりにして片付けたとしても、どこかそっちの方が楽しげだったりするのはなぜだろう──そういう功利的な発想をしている限り見えてこない「もの」があるのではないか?

損か得か、効率がいいか悪いか、利口か馬鹿かの二者択一ができないところに人生の妙味がある──ばかのやることを馬鹿だと思ってバカにしていると、自分自身が物事の本質が見えない馬鹿になる──のかもしれない。

すでに人類は何十年も前にロケットで月に行っているというのに、人はなぜちっぽけな山に登ろうとするのか? なぜ海を見ていると、水平線の向こうに行ってみたくなるのか。散歩の途中で路地を見つけたら、なぜ迷いこんでみたくなるのか――こういう無駄が人生をおもしろくする……のかもしれない。

というわけで、これから六分儀を使った天文航法についての話をしよう。

「天測には海のロマンを感じる」でも、「単なる道楽」でも、「うんちく自慢したい」でも、動機は何でもよいが、ルールや戦術や選手の特徴を知っていた方がサッカーがより楽しめるように、天測の基本を知っていれば、少なくとも帆船やヨットの航海記や冒険物語を読む楽しさは倍増するはずだ。

これだけ知っていれば、とりあえず現代の外洋ヨットでGPSを持たずに天測しながら日本から太平洋を渡ってアメリカに到着することは可能だという程度の、具体的かつ実践的な内容になる、はず……

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