米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著
夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第77回)
三、登山道の種類
デビルスピークとライオンズヘッドを左右の両翼とするテ―ブルマウンテンは、さらに後方に、キャンプス湾と並行して南南西の方向に延びている山脈がある。
眺める位置によっては清(きよ)く威厳(いげん)に満ちた十二の尖頭(ピーク)が見えるとされ、それらは十二使徒峰(トゥエルブ・アポストルズ・ピーク)と名づけられている。
この使徒と呼ばれる頂上群とテーブルマウンテンのテーブルとなっている付近の山岳はとくに複雑な形状になっていて、裾野(すその)は広く、標高は高く、さわやかな気候を生じる地形となっている。狭い谷筋や渓谷、高原などが随所に存在していて、いわゆるラヴィーン(山頂から山頂へと続く急峻(きゅうしゅん)なる凹路(おうろ))が合流する地点であると同時に放射状に伸びていく地点にもなっているのだが、この峡谷(ラヴィーン)を通って山頂へと続く登山道は、市街地方面からのものに加えて、キャンプス湾や郊外からのものを合わせると大小七十を数える。
さすがに四世紀の年月にわたってポルトガル語、オランダ語、英語という三つの言語によって世に紹介され、博物学者、地質学者、詩人、航海者によって縦横に研究され登山されただけあって、登山道もこれほど多くなったのだろう。なかにはライト・フェイスという登攀路(とうはんろ)という、急峻(きゅうしゅん)なること、まさに断崖絶壁(だんがいぜっぺき)といった岩壁をよじ登る、物好きな気まぐれなものもある。最も安全でかつ眺めもよく、さらには地質学上および博物学上から興味深いものも多い登山道としては、市方面からはプラッテクリップ峡谷、シルバー・ストリーム・ラヴィーン、サドル・フェイスなどがある。キャンプ方面からはパイプ・トラック、スティンク・ウォーター・ラヴィーンなど、また郊外方面からはスケルトン・ラヴィーン、ダイアモンド、スプリングパスなどが最も顕著である。
こうした多くの登山道は、市方面からのものを除けば、すべて重なりあった山々に囲まれた平原の中央にある二つの貯水池付近に集中している。背後からはテーブルマウンテンに向かって、二本の道が通じている。すなわち、一つは直ちに標高一〇八六メートルのマクレアーズ・ビーコンへと向かうもので、他は少し左に迂回(うかい)して、まず西テーブルに出て、そのあとでテーブルマウンテンへと向かうものである。
四、暴威(ぼうい)をふるう南東風(サウイースター)
西テーブルなるものは中央のテーブル本体から少し前方に突出している一大岸壁で、長さ約四分の一マイルあり、その岩肌はことに急峻(きゅうしゅん)にして、直立している絶壁にはわずかにシダ類(ファーン)がかたまって生えているのがところどころに見えるのみで、他はことごとく奇岩(きがん)や切り立った崖(がけ)の連続である。
ちょっと変わった、とらえどころのないテーブルクロスと呼ばれる雲が全山を包むときでも、多くの場合、この西テーブルのみはその怪異(かいい)な山容(さんよう)が見えている。しかし、この西テーブルまでもが黒いテーブルクロスに包まれるときは、すなわち恐ろしい南東風がケープタウンを襲うときでもある。
この怖ろしい南東風(サウイースター)なるものには三種類ある。第一はテーブルの上にふっくらしたクロスがかかったときに吹き下ろしてくる普通のサウイースターで、強いことは強いが、なんら不安や恐怖の念を与えることはなく、かえって暑気(しょき)を払って涼味(りょうみ)を与えるにはなくてはならないくらいのものである。たまには勢いがよすぎて、図に乗って桟橋(さんばし)に停泊している船のもやい綱を切り、ダチョウの毛をむしったりするくらいのことはしかねないが、そのときは市の中空に例の雲塊(クラウドバー)が風来坊のごとくぶら下がっているからすぐに予知されるとのことだ。
見過ごせないのは第二のブラック・サウイースターというやつと、第三のブラインド・サウイースターというやつだ。第二のやつは、その名前のごとく、暗く見るからに底なしの不安を抱かせるような悪相(あくそう)を備えたクロスがテーブルにかかるときに吹いてくる風で、木の根や砂礫(されき)を伴ったまま、まっしぐらに吹き下ろしてきて、ケープタウンの大路小路(おうじこうじ)に巨人のごときその暴威をほしいままにする。前兆としては第一の場合と同じく晴雨計の目盛りは上るが、天候はひどく荒れ、悪天候を極めるとのことである。さて、どん尻にひかえたブラインドというやつは最も厄介(やっかい)な代物(しろもの)だ。道理のわからんやつで、前二者が予報は可能で前兆(ぜんちょう)があるのに比べて、これは意地悪くも、不意に太く短くやってきて、最も悪辣(あくらつ)なる影響を与えるとのことだ。そうして、これらの南東風(サウイースター)はいずれも十月から四月にかけての乾季(ドライシーズン)に多い。
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