スナーク号の航海 (87) ー ジャック・ロンドン著

第十七章

しろうと医師

スナーク号に乗ってサンフランシスコから出帆したとき、ぼくは病気については山国スイスに海軍があるとしてその司令長官が海について知っているのと同じくらいの知識しかなかった。というわけで、ここで、これから熱帯地方に出かけようと思っている人に助言させてほしい。一流の薬局――なんでも知っている専門家を雇っている薬局に行って、事情を説明するのだ。相手の言うことを注意深くメモし、お勧めのものの一覧表を書いてもらい、代価全額分の小切手を切って渡す、だ。

ぼくは自分もそうすべきだったと痛感している。ぼくはもっと賢明であるべきだったし、いまとなっては、小型船の船長がよく使う、できあいの、自分で処置できる、誰でも使える救急箱を買っておけばよかったとつくづく思う。そういう救急箱に入っているビンにはそれぞれ番号が振ってあって、救急箱のふたの内側には簡単な指示が書いてある。整理番号と歯痛、天然痘、胃痛、コレラ、リウマチといった具合に、病気のリストに応じた薬がそろえてあるのだ。そうなれば、尊敬すべき船長がするように、ぼくもそれを使うことができたかもしれない。3番が空になったら1番や2番をまぜるとか、7番がすべてなくなったら、乗組員には4番と3番を処方し、3番がなくなったら5番と2番を使うといった具合にだ。

これまでは、昇こう(塩化第二水銀。これは外科手術での消毒薬としておすすめできるが、まだその目的で使ったことはない)を例外として、実際に持参した薬箱は役に立たなかった。役に立たないどころか、もっと悪かった。というのは場所だけはとるからだ。

手術器具があれば話は別だ。まだ本格的に使ったことはないが、場所を占めるからといって後悔なんかしない。それがあると思うだけで安心する。生命保険みたいなもので、生きるか死ぬかという土壇場では役に立つ。むろん医療器具があっても、ぼくは使い方を知らないし、外科手術についても無知なので、直りそうな症例でも一ダースものインチキ療法を行ったりもすることになるだろう。だが、悪魔が来ているときにはそうせざるを得ないし、陸から千海里も離れていて、一番近い港まで二十日もかかるところまで悪魔がやって来たとしても、スナーク号のぼくらはそれについて誰かから警告を受けることもないのだ。

ぼくは歯の処置については何も知らなかったが、友人が鉗子(かんし)や似たような道具を持たせてくれた。ホノルルでは、歯科の本も手に入れた。また、この亜熱帯の島で、頭を押さえておいて痛みを生じさせずにすばやく抜歯したこともある。こうした備えがあったので、ぼくは自分から望んでということはないものの、自分なりのやり方で歯の問題に取り組む用意はできていた。あれはマルケサス諸島のヌクヒバでのことだった。ぼくが最初に治療したのは、小柄な中国人の老人だった。ぼくは武者ぶるいに震えた。ベテランのふりをしようとしたが、心臓はどきどきするし、腕も震えた。そうなって当然ではあった。中国人の老人はぼくの嘘にだまされなかった。彼もぼくと同じくらい驚いていて、震えはもっとひどかった。彼の恐怖がぼくに伝染し、忘れていた畏怖の念というものを思い出させた。だが、老人が逃げだそうとしたら、落ち着きと理性が戻ってくるまで彼を押さえつけただろう。

ぼくは彼の歯を抜こうとしていた。また、マーチンもぼくが抜歯するところを写真に撮りたがっていた。同様に、チャーミアンもカメラを持っていた。それでぼくらは連れだって歩きだした。ぼくらはスティーヴンソンがカスコ号でマルケサスに来たときのクラブハウスだったところで止まった。彼が何時間も過ごしていたベランダは、光線の具合があまりよくなかった。写真撮影には、という意味だ。ぼくは庭に入りこんだ。片手に椅子を持ち、もう片手にはいろんな鉗子を携えて。みっともないが、膝はがたがた震えていた。かわいそうな中国人の老人もついてきた。彼も震えていた。チャーミアンとマーティンはぼくらの背後で、コダックのカメラを構えている。ココヤシの間を縫って進み、アボカドの木の下までやってきた。マーティンによれば、写真の撮影にはうってつけの場所ということだった。

ぼくは老人の歯を診て、自分が五ヶ月前に引っこ抜いた歯について何も覚えていないことを再認識した。歯根は一本だっけ? 二本、あるいは三本だったっけ? ひどく傷んでいるように見えるほうに残っているのを何と言うんだっけ? 歯ぐきの奥深くまで歯をがっちりはさまなければならないということだけは覚えていたので、歯には歯根がいくつあるのかを知っておく必要があった。ぼくは建物に戻って本で歯のことを調べた。中国人の犯罪者がひざまづいて首をはねられるのを待っている写真を見たことがあるが、このかわいそうな年老いた犠牲者も同じように見えた。

「逃げないよう押さえてろよ」と、ぼくはマーティンに言った。「この歯を抜きたいんだ」
「わかってるさ」と、彼はカメラを抱えたまま自信ありげに答えた。「オレもその写真を撮りたいんだ」

ここにきて、ぼくはこの中国人が気の毒になった。本に抜歯方法は載っていなかったが、あるページにすべての歯を示した図があり、それには歯根やアゴにどう並んでいるかが描かれていた。鉗子が手渡された。七対あった。が、どれを使えばよいのかわからない。ぼくはミスはしたくなかった。鉗子をひっくりかえすときガチャガチャ鳴った。哀れな犠牲者から力が抜け、ぼんやりと峡谷が黄緑色になるのを眺めている。老人は太陽について苦情を言った。しかし、写真を撮影するには必要だし、それくらいは我慢してもらわなければならない。ぼくは鉗子を歯に当てた。患者はガタガタ震え、気力もなえたようだった。


最初の抜歯

脚注
*1: ロバート・ルイス・スティーヴンソン(1850~1894年):『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』などの著作で知られる一九世紀英国の作家自身の健康問題などもあり、四十歳で家族とともに南太平洋のサモア諸島に移り住み、その四年後に同地で没した。

おことわり

『スナーク号の航海』(ジャック・ロンドン著)は、第87回の第十七章から、こちらの海洋冒険文庫で掲載します。

86回までの分は「海の上の編集室」http://atl-publishing.com/blog/に連載しておりました。
興味のある方はそちらもあわせてご覧ください。海の冒険に関係ある内容は、準備ができしだい順次こちらに移転される予定です。

スプレー号世界周航記

slocum-spray-book-soshisya
著者:ジョシュア・スローカム  翻訳:高橋泰邦  出版社:草思社 1977年

 

ジョシュア・スローカムは1895年4月から98年6月にかけて小型ヨットで初めて世界一周したカナダのヨット乗り。

朽ちかけていた漁船を譲り受け、自力でヨットに改造し、46000海里の航海を果たした。

南米南端のマゼラン海峡で海賊に襲われたり、ロビンソン・クルーソーのモデルとなったセルカークが住んでいたチリ沖の太平洋に浮かぶファン・フェルナンデス諸島を訪ねたりしている,ヨットによる航海記の古典。

それからほぼ10年後の1909年に再び航海に出たが、そのまま消息を絶った。

日本語版では中公文庫からも出ているが、いずれも現時点では絶版。

英語版は何種類か出ている。
sailing alone around the world
写真は1900年に出版された初版本を1956年に復刻したもの。

:スプレー号世界周航記 (1977年) - – 古書, 1977/7

ジョシュア・スローカム (著),  (翻訳)

スモールボート・セイリング 〜 スモールボート・セイリング(その1)

スモールボート・セイリング(1)
Small-Boart Sailing (1)

ジャック・ロンドン
明瀬 和弘 訳

船乗りは生まれるもので、作られるものではない。ここでいう「船乗り」とは、外航船の船首楼に陣どっている、そこそこ仕事はこなせるが使えない連中のことではなく、海の上で木や鉄、ロープや帆布からなる構造物を自分の意思に従わせる者たちのことだ。本船の船長や航海士はともかく、小型帆船の船乗りこそ本物の船乗りである。彼は風を利用して船をある場所から次の場所へと運航させる術を知っているし、また知っていなければならない。潮流や激流、渦、砂洲や航路標識、信号や灯火に関する知識は必須だし、観天望気にも熟達していなければならない。船は一隻ごとに構造や艤装も違うし、船が好きであると同時にその特質を把握していなければならない。数限りない状況で船をコントロールする方法を熟知し、行き足を止めないようにし、また風下に流されずに船の向きを変えさせることができなければならない。

現代の外国航路の船員はこうしたことを知る必要がないし、実際、知りもしない。命じられるまま、ロープを引いたり運んだりし、甲板を磨き、塗料を洗い流し、鉄錆を削り落としたりするだけだ。何も知らないし、注意も払わない。こういう船員を小舟に乗せても何の役にも立たない。水夫を暴れ馬に乗せた方がまだましだろう。

こうした奇妙な連中の一人と子供の頃に出会って驚いたことを私は決して忘れない。その人はイギリスの便宜置籍船の船員だった。私は当時十二歳で、デッキのある十四フィートのセンターボード式の小舟に乗っていた。帆走は独学で覚えた。この船員が不思議な土地や人々、暴力ざた、ぞっとするような嵐について話をするとき、私は自分が神の足元に座っているような気がしたものだ。そうしたある日、彼をセイリングに誘った。自分がど素人でへまをするのではないかとびくびくしながら、私はセールを揚げ、船を進めた。その人は一目で私より巧みに船や海の状態を見抜くだろうし、批判的な目でじっと自分のすることを眺めているのだと感じていた。しばらくして彼にティラーとシートをまかせた。私は中央のスウォートに座り、感心するあまり口を開けて本物の帆走がどんなものかを学ぶことになるのだろうと思っていた。私の口はそのまま開いたままだった。というのは、本物の船乗りが小さなヨットに乗ったらどうなるかを知ったからだ。彼は状況に合わせてシートを調節することもできなかったし、一度ならずジャイブに失敗し、突風で何度か船を転覆させそうになった。センターボードがどういう働きをするのか知らなかったし、追い風を受けて帆走するときには片側の舷に寄るのではなく船の中央に座らなければならないということも知らなかった。締めくくりは波止場に戻ってきたときだ。彼はヨットのスピードを落とさずそのまま激突させたので、船首は壊れ、マストステップは吹き飛んだ。それでも、彼は大海原を実際に航海している本物の船員なのだった。

私の得た教訓はこうだ――大きな船の船首楼で生涯を過ごすような船員でも、真のセイリングがどういうものか知らないことがある。私は十二のときから、海に魅了されてきた。十五の時には、牡蠣を密漁するスループの船主船長だった。十六の時には大型で平底のスクーナーに乗って、ギリシャ人たちと一緒にサクラメント川でサケ漁に従事したり、漁業監視船に水夫として乗り込んだりしていた。私が活動していた海域はサンフランシスコ湾とそこに注ぐ川に限られていたが、自分は腕のいい船乗りでもあった。その時点で、私はまだ外洋を航海したことはなかった。

● 用語解説
便宜置籍船: 税金対策などのため外国で船籍を登録した船舶
センターボード: 横流れ防止のため海中に突き出す板
スウォート: ボートを漕ぐために腰かけるところ
ティラー: 舵柄
シート: 帆の開き具合を調節するためのロープ
ジャイブ: 風下に向かっているときに風を受ける帆を出す舷を変えること
強風のときほどタイミングが難しい
スループ: 一本マストの前と後ろに帆を張るタイプのヨット。ヨットと聞いて思いつく一般的なイメージのヨット
スクーナー: 時代や国によって異なる場合があるが、一般に二、三本マストの縦帆を備えたヨットで、後側のマストが高い。

天測航法12─位置の線航法(2)

位置の線航法(2)

前項で説明したように、
天体(ここでは太陽)が真上に見える場所の緯度経度と船がある位置の緯度経度(推定値)がわかれば、船が円周上に存在する円が描ける。

計算した天体の高度と実際に測定した高度の差で、円をもっと大きくすべきか小さくすべきかがわかる。

天体位置決定用図に作図して位置を出す。

という手順で作業が進められる。

では、具体的にみていこう。

1. 天体の高度を測定し、時間を記録する
観測高度に必要な改正を行って真高度 at を求める。
(改正については、子午線高度緯度法の項を参照)

2. 現在の船の推定位置を出す
前回の船の位置から進行方向と経過した時間を考慮して現在の船の位置(緯度と経度)を推定する。推定位置は多少ずれていても問題ない。

3. 天体が真上にある場所Xの緯度(赤緯d)と経度(赤経R.A.)を求める
赤緯は天測暦から赤経はグリニッジ標準時(GMT、または世界時UT)との差から時角(h)として求める。
(子午線高度緯度法の項と経度の項を参照)。

4. 推定位置(2項)と天体の位置(3項)の緯度経度から、AXの方位(計算方位角Z)と計算高度Acを求める

ac:計算高度、ℓ: 推定緯度、d: 赤緯、h:時角とすると

(1) 高度acの計算式

sin ac = sinℓ・sin d + cos ℓ・cos d・cos h

(2) 方位角の計算式

cos Z = (sin d – sin ℓ・sin ac) / (cos ℓ・cos ac)

こういう数式が出てくると面倒に見えるが、天測専用の電卓や関数電卓があればすぐに結果はでる。エクセルなどのスプレッドシートに計算式を入れておいて数値を入力すれば自動的に計算されるようにしておいてもよい。

とはいえ、天測計算表にはすでにそうした計算を行った結果が記載されているので、それを使えば、単純な手計算でも出せる。

いわゆる米村表で「高度方位角計算表」として計算されている。こんな感じ……使い方も欄外に記載されている。

出典:書誌第601号『天測計算表』 海上保安庁

天測計算表を使った計算高度と方位の求め方

(1) 計算高度

地方時角 h に対してA1、赤緯 d に対してA2、推定緯度 ℓ に対してA3の値を計算表から探し出し、A4を求める。

A1+A2+A3=A4

A4 の値から計算表の A4 で該当する欄から A5 を求める。
ℓ と d が同符号のときは ℓ - d異符号のときは ℓ + d をA6とする。下の計算式でA7を求める。

A5 + A6 = A7

計算表で A7 に該当する値が計算高度 ac になる。

(2) 計算方位角

A1 を求めるとき、その列の右に Z1  の値が記載されている。
A2 の値はそのまま Z2 の値になる。
A7 の値を求めるとき、右横に Z3 の値が記載されている。

Z1 + Z2 - Z3 = Z4

表でZ4に該当する値が方位角Zになる。

5. 作図

(1) 天体位置決定用図で、コンパスローズの中心を船の推定位置として、計算方位角の線を引く。
図の線②

(2) 計算高度 at と真高度 ao の差(修正差 I )を求め(単純な引き算)、修正差 I 分だけ、船の推定位置を方位角の線に沿って外側(真高度が計算高度より小さい場合)または内側(真高度が大きい場合)に移動させ、方位角に垂直な線を引く。
これが位置の線になる(細い赤線①)。船はこの位置の線上のどこかにいる。

修正差Iの距離は、緯度によっても異なるので、位置決定用図の右側に印刷されている漸長緯度差の尺度からディバイダで測る(オレンジ)。

6. 数時間後に同じ手順で観測を行って、さらに位置の線を引く。
この二本の線の交点が船の位置(船位)になる。

注意: 最初の位置の線を時間の経過分だけずらす必要がある(転位)。これは速度と進行方向で距離をだして、その分だけ平行移動させるか、最初の推定位置をその分だけずらして作図し直してもよい。

 

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天測航法11─位置の線航法 (1)

位置の線については、平面で考えるとわかりやすい。
海上にいて、ある小さな島の山の頂上が磁針方位で60度の方向に見えたとする。
海図のコンパスローズで60度に定規をあてて、その島まで平行移動させ、山頂を通る線(方位線)を引けば、自分の現在地は、その線上のどこかにあるはずだ。

次に別の目標物を調べて、同じようにそれを通る線を引く。二本の方位線の交わる点が自分の位置を示している。これが前回取り上げた、地文航法のクロスベアリング法である。
ichinosen_6-1

この目標物を天体に移したのが天測航法/天文航法の位置の線航法と呼ばれるものである。

ある日ある時間に地球上のある地点から天体(太陽、月、惑星、星)を見上げたとき、その角度が70度だったとする。
地球上でその時間にその天体が高さ70度に見える場所は無数に存在するが、そうした点を結んでいくと、大きな円になる。
ichinosen_6-2

つまり、この円周(赤線)上のどこかにいることになる。

天体を目標物にした場合、この円周が位置の線になるのだが、実際の作図ではずっと狭い範囲を取り扱うので、円周も直線として扱う。

次に別の天体を調べて、その高さに見える場所を点で結べば同じように円が描ける。この二つの円の交点が自分の位置を示している。
ichinosen_6-3

直線と違って、交点は2つできるが、この2つの場所は、たとえば太平洋とユーラシア大陸とか、インド洋と大西洋とか、極端に離れているので、自分のいる場所がどっちかはすぐにわかる。

同時に二つの天体の高度を知るのがむずかしいときは、同じ天体を時間をおいて二度測定しても同じ結果が得られる

星がよく見える夜は水平線が見えにくいし、水平線がよくわかるときは、まだ空に明るさが残っているので星が見えにくく、星は星座として全体でとらえるとわかりやすいが、六分儀のレンズの中では本当にその星かわかりにくかったりと、現実には星の高度を測るのはなかなか厄介なので、一般には太陽を使うことが多い。

太陽の場合、可能であれば、朝、昼、夕方の三回観測する。それぞれ、モーニングサイトヌーンサイトイブニングサイトと呼ぶ。

まず日の出から少し時間が経った頃(たとえば午前八時)に太陽高度を測定し、必要な改正を行って真高度を求める。改正については子午線高度緯度法で述べた方法と同じだ。

その上で、天測計算表から方位角を見つければ、位置の線が一本引ける(具体的な手順は後述)。

さらに、正午か夕方にも測定して同じように位置の線を引く。

最初の線については、時間の差がある分だけ(船の速度×方向で距離を計算して)位置をずらす必要はあるものの、この二本の線の交点が観測者のいる場所になる。

正午の場合は子午線高度緯度法で説明したように、位置の線を使わなくても、それだけで位置を確定できるためバックアップとしても有効だし、両者を比較することで精度の向上にもつながる。

では、もう少し具体的にみていこう。
天体はほぼ規則正しく運行しているので、ある年の○月○日の○時○分に地球上のどの地点の真上にあるかは、あらかじめわかっている(天文暦に記載されている)。

天体をSとする。
観測する自分の位置を推定する(前日の位置から進行方向と速度で推定すれば、だいたいの検討がつく)。この推定位置をAとする。この位置は正確でなくても問題はない。
ichinosen_6-4

観測地点と天体がその時間に真上に来ている場所をXとすると、観測者から見て天体のある方位(A-X)と角度(∠SAX)が計算できる。

自分の推定位置Aと天体が真上にある位置Xを直線で結ぶ(これが円の半径になる)。

そのとき観測した高度と計算で出した高度を比べて、
同じであれば、推定した位置Aが実際の位置になる。

観測値の方が大きければ、推定位置より内側Bになる。
観測値の方が小さければ、推定位置より外側B’になる。

その角度の差を距離に換算して推定位置から内側または外側に移動した点(BまたはB’)を通り、半径A-Xに垂直な線を引く。これが位置の線になる。

大きな円のごく一部になるので、円周は半径に対して垂直な直線とみなすことができる。

これをもう一回、別の天体か、同じ天体であれば時間をずらして行い、最初の線は船が移動した距離だけ平行させる。

この二本の位置の線の交わった点が観測者がいる実際の位置になる。

この作業は海図ではなく、「天測位置決定用図」と呼ばれるものを使って行う。

この上の写真は『天文航法』(長谷川健二著)に付属しているものだが、海図販売所で専用の冊子が販売されている。

(この項は次回に続きます)

 

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天測航法10─陸が見えるときの航法

今回は陸が見えるときの航法について

沿岸航海での位置の確認は地文航法となり、天文航法とは別物。とはいえ、方位線とか位置の線といった概念は二次元か三次元かの違いがあるだけで考え方そのものは同じなので、最低限必要な地文航法の知識があれば、天文航法の位置の線の概念もわかりやすくなる。

●海図で確認できる陸の目標(物標)が複数ある場合

海図を見ると、水深など海の情報は豊富に記入されているが、陸上はすかすか(白紙の部分が多い)。これは海上から見て目立つ目標物(山頂、灯台など一目でわかるもの)だけを示すためである。
で、それが二つ以上確認できる場合、クロスベアリングという方法で船の位置を知ることができる。

クロスベアリング
chimon-1
図を見れば一目瞭然だが、方位磁石で山頂Aが50度の方角に見え、灯台Bが100度の方角に見えたとする(ここで角度はすべて、方位磁石の偏差と自差分を加減したものとする)。

海図でコンパスローズの50度の線に定規を当て、それを山頂Aまで平行移動させて線を引く。これを方位線という。船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
次に、同じ手順で灯台Bの方位線を引く。
船はこの方位線上のどこかにあるはずだ。
つまり、船は、この二本の方位線が交わったところにある。
これを交叉方位法(クロスベアリング)という。

物標と物標はある程度は離れていたほうが精度があがる(少なくとも30度)。
さらに第三の物標Cがあり、その方位がわかればさらに精度がよくなる。その場合、三本の方位線は一点で交わるはずだが、実際にはなかなかそううまくいかない。
chimon-2

こんな感じで、三本の線で三角形(誤差三角形)ができてしまうことが多い。この三角形は、作業になれるにつれて、だんだん小さくなる(精度が高くなる)。この三角形の中央が船の位置になる。

この方法で六分儀を使うこともできる。六分儀を水平に構えて、AとBの角度、BとCの角度を測定する。
その角度を海図とは別の薄い紙(トレーシングペーパー)に描き、それを海図に重ね、それぞれの線をA、B、Cに合わせると、交点が船の位置になる。

※方位を測定する際の注意点
2カ所または3カ所の方位を測定する場合、船の前方と後方(船首尾方向)にある物標の方位を先に測定し、横方向の物標を後にする。
船が動いていれば後者(横方向)の変化が早いためだ。

●陸の目標が一つしかない場合
四点方位法、船首倍角法、両側方位法(ランニングフィックス)などがあり、それぞれ基本的な考え方はほぼ同じ。
四点方位法と船首倍角法について簡単に説明し、その後で実用性が高いランニングフィックスの手順を説明しよう。
いずれも二等辺三角形の性質を使ったもので、船は同じ進路、同じ速度を維持するのが前提になる。

四点方位法
船の進行方向(針路)から45度の位置にある物標を探し、時間と船の速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標が真横に来たときの時間を記録する。
その間にかかった「時間×速度」で船が移動した距離がわかり、それはそのまま物標との距離にもなるので、船の位置が決まる。
chimon-3

船首倍角法
手順は四点方位法と同じだが、角度が45度に限定されないので利用可能な状況が増す
chimon-4
船の針路から物標までの角度を測り、時間と速度を記録しておく。
そのまま進んで、物標がさきほどの角度の2倍になる位置に来たところで時間を記録する。
その間の「時間×速度」が物標までの距離になるので、船の位置が決まる。

ランニングフィックス
chimon-5
1.A点で、物標の方位と時間を記録する。
2.船の進行方向と方位の線を海図に線で引く。
方位線はコンパスローズを使って正確に引くが、
進行方向の線については物標からの距離はだいたいでよい。
3.そのままの方向と速度でしばらく進んでから、もう一度物標の方位を測定し、その方位の線を海図に記入する。
4.進んだ時間×速度で出た距離の分だけ、最初の点Aから測って進行方向の線に印(B)をつけ、Bが2番目の方位線と重なる位置まで線分ABを進行方向の線に対して平行移動させる。
その点が船の位置になる。

●六分儀を使って距離を知る
たとえば、船から見えるところに島や山がある場合、その高さを六分儀で測ることで船の位置を知ることもできる。
chimon-7

上図で、山頂直下までの距離を x m、山の高さを h m、仰角をΘとすると

Tan Θ = h / x

これを整理すると、距離 x =h / tanΘ

天測計算表には三角関数表も掲載されているので手計算でも可能だが、関数電卓を使うと手っとり早い。

山頂から方位の線を引き、計算した距離の分で印をつければ、それが船の位置になる。

数字はメートルなので、海図上でディバイダで距離を移す場合は、海里に直しておく。
1海里=1852m

 

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天測航法 9─太陽や月、星が観測できないときの推測航法

太陽などの天体は天候が悪ければ測定のしようがない。それに毎日正午に天測するにしても、その間の位置も可能であれば知っておく必要がある。
そのときに用いられるのが推測航法(Dead Reckoning navigation、略称は DR)である。
航海術としては最も単純かつ確実で、直感的にわかりやすい。

十五世紀にインドへの新しい航路を探るつもりで新大陸(の周辺の島々)を思いがけず発見してしまったクリストファー・コロンブスの航海術も、基本は推測航法だった。
古代からあるアストロラーベや当時最新の四分儀を用いて北極星の高度を観測したりはしたようだが、航海日誌を見ると、かなりの誤差が生じたりして、あまり信頼できなかったようだ。その時代、六分儀はまだ登場していない。

コロンブスは詳細な航海日誌を残した最初の大航海家だが、その航海の大半はこの方法によったらしい。

推測航法とは、「方位磁石(コンパス)で船が進んでいる方角を調べ、その方向に船が進んだ速度と時間から航海距離を算出し、それを海図上に作図」して、船の現在位置を知る方法である。
コロンブスの時代は砂時計とトラバースボードを用いて約30分おきに記録していたが、普通はそれを1時間ごとに繰り返す。

海図には必ず真方位と磁針方位を同心円で示したコンパスローズというものが印刷されている。

コンパスローズの方位に合わせ、前回に確認した船の位置と重なるまで平行移動させて、進行方向に線を引く。

直線の平行移動には日本では三角定規二枚を組み合わせて使うのが一般的だ。欧米のヨットでは、平行定規という小さな車輪がついたものを使うことが多い。どちらでもかまわないが、コンパスローズでは磁針方位を使うのか真方位を使うのかは明確に(意識して)区別しておくこと。

そして、所定の時間に進んだ距離(速度×時間)分の長さを二本足のディバイダ(作図用コンパスでもよい)で海図の左右の縁に印刷してある緯度の目盛りから取って、引いた線の上に印をつける。
それが現在位置になる。

距離は 1’(1分)=1海里(1852 m)
速度は 1ノット=時速1海里

経度はそのときの場所によって幅が変化するので、海図で距離を測るときは、必ず緯度の目盛りからとること。

進行方向、速度、時間について、注意点を順に説明する。

進行方向―偏差と自差
進行方向は方位磁石でわかるが、地球の回転軸(地軸、真北)と磁石の指す北(磁北)にはズレがある。このズレを偏差(Variation)と呼ぶ。

偏差は海図に記載されている(地域ごとに異なる)。
磁北は絶えず移動しているため、海図を作成したときから年数を経ていれば、その分の修正も必要になる。作成年と、1年でどれくらいズレていくかも海図には記載されているので、その分も加算して修正する必要がある。

また、方位磁石(コンパス)には、それぞれの船特有の自差(deviation)というものが存在する。これは磁石が船の金属などの影響を受けることによるズレだ。

船舶用の方位磁石にはこれを修正する方法が用意されていることが多い(補正用のネジや薄い金属片の挿入など)。それでも解消しきれないズレは、航海前にあらかじめ、船がどの方向を向いたときに何度くらいズレが生じるのかを確認して一覧表やグラフにしておき、方位磁石の示す値にその分を加減することになる。

コンパスの自差測定の手順

1.トランシット法
陸の見える場所では、海図に記入されていて同時に同じ方向に見える二つの目標物を探す。たとえば、港の灯台とその背後にある山の頂上などだ。

その二つを結んだ線の延長上(トランシットという)に船を移動させ、その線上から外れないようにして(たとえば、灯台と山頂が上下に重なる位置を維持しながら)船の向きを東西南北とその中間の八方位に順次向けていき、その都度、トランシットがどの方角になるかを記録する。
海図で測ったトランシットの方角と、八方位における測定値との差が自差になる。自差がなければ、すべて海図と同じ角度になるはずだ。

具体的には、トランシットが海図上では60度の方角になるはずなのに、南東の位置で測ったときに63度だったとすると、「船が南東を向いているときは、方位磁石は+3度ズレている」ことになる。これは船の方向によって少しずつ変わることが多い。

2.遠方物標法
陸の見えない外洋で自差を測定するには、太陽のような非常に遠い天体を選び、船を旋回させて順に上述の八方位に船首を向け、その都度、天体の方位を測定する。
8方位での測定値を合計し、また8で割って平均値を出す。
その平均値と各8方位での測定値の差が自差になる。

速度―対水速度と対地速度
ヨットなどで使用する速度計には、船尾から垂らし水の抵抗でくるくる回る回転数を調べる曳航式ログや、船体に取り付けた小さな水車のようなものなど各種ある。なれてくれば大体何ノットくらいで走っているかの検討はつくようになるが、計器を使った方が誤差は少ない。

重要なのは、速度には海面を何ノットで進んでいるのかという対水速度と、実際に地表面に対してどれくらいの速度で進んでいるのかという対地速度があり、それを明確に区別するということだ。

一般的な速度計は対水速度を示すもので、仮に速度が5ノットの表示だったとして、海流や潮流が同じ方向に2ノットで流れていれば、実際には(動かない地面からすれば)5+2=7ノットで走っていることになる。
潮の流れが正反対だとすると(逆潮)、5ノットの表示が出ていても、実際には5-2=3ノットでしか動いていないことになる。
海図に作図するときは対地速度で計算したものを使う。つまり、対水速度については、そのときの潮流や海流がどっちの方向にどれくらいの速さで流れているかも考慮しなければならない。

ちなみにGPSで示される速度は対地速度だ。

これを使えば簡単だが、だったら六分儀で天測するまでもないという最初の話に逆戻りしてしまう。
いずれにしても、この方法がだめなら、あの方法、それが無理ならこっち……と、いざというときの選択肢は多いほど安全係数は高くなるので、知っていて損はない。

六分儀を使った訓練を一度は中止した米国の沿岸警備隊が、最近になって六分儀の教育を再開したが、これもそうしたことの裏付けになるだろうか。

 

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