現代語訳『海のロマンス』103:練習帆船・大成丸の世界周航記

米窪太刀雄(よねくぼ たちお)著

夏目漱石も激賞した商船学校の練習帆船・大成丸の世界周航記。
若々しさにあふれた商船学校生による異色の帆船航海記が現代の言葉で復活(連載の第103回)

セントヘレナへの決別

セントヘレナは、三月二十日の朝十時に出帆した。

あまりにも風向が見事だったので、文字どおり帆で出るという予定であった。ところが、いわゆる月に叢雲(むらくも)、花に風、「帆船に軍艦」といえばいえるわけで、あいにく当時、石炭積み込みのため練習船の風下に碇泊(ていはく)しておった英国軍艦ヒヤシンス号のお尻がだんだんと出張ってきて、あわよくば鞘当(さやあ)てでもしかねまじき形成となったので、にわかに変更して、平常(いつも)の通り機走で出てしまった。

わずか五日間の短い碇泊(ていはく)ではあるが、いざ出発となればさすがに淡い哀愁とやらが浮かばぬものでもない。こういう情愛はサンディエゴのときもケープタウンのときもあった。これから後、リオデジャネイロでもフリーマントルでもあるだろうと信じている。しかし同じく「ああ二度と再び見られないだろう!」という悲哀のうちにもいろいろ種類や等級がある。

サンディエゴでは、パナマ運河が開通してニューヨーク航路でも開かれたらちょっと――という楽しみがあった。ケープタウンでもリオでもフリーマントルでも、こじつけようでまた行けそうにも思われる。しかし孤島(ここ)だけは、いかに意識を盲目にして理解力にむち打っても、なんとも予感(フォアサイト)がしていて、心の隅のどこかで「だまされるな、そんなことはみんなはかない夢だよ」とささやいているようだ。急に名残り惜しくなった。愛惜(あいせき)の涙がこぼれそうになった。頭がぼうッとして胸が暗くなった。

遠く水平線のかなたに、ふわふわと白い雲がダイアナズ・ピークの上に漂っているのを見て、ああ、もう二度と来られないという思いが切実に胸に湧いた。

寂寞(じゃくばく)をなぐさめてくれる花と動物

サンディエゴからケープタウンへの長い航海には、おりから海軟風(シーブリーズ)に乗じて飄然(ひょうぜん)と練習船に舞い込んできたアメリカ産のフクロウを飼っていて、閑暇(ひま)があるたびにこれをからかい、ブーブーとこれを怒らせる以外に、これぞという退屈をまぎらわせる方法もなかったのにこりたのか、ケープタウンを出たときには、鹿とカメレオンと亀とが贈り物として積み込まれた。

セントヘレナを出たときには、動物としては、かわいらしい文鳥と、赤い雀(スパロー)とせわしないナポレオン鳥(ちょう)*とが、植物としては清らかなベツレヘムの星、赤いキス・ミー・クワイエット、濃艶(ようえん)な西洋アオイ、清浄なスパイダーリリー等の草花が隙間(すきま)もなくポートデッキに並べられて、あるものはフライングブリッジ**の下に吊された。

* ナポレオン鳥(ちょう): セントヘレナ島に流されたナポレオンにちなんだとされる鳥には、頭部の模様がナポレオンの帽子に似ていることからナポレオン・ハットとも呼ばれるヨシガモや、甥(おい)の鳥類学者が発見し命名したボナパルト・シーガル(かもめ)などが知られているが、大成丸の鳥については不詳。

** フライングブリッジ: 船を操船する船橋(ブリッジ)に準じ、前後左右の視界を確保するため無蓋(むがい、屋根がない)となっているエリア。
現代のプレジャーボートでは、見晴らしのよいところで操船出来るよう操舵室の屋根の上に設置された二つ目のヘルムステーションのある部分を指す。

ジンバル装置で船のローリングを防ぐ、大きな花型のランプで夜を飾る、懐(なつ)かしい灯火(あかり)があかあかと灯(つ)く。自習室にして教室を兼ねている大食堂を丸く貫く十二の船窓(スカッツル)に、美しいたそがれの色が碧玉(へきぎょく)と呼ばれるブルーサファイアを溶(と)いたように映って、見る人の心を深い、遠い、神秘的な幻境(げんきょう)に誘うと思う頃、ポートデッキに上がってみると、スパイダー・リリーの白い房のような花が人目を偲(しの)んでユラユラと咲き匂っている。場所が広い海洋(うみ)の真ん中で季節(とき)が力強い隠れたる悲哀(ひあい)を味わう真夏の夕暮れであるだけ、潔(いさぎよ)く香り高い花が見える景色はしみじみと人の心に溶(と)け入って、まだ現実の悲哀を知らぬ練習生の純粋な志(こころざし)を象徴しているように見える。なるほど「ソロモンの栄華も」へこまされたのも無理はない*。

* ソロモンの栄華もへこまされた: 新約聖書の福音書で、イエスが「野のユリを見よ。栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」と述べたことから。

とかく花ばかり褒(ほ)めておったら不意に例の鹿やカメレオン等(など)の動物団がブーブーと時ならぬ抗議を言い出した。

何事(なにごと)の陳述(ちんじゅつ)なるか、神妙に申しあげいと聞いたところ、先任の鹿がグッと納まり返って、

「ほのかに承(うけたま)われば、このごろだいぶ評判の高い日本国には「我輩は」と号する霊猫(れいびょう)がいて、超人的で不思議な頭脳から独特の宇宙観やら人生観やら猫族観(びょうぞくかん)などを生み出したとのこと。私どもはまだ未熟ではありますが、こうやって世界周航という壮挙にお供をする光栄をになうからには、ぜひとも一つ「大成丸観」とでも言うべきものを述べて、父母が生まれる前からしょわされている馬鹿なる二字を見返してやりたい」などと、大胆(だいたん)だがしかし殊勝(しゅしょう)な願いを述べた。

「それもよかろう。しかし、なにぶん船の上のことだから、ジャガイモくらいはあろうが、キビダンゴはないぜ」

「いえ、どういたしまして。人生、意気に感じては成否(せいひ)を誰かあげつらう?! ということがあります。鹿だって、いずくんぞきびだんごをあげつらわんや、くらいの意気はありいます」と、フーフーと荒い鼻息をしておった。

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