ぼくらは東へと進み、赤道無風帯を通過して南下し、南西からのいい風を捕まえた。この風では詰め開きで風上に向かえば、はるか西にあるマルケサス諸島にもたどりつけるだろう。だが、翌十一月二十六日、火曜日、すごいスコールが襲来し、風がいきなり南東に変化した。ついに貿易風に出会ったのだ。それからはスコールも無風地帯もなく、好天に恵まれ、いい風も吹いてくれた。速度計も元気よく回転していた。シートをゆるめて、スピンネーカーとメインセールを両舷に展開したが、よく風を受けてはらんでくれた。貿易風はどんどん後ろにまわり、北東から吹いてくるまでになった。その間、ぼくらは安定して南西へと進んだ。こういう状態が十日続いた。そうして十二月六日の午前五時、真っ正面の「あるはずのところにある」陸地を見たのだ。ウアフカ島の風下を通ってヌクヒバ島の南端をかわした。その夜、激しいスコールに見舞われ、墨を流したような闇夜になったが、狭いタイオハエ湾にあるはずの泊地へと進路を探りながら進んだ。錨を投下すると、崖の上の野生の山羊が一斉に鳴き出した。強い花の香りがただよってきた。太平洋を横断しつつ南下するこの長い航海がやっと終わったのだ。ハワイを出発して到着するまで、この人の気配のない海を横断するのに六十日かかった。水平線から他の船の帆が見えるということはまったくなかった。
訳注
マルケサス諸島は現在はマルキーズ諸島と呼ばれることもありますが、タヒチを代表とする広い意味のフランス領ポリネシアに含まれる群島です。最大の島がヌクヒバ島で、ここは海洋文学の白眉ともいえる『白鯨』の作者として知られ、近年その多面性が再評価されているハーマン・メルヴィルの『タイピー』という作品の舞台にもなっていて、その作品を愛読していたジャック・ロンドンはこの島に来るのが夢だったのです。
第九章は今回で終了し、次回から第十章になります。このヌクヒバ島での体験が語られていきますが、ジャック・ロンドンのことなので、観光ガイドとは違った一筋縄ではいかない展開になりそうです。